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16話 デート当日(4)

 ぶつくさ呟くも、ルナはまるで聞こえていないかのように先を歩いていく。それが、とあるゲームが密集している場所で立ち止まる。


「……これ、可愛い」


 ガラスにへばりつくように覗いているのは、ぬいぐるみが無造作に置かれたクレーンゲーム。中に入っているぬいぐるみが相当気に入ったのか、目をキラキラと輝かせ、物欲しそうに眺めている。

 ルナが見つめているのは、やる気のなさそうな、目は点でだけ表現され、口は棒線だけで作られたシンプルなデザインの丸っこいぬいぐるみ。

 ……これ、可愛いか? なぜ、これを作ろうと思ったのか。制作者に売る気がまったく感じられないデザインだけど。


「隆史、これが欲しい……」

「こんなのが欲しいのかよ。もっと他に可愛いのあるぞ、そっちを取ろうぜ」

「ううん、これが欲しい……これはその穴に落とせば貰えるのか?」

「そうだけど、ほんとうにこれでいいのか?」

「うん……」


 よほど心奪われたのだろう。彼女は上の空のように返事をする。まるで鮮魚コーナーでまぐろを欲しがるように、それを手に入れるまで梃子でも動かないようすだ。

 端的にやり方を教えてあげたあと、お金を投入してゲームを始める。


「もう少し、奥か……いや、これぐらいか……?」


 慣れない操作に戸惑いつつも、ルナは必死にクレーンをぬいぐるみの上に動かしていく。それがピタリと、丁度いい感じに止まり、ゆっくりとぬいぐるみを掴んだ。


「わあ、掴んだ……」


 クレーンに掴まれたぬいぐるみがゆっくりと上がっていき、落とし口に向かって進んでいく。と、思いきや、途中で掴んでいたアームからぬいぐるみがこぼれ落ちた。


「ああ……」

「惜しかったな。こういうのって何回も挑戦して、徐々に穴に近付けていくものだから」

「も、もう一度やりたい……」

「はいはい」


 そんな簡単には取れない仕様になっているだろうし、何度も失敗するのを見越して、五回くらい連続で出来るようにお金を投入しとこ。

 そのあと何回挑戦しても、落とし口に近付けるどころか掴むことさえ失敗している。

 ルナが次第に不機嫌になっていき、今や頬を膨らませながら操作していた。


「む~……全然、取れない……あ、そうだ。穴に入れればいいんだから、クレーンで取る必要なんかないじゃないか」


 ルナが筐体に手を掛けて、左右に振ろうと力を込め始める。


「やめろー! それは一番やっちゃいけないことだから!!」

「む、そうなのか。む~……じゃあ、どうやったら取れるんだ」

「よし、俺に任せろ! ルナのために人肌脱いでやる!!」

「え、隆史が……? お金を無駄にするだけだからやめておいたほうが」

「失礼な! 俺だって男なんだから、ぬいぐるみの一つや二つ簡単に取ってやるよ!」


 場所を変わってもらい、俺が操作することに。背中から聞こえる「どうせ、無理なんだから……やめておけばいいのに」という声は無視して。

 ルナの操作を見てて、なんとなくやり方はわかった。どうやらクレーンゲームというのは、掴んでくれるアームの力が弱く設定されているようだ。ということは、掴むというより、押したり引っ掛けたりすることで取れるような気がする。

 奥行きを慎重に何度も確認しながら微調整し、左右も穴が開くほど凝視しながらぬいぐるみの真上に来るように合わせる。

 よし、ここだ……っ!

 ゆっくりとクレーンが降りていく。あれだけ何度も調整したのに、狙ったぬいぐるみの真横で降りた。


「…………」


 イラァ……。


「あ、そうだ。穴に入れればいいんだから、クレーンで取る必要なんかないじゃん」

「……やめておけ」


 筐体に手を掛けて、左右に揺すろうとしたのを止められた。


「も、もう一回!」

「もういい隆史。諦めるから、違うゲームをしに行こう」

「あと一回! 絶対取ってやるから!」


 次こそは……次こそは取ってやる……っ!

 背後から呆れたように溜息を吐いている音が聞こえるが無視無視。だって、ここで諦めちゃったらつぎ込んだお金が無駄になっちゃうじゃん!

 クレーンゲームの周りをぐるぐると回りながら、奥行きを調整。よし、これでばっちりだ。左右もぬいぐるみとクレーンの位置を何度も確認して調整。うん、大丈夫。

 よし、行け……っ!

 クレーンが降りていくも、それはぬいぐるみの真上から少しズレていた。

 あれ、俺の目って実は節穴なのかな? あれだけ何度も確認したのにズレてるじゃん……。

 不甲斐なさに俯いていると、背後から感嘆の声が上がった。


「た、隆史……見てみて、ぬいぐるみが!」

「……え」


 顔を上げると、クレーンがぬいぐるみを宙に浮かせていた。真横にズレていたはずなのに……なのに、アームにはしっかりとぬいぐるみくっついている。

 アームの片方にはタグの紐が通されている。どうやらズレていたことが功を奏したのか、運良くタグの紐に引っ掛かってくれたらしい。

 そのままゆっくりと落とし口の方に向かっていき、吸い込まれるようにぬいぐるみが落ちた。


「あは……隆史、ぬいぐるみ取れた取れた!」


 ルナが俺の腕を取り、子供のようにはしゃぎまわる。

 取り出し口からぬいぐるみを出してあげ、ルナに渡してあげた。それをまるで、愛しそうに、宝石でも貰ったかのように大事にぎゅっと抱きしめる。


「隆史、ありがとう! えへ、えへへ……可愛い……一生大事にするから!」


 破顔して笑う彼女に心奪われた。手こずったけど、この笑顔が見れたなら苦労した甲斐があったもんだ。

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