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2話 絆創膏

 鼻腔をくすぐる甘い匂いで目覚める朝。

 それはルナの髪から発する匂い。幼少の頃は目覚めるとタバコの匂いが部屋中に充満していたのに、今部屋の中を埋めつくすのは彼女の匂いが充満していた。

 目を開けると、すぐ近くにルナの顔があった。


「おはよ……」

「隆史、おはよ」


 いつも俺よりも早く起きるくせに、起こすことなく寝顔を見つめる。

 変わらない日々。

 こんな毎日がずっと続いてほしいと思う。

 ルナの視線が、俺の首に注がれる。


「なんで首をずっと見てるんだ?」

「……えへへ」


 笑っているだけで、なにも答えない。

 不思議に思いつつも、そのときは特に気にすることはなかった。

 しかし、それはルナだけではなかった。


「…………」

「あの、どうかしました?」

「え!? な、なんでもないよ!」


 朝食を囲っているとき、ルナと同じようにお母さんが俺の首に視線を送ってくる。

 チラチラ、と何度も見てきては、目が合うと気まずそうに慌てて目線を逸らす。


「隆史君は大人になったんだね……」

「……?」


 その言葉の意味がわからない。

 普通に考えれば大人になったというのは成人したときに言うことだろう。けど、俺はまだ未成年。なのにお母さんは俺を見て大人になった呟いた。

 俺の首を見てくる人はお母さんだけではなかった。

 学校に向かっている最中も、教室に入ったときも、俺の首を見ては慌てて視線を外す。


「……?」


 な、なんだ……?

 ただ見てくるだけなら寝癖だとか顔にごみがついているとか色々思いつくけど、あんな風に視線を外されると勘ぐってしまう。


「た、隆史君……っ!」

「そっか、隆史とルナっちはついに……」


 紬と莉子が俺を見て戸惑いだした。


「二人ともどうしたんだよ」

「そんなの言えるわけないでしょ!」

「どうして?」

「女子の口からそんなこと言わせるなんて……ルナっちが怒っちゃうよ」


 訳が分からない。

 女子の口から言えない。言わせるとルナが怒るようなこと。そして、俺の首。

 今わかっていることはそれぐらいか。

 こっそり近づいてきた岡田が、絆創膏を渡してきた。


「あの……これ、使ってください……」

「……なにこれ?」

「これを使って……隠した方が……いいです……」


 なにを?

 別段怪我をした覚えもないし、岡田が言う、隠した方がいいという言葉の意味もわからない。


「別に怪我はしてないから大丈夫だけど」

「い、いえ……そういうことじゃなく……」


 岡田がもじもじとしながら、俺の首元に視線を送っては逸らすを繰り返している。


「そ、その……宇上君は今日、鏡を……見ましたか?」

「……鏡?」


 そういえば、ちゃんと鏡で自分の顔を見ていない。

 顔を洗うときも、歯を磨くときも、寝ぼけ眼のまま適当に済ませてしまった。


「……あんた、一度トイレで自分の首元見てきたら?」


 紬の言葉通りにトイレに行って鏡で自分の姿を確認しに行った。

 男子トイレに入り、鏡に映った自分を見て驚いた。なぜなら、首元には真っ赤に染まった跡がついていたから。

 まるでとんでもない大きな虫に刺されたような跡。たぶん、寝ている間に刺されたんだろうな。

 教室に戻ると、俺の首元よりも真っ赤になった顔の岡田が、再度絆創膏を渡してきた。


「あ、あの……これどうぞ……」

「いや、これくらいで絆創膏は大丈夫だよ。虫に刺されただけだし、そんな大げさにすることでもないし」


 俺の言葉に、皆の口がポカーンと開いた。


「……あんた、本気で言ってるの?」

「本気で言ってるに決まってるだろ」

「そんな大きな虫いるわけないでしょ。それって、完全に……き、き、キスマークじゃない!」


 きすまーく?


「いやいや、キスマークってそんな馬鹿な……」


 いや、でも待てよ。確かにこんな大きな虫刺されはおかしい。

 これだけ大きな跡をつけられるって、どんだけ大きな虫なんだよ。


「ル、ルナちゃん……隆史君と……え、え、え、エッチした?」


 莉子がルナにとんでもない質問をしていた。


「交尾はしていないが、首に跡はつけた」

「……ルナぁぁぁあああ!」


 なんて悪戯してくれたんだ、こいつは!?

 だから皆は勘違いして、俺を見ては目を逸らしていたのか!


「この、この……っ!」

「…………」


 ルナを懲らしめようと、その銀髪に何度も手のひらを叩きつけようと試みるが、そのどれもが空を切った。

 涼しい顔で俺の平手を全て避け続ける。

 あ、当たらない……っ!


「ルナちゃんはどうして隆史君の首にキスマークを付けちゃったの?」

「……漫画で見た。キスマークとは自分の印を相手に残すものだと」

「この、くそ……っ!」

「そ、そうだけど……それはエッチしたときに付けたりするものだよ」

「む、そうなのか。隆史の持っている本を参考にしたのは失敗だったか」

「よけ、るな……っ!」


 ルナと莉子が会話をしている間も、銀髪に向かってずっと平手を繰り出すも全て躱され、難なく会話を続けている。

 だ、だめだ……一つも当たらない……。

 しかも、なんか俺のエロ本まで暴露されていたような気がする。


「ぜぇ、ぜぇ……もう、二度とするなよ……」

「……うん、わかった」


 肩で息をする俺の言葉に反省したのか、ルナが顔を伏せた。

 よし、反省しているようだし、これくらいで許してやるか!

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