12話 隆史の過去(7)
今とは違い、昔は友達とも良く遊んでいたような気がする。
友達と話したり、休み時間はドッチボールや鬼ごっこで校庭を駆けまわっていた。それが終わる出来事、俺が友達と遊ばなくった日を忘れたことはない。
先生に頼まれ事をされたのか、小さな体を目一杯駆使して、ふらふらと危なげな足取りで大量の紙を運ぶ女子が見えた。
小学校の廊下を右に左に蛇行し、いつか転げてしまうのではと心配になってしまう。
『莉子、そんなふらふらしてると危ないぞ。俺も持ってやるから半分貸せよ』
『あ、隆史君。ありがとう』
莉子とは小学校からの付き合い。今と変わらないお節介な彼女は、こうやってなんでも頼まれ事を引き受けては、俺が助けてあげていた。
それは莉子だけじゃなく、困っている人が目に付けば助けるようにしている。
なぜなら、俺はあの大人たちとは違うんだから。困っている人、弱っている人に付け込み、騙そうとするあいつらとは違うんだから。
『隆史君はいつも助けてくれるね。なんか正義のヒーローみたい』
『……そんないいもんじゃないよ』
『だって私が困っていたらすぐに助けてくれるじゃん。私だけじゃなくて、沢山の人が隆史君に感謝してるよ』
そう言ってもらえると嬉しいのだが、別に人助けがしたいわけじゃない。
俺はあいつらとは違うと思いたいだけ、ようは偽善なんだ。だからそんな風に感謝されると申し訳なく思えてくる。
『あ、あの……隆史君って今好きな人とか……いるの?』
『別にいないけど』
『そ、そっか! じゃあ彼女さんとかもいないんだ!』
『もちろん、いないよ』
『そっかそっか!』
なにがよかったのか、俺の言葉を聞いて、莉子は嬉しそうにしきりに頷いている。
『ち、ちなみに……どういう人がタイプなの?』
『うーん、特にないかな』
『外見とか性格とか、そういうのも特にない?』
特にない……と言ってしまうとさらに追及されそうな気がする。
『好きになった人がタイプかな』
なので、当たり障りのない答えでお茶を濁しておく。
好きになった人がタイプなんて当たり前のこと。莉子が聞いているのは、どういう人を好きになるのか訪ねているのに、これじゃあ答えになっているようで答えになっていない。
過去にどういう人を好きになったのか、どの部分が良くて惚れたのか、そういうことを答えてあげればいいのに。あえて触れずにごまかした。
今もそうなのだが、特に小学生のときの俺は、恋だの愛だのよくわからなかった。
『隆史君のタイプは好きになった人か……』
だから、そういう答えを貰った莉子としては、ただ困るだけ。
当時はなぜそんなことを聞いてくるのか、俺のなにを知りたいのかわからなかった。けど、このあとに、なぜそんなことを質問してきたのかわかった。
莉子に告白されて、ようやくその気持ちに気付いてしまう。
※ ※ ※
後日、定番の告白スポットである校舎裏に呼び出され、もじもじとした莉子に気持ちを伝えられてしまった。
『あ、あの……隆史君! 私、あなたのことが好きです。付き合ってください……っ!』
『…………』
なにを言っているのかわからない。
――――好き? 俺のことが好きって言ったのか?
目の前の好意を向けてくれている少女が怖い。やめてくれ、それ以上俺に近付かないでくれ。
『ごめん、俺は莉子とは付き合えない』
『……そっか。ごめんね、変なこと言って』
莉子は目尻に涙を溜めながら、それでも笑顔を取り繕い、平然を装うとしている。
『あの、好きじゃなくてもいいから……これからも隆史君の友達でいてもいいかな?』
『うん、それは別に大丈夫』
『よかった……』
そうか、なるほど。
人を助けるということは、好意を持たれやすくなるということなんだな。
だったらこれからは、なるべく人と関わるのをやめよう。困っている人を見捨てることは、あの汚い大人たちと同義になってしまうから、やめることはできないけど、せめて人に好かれないように、話したり遊んだり関係をなるべく持たないようにすればいいんだ。
『隆史君? 身体が震えてるけど、大丈夫?』
『ああ、うん。大丈夫、なんでもない……』
『で、でも、明らかにようすが変だよ。友達も、もしかして嫌だった?』
『そんなことない。全然、そんなことない』
やだよ……もう、やだよ……。
仲良くなっても、好きになられても、どうせみんな僕のこと捨てるんでしょ……。
そんなの耐えられないよ……みんないなくなるなら誰とも仲良くしたくない。
血の繋がった息子を捨てる親がいるくらいなんだ。他人である、血も繋がっていない莉子が俺を捨てないなんて保証、どこにもない。
それからだ、俺は誰とも交流を持たなくなったのは。
捨てられるのが怖くて、誰も信じられなくて、近付いてくるのが怖くて。




