1話 勉強を見てあげる
「隆史、ここはさっきも教えた!」
「……そうだっけ?」
「ちゃんと人の話を聞け!」
ルナの叱責が幾度も飛び交う。
目の前にあるのは、暗号のような難解な文字列が書かれた教科書。
それを机の上に広げて、問題を解いているのだが……。
「だから違うと言ってるだろ!」
「もっと優しく教えてくれよー……」
「だめ。私よりもずっと前から勉強していたはずなのに、こんなにできないのは自分に甘いからだ」
ずっと勉強サボってきたツケなのか、自分の頭の出来が悪いのか、ルナはいつのまにか俺よりも勉強ができるようになってしまった。
三時間ほど前。
部屋でベッドに寝転がり、ごろごろしながら漫画に読みふけっていると、ルナが唐突に入って来て、開口一番。
『勉強を見てあげる』
そう言ってきた。
少し前まで中学生の勉強を必死に解いていた奴がなにを言ってるんだと笑っていたが、今日の学校で返された小テストの結果を比べられて驚いた。
俺より点数が高い。
あれからも一人で頑張って勉強を続けていたのだろう、今や俺よりも学力を身につけていた。
結果を見せつけられては素直に従うしかない。
小テストでの結果が悪かった俺のことを懸念したのか、ルナに見てあげると上から目線で言われたのはいいけど、教え方がめちゃくちゃ厳しい。
「倶利伽羅峠で戦ったのは、源頼朝じゃなくて義仲だろ!」
「わからないって。この時代って、似たり寄ったりの名前で訳が分からなくなるんだよ」
どうして歴史上の人物って、こんなにも同じような名前が多いんだ……。
これを覚えろっていう方が酷じゃない?
「隆史、もっとちゃんと勉強した方がいいぞ。私はこのままだと心配で心配で……」
「大丈夫だって。大学に進学するわけじゃないんだから、できなくても平気平気」
「……隆史」
受験を控えてるならまだしも、就職組の俺にとって、将来役に立つかわからないことを勉強しても身が入らない。
「今はまだわからないと思うけど、勉強してることは無駄にはならない。だから、もっとちゃんと勉強しよう?」
ルナが俺の手に、自分の手を重ねる。
その仕草や言葉は、本当に俺のことを思ってのことだと伝わる。
「わかったよ。もう少しちゃんと勉強してみる」
「うん。隆史はやればできる子なんだから、真剣に勉強すればきっと面白さもわかるはずだ」
その言葉には素直に頷くことはできないけど。親や身内が言う、やればできる子ほど信用できない言葉はない。
それでも、そうやって期待してくれているルナに応えてあげたいと思う。
「だから違うと言ってるだろ!」
……もう少し優しく教えてほしいとも思うけど。
「あ……」
机の上に置かれていたシャーペンが、ルナの腕に当たり落ちてしまった。
彼女はそれを拾おうと手を伸ばすが、掴んでは落とすを繰り返す。
「…………」
「ルナ?」
前にもこんなことがあった。
そのときはたしか、俺の顔を拭おうとしたときで、タオルを床に落とし、それを拾おうとしたけど今と同じように拾っては落とすを繰り返していた。
「体調でも悪いのか? 最近、物をよく落としているけど」
「……ううん、大丈夫」
「本当か?」
「うん、本当」
本人が大丈夫というならそれ以上追及はしないけど……。
※ ※ ※
「疲れた……」
それから夜の帳が下りるまでこってり絞られた。
もともとの頭の出来が違うのだろう、ルナが家に来てから半年ほど経ったが、たったの半年で俺よりも勉強ができるようになっているのは素直にすごいと思う。
理解力が悪いのは申し訳ないと思うけど、あんなに怒ることないじゃないか。
最後のほうは、間違えるたびに溜息を吐かれながら教わることに。
「もう勉強したくない……」
長時間の勉強とルナの雷で、精神的に疲弊してしまった。
もう今日はなにもしたくない、さっさとお風呂に入って寝てしまおう。
階下に降りて洗面所に向かいスライド式の扉を開けると、そこには先客がいた。
銀髪猫耳オッドアイの少女が、その豊かな胸を隠すことなく立っていた。
「あ……」
もう何度彼女の裸を見ただろうか。
突然入ってきた俺に驚いたのか、ルナの頬は真っ赤になり、瞳が左右に揺れ始める。
ラッキースケベなんて何回もあったし、裸なんて飽きるほど見た。それなのに、俺の心臓はドクンっと急激に跳ねる。
「ご、ごめん……っ!」
慌ててその場を離れ、扉を勢いよく閉めた。
未だ心臓が早鐘を打っている。
幾度となく見てきたはずのルナの裸。以前までは気にしたことなんてなかったのに、今はどうしようもなく申し訳なく感じた。
一体俺はどうしてしまったのだろうか……。
急激な自分の変化に戸惑う。




