7話 なるほど、ああいう風に言えばよかったのか
学校が終わり莉子と家に帰宅する。まずは家で待ってるルナを拾わないと。
なぜか隣では莉子がもじもじとしていた。緊張しているのかなんなのかわからないが、顔を赤くして俯いている。そんなガッチガチになった相手では会話は弾むこともなく、気まずい空気のまま学校から家までの帰路を辿った。
「ここで待ってて」
家の外で莉子を待たせ家に入ると、リビングからひょっこりルナが顔を覗かせてきた。一人で寂しかったのか、その表情には少し陰りが見える。けど、玄関で俺を見かけるとその表情は一転し明るくなった。
「おかえり」
「ただいま、じゃあ服とか買いに行くか」
「うん、わかった」
と、その前に忘れていた。ルナは猫耳を付けていることを。そんなものを街中で晒したまま歩いていたら、周りから奇異の目で見られてしまう。かと言って外すことができないので、希さんの部屋からパーカーの服を引っ張り出し、ルナに手渡す。
「これに着替えて」
「なぜだ?」
「そんな猫耳を付けたままじゃ目立ちすぎる。その服にフードが付いてるから、ルナは外ではフードをずっと被ってること」
「そんなのどうだっていい。異様な目で見られようが私は気にしない」
「俺が気にするの」
「だったらそんな目で見てくるやつは全員力を使ってやる。それなら気にならないだろ」
「…………」
ルナはなんでもかんでも力を使おうとする気質があるような気がする。俺としては、人の気持ちを無視したその能力はあまり好きじゃないので、あまり使ってほしくない。
「だめだ、この町に一体何人いると思ってるんだ。千人とか一万人とかじゃないんだぞ」
「たしかに。わかった、それに着替える」
目の前で服を脱ぎだし、着替え始めるルナをじっくりと観察。
女性の生着替えなんて滅多に見れるものじゃないからな。役得役得。
「着替えたぞ」
目一杯フードを被り、ものの見事に猫耳を覆いかぶしているルナを見て、これなら周りにバレないだろうと一安心する。
「外で莉子が待ってるし行こうか」
「ああ。莉子とは隆史の友達だったな」
家から出ると、莉子がルナの姿を見てぎょっとした。唇を忙しなく動かし、夏でもないのに大量の汗を急にかきだした。
「が、外国人……っ!」
ああ、確かに。ルナを見たらそう思うのは仕方がないのかもしれない。
フードからこぼれる銀の髪。特徴的なオッドアイ。透き通るような白い肌や整った目鼻立ちは日本人離れしている。
「えっと……ナイストゥミートユー……っ!」
「……?」
ルナが困った表情を俺に向けてくる。莉子はそんな様子を見て、自分の発音が悪かったと思ったのか、何度も同じ言葉を繰り返し練習する。
「Nice to meet you!」
めっちゃ発音いいな!
「……えっと、すまない。何を言ってるのかわからない」
英語が出来ないルナが申し訳なさそうに頭を下げた。それを聞いた莉子が両手を突き出し、バタバタと左右に振った。
「I'm sorry, too!」
「日本語で返事してるんだし、英語じゃなくてよくない!?」
「ああ、確かに……っ!」
ようやく英語をやめてくれた。
「じゃあ、外国人じゃなくて日本人なんだね」
「いや、猫だ……」
「日本人です」
面倒くさいのでルナの言葉を遮った。
「高花莉子って言います。初めまして」
「私はルナだ。よろしくな」
ルナがにこっと笑顔を莉子に向ける。もしこの世に百万ドルの笑顔というものが実際にあるとしたら、この笑顔がそうなんだろうな。
「きゅん……こ、これはずるい……こんな美人にあんな風に微笑まれたら、同性でも惚れてしまいそう……」
ルナの笑顔にハートを射貫かれた莉子が、ふらふらしながら心臓を抑え始めた。
「莉子は少し変わってるな」
裸で尋ねに来た銀髪猫耳オッドアイのルナに言われたらお終いだな。
「莉子は私の服を見繕ってくれるのか?」
「う、うん。私でよかったら色々と選ばせてもらうね」
「そうか、ありがとう」
またもやルナの百万ドルの笑顔が莉子の心臓を貫く!
効果は抜群だ!
莉子は倒れた!
「もういい! もどれ! 莉子!」
話が前に進まないので、莉子を戻した。
「ぅう……ごめんね。それで、ルナちゃんはどういう服が好みなの?」
「特にないな」
「うぅん、それは困ったな」
そこで俺が口を挟んだ。
「できればフードがある服がいいかな。それか帽子とか、被り物ができるコーディネートをお願いしたいんだけど」
「なるほど、わかった。任せて!」
猫耳をなるべく隠せる服装でないと。
「莉子。私からもお願いがあるんだけどいいか?」
「ルナちゃんからも? うん、なんでも言って」
「ありがとう。どうやら隆史は交尾がしたいらしいんだ」
「こ、ここここ……こうびっ!?」
ルナぁぁぁああああ!
希さんのときといい、なにを報告してるんだー!
「ああ、どうやら隆史は交尾がしたいみたいなんだ。それで、できれば莉子にお願いしたいのだが……」
そこでルナの言葉が切れた。莉子のある一点を凝視し、申し訳なさそうに瞳を伏せる。
「いや、すまない。莉子はどうやら隆史の好みではなさそうだ」
「ガガガーン!」
「胸が、小さすぎる……隆史は胸が大きい女性が好みなんだ」
「そ、そんな……っ!」
莉子はまな板のような小ぶりの胸を押さえショックを受ける。
「うん、莉子の胸はまるでまな……」
最後まで言う前に、俺の平手がルナの後頭部を叩いた。スパーンっとまるでハリセンで叩いたような気持ちいい音が響く。
「い、痛い……なにをするんだ、隆史」
「このバカ! なんてこと頼んでるんだ!」
「隆史が頼んでくれって言ったんじゃないか」
「そ、そうなのっ!?」
うそをつけ! なんで俺が交尾を頼むって流れになってるんだ!
「頼んでないし、もう交尾誘うの禁止! そもそもこういうのは直接言っちゃダメなの」
「む、そうなのか。じゃあどうやって交尾をしたいってアピールするんだ」
「もっとこう……」
俺はスマホを取り出し、莉子に向ける。
「君かわいいね、どこ住み? 会える? 何歳? 今暇? 会わない? てかラインやってる?」
「ふ、ふるっ!?」
「と、こんな風に遠回しに誘うんだ」
意図がうまく伝わってないのか、ルナは小首を傾げる。
「それのどこが交尾を誘ってるんだ? 直接言った方がいいだろ」
「だから、直接言っちゃ駄目なの。遠回しに遠回しに言わないと」
「む、面倒だな」
「ねえねえ、家でネットフリックス見ない? お酒飲みながらでもさ、みたいな感じで家に招いて、徐々に距離を近付けていくん……はっ!?」
「…………」
熱弁していると、突き刺すような視線が莉子から向けられていた。
「隆史君、なんか詳しいね……」
「い、いや、これは……そういうナンパものエロ動画が好きで……はっ!?」
俺が弁解しようと、口を開けば開くほど莉子の視線が厳しくなっていく。
「……ルナちゃん、もし隆史君に変なことされたら私に相談するんだよ」
「うん、わかった。莉子に真っ先に相談することにしよう」
二人で仲良く先に行ってしまった。
違うんだ、莉子……こ、これは……性癖なんだから仕方ないじゃないか……っ!
俺の悲痛な心の叫びは、二人には届かなかった。
「それとね、ルナちゃん。もう交尾とか、その……そういうのはあんまり公共の場で聞いたり誘っちゃだめだよ」
「む、なぜだ。誘わないと交尾ができないぞ」
「あのね、そういう話題ってデリケートな部分だから、聞いたり誘われると嫌な思いをする人がいるの。隆史君の遠回し遠回しに尋ねるって言うのは、ふざけてるようでいて、実は正解なの」
「そうなのか……うん、わかった」
「うん、ルナちゃんは偉いね」
俺なんかより、よっぽど説得力のある言葉でルナを諭し、にっこりルナに微笑んだ。その説得力は、猫でもない人間である俺も納得してしまうほど。
なるほど、ああいう風に言えばよかったのか。




