14話 俺はいらない子なのかな……?
『君が、希さんの足枷になってるからなんだよ』
やめてくれ……。
『隆史君がいるから私は幸せになれないの』
希さん、捨てないで……。
『君が実の母親と一緒に暮らせば、希さんは自由になれる』
俺が希さんの幸せを奪っているのか……?
『隆史君なんてただの他人なんだから、いらない子なのよ』
※ ※ ※
「うわぁぁぁぁあああああっ!!」
ゆ、夢か……?
希さんと国次さんに心無い言葉をぶつけられ、自らの悲鳴とともにベッドから跳ね起きた。まだ夜中なのか、窓から零れる月の光が微かに部屋を照らしている。
いや、それよりも……。
「か……はっ……」
なんだこれ……息が、出来ない……っ!
呼吸をしようと必死に藻掻くも、喉になにかが詰まったかのような感覚。それを吐き出そうと喘ぐも、最初からないのか喉に詰まった異物感は一向に吐き出してはくれない。
自分の身体が呼吸を忘れたかのように、どれだけ息を吸おうとしても、肺に空気を取り入れてくれない。
苦しい……身体に残ったわずかな酸素も無くなりそうだ……。
「く……あ……ぐっ……っ!」
どうして、息が……吸えないんだ……っ!
呼吸をしないと人間は死んでしまう。そんなことは幼稚園児でも知っている。なのに、俺の身体はそんな当たり前のことをしてくれない。無意識にできることが、意識してもできない。
吸え……吸えって……っ!
「は……ぁ……っ……」
死ぬ、死ぬ……死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!
助けて、誰か……助けて……。
そのとき、優しい温もりが俺を包んでくれた。
「隆史、落ち着け。大丈夫、ゆっくり息を吸えばいいから」
ル、ルナ……?
「ゆっくり、深呼吸をするように鼻から息を吸うんだ」
彼女の声色はとても穏やかで、聞いているだけで心が安らいだ。
抱きしめてくれるその身体はとても柔らかくて、耳元で微かに聞こえる心臓の音が、まるで胎内にいるような気持ちにさせてくれた。
なんて落ち着けるんだろう。
「すー、はー……」
身体がようやく呼吸を思い出してくれた。ルナの言うとおりに、ゆっくり深呼吸をすると、驚くほど簡単に肺に空気が溜まっていく。
「そう、そのまま吸って……吐いて……偉いぞ、隆史」
子供のように頭を撫でてくれ、背中をとんとん、と優しく叩いてくれる。
次第に落ち着きを取り戻すことができ、ついで俺を襲うのは悲しみだった。夢で見た希さんたちの言葉が辛くて、悲しくて、とても平静でいることができない。
「ぇぐ……ルナ、ルナぁ……っ……」
子供のようにしゃくりを上げて泣き出す俺を、ずっと優しく抱きしめてくれる。
隣で寝ていたルナからしたら、たまったもんじゃないだろうに。急に叫び声を上げて起きだし、パニックになっているかと思えば泣き出すような面倒な男、人によってはうっとうしく思うはず。
でも、ルナはそんなことをおくびにも出さず、ずっとそばにいてくれる。
「ルナぁ……俺はいらない子なのかな……?」
「そんなことない。隆史はいらない子なんかじゃない、私を助けてくれた人がいらない子なはずがない」
「けど、希さんは俺を止めてくれない……かあさんのところに行くのを引き留めてくれない……」
どうして希さんは何も言ってくれないんだ……。
「俺が……ぐす……本当の子じゃないから、血が繋がってないからなんだ……本当の家族じゃないから……」
「希がなにを考えているかはわからないけど、血の繋がりだけが家族の証じゃない」
「ほんとうに……?」
「ああ、ほんとうだ。莉子が飼っている猫を亡くしたとき、彼女は本当に悲しみ、辛そうにしていたじゃないか。あれは本当に家族として接していたから、愛していたからなんだ。血の繋がりだけが家族の証じゃない」
「……うん」
猫がいなくなったとき、汗だくになって探し回っていた。事故に遭ったんじゃないかと、心配していた。
亡くなるときもずっとそばにいたし、泣いて悲しんでいた。
俺は……どうなんだろう……。
もし俺がいなくなったら、希さんは悲しんでくれるのかな……泣いてくれるのかな……。
引き留めてくれないのは俺がいらないからなのか……。
「ごめんな……ルナ、ごめん……捨てないで、俺を捨てないで……」
「大丈夫。隆史のことは捨てない、そばにいるから安心してくれ」
見捨てられたくなくて、離れたくなくて、全力でルナを抱きしめる。
痛いはずなのに、苦しいはずなのに、それでも彼女は笑顔で受け入れてくれる。




