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6話 登校

 目覚めは最悪だった。人生で一番と言ってもいいくら最悪の目覚め。それもこれも新しい住人のせい。


「隆史、朝だぞー」

「……んぅ」


 俺の睡眠はルナの猫パンチで妨害された。スマホで時計を確認すると、起きるまでに三十分も早い。掛け布団を頭まですっぽり被り、猫パンチを塞いだ。


「隆史、ご飯ー」


 それでも変わらず猫パンチを頭に浴びせてくる。そこまで強くはないので痛くはないのだが、鬱陶しいことこの上ない。頭を容赦なく何度もコンコンと軽く叩いてくる。


「隆史ー」

「……もうちょい寝かせて。後で作るから」


 コンコンッ。

 コンコンコンッ。

 コンコンコンコンッ


「鬱陶しいわ! 己はお坊さんですか! 木魚のように何度もコンコン叩いてきやがって!」


 あまりの鬱陶しさに掛け布団を蹴り上げ起き上がる。


「隆史、おはよう」

「……おはよう」


 あくびを噛み殺し、ベッドから這い出た。もう眠気はどこかに飛んで行ってしまった。

 階下に降りてキッチンで適当に料理を作る。

 朝食はとりあえずトーストでいいだろ。それならルナでも食べやすいだろうし。

 食パンをトースターに数枚入れ焼いていると、髪の毛をぼさぼさにした希さんがリビングに入ってくる。


「希さん、おはよう」

「おはよう……」


 何度も目を擦りながら、椅子に座る。低血圧なのか、彼女は朝が弱い。

 トースターからチンッと出来上がった合図がし、希さんの前に置いてあげ、飲み物にはブラックコーヒーを。


「……ありがとう」


 今だちゃんと覚めない意識のまま、コーヒーを口に運ぶ。


「隆史、私のは?」

「はい」


 ルナの前にもトーストを置いてあげる。隣に座る、寝ぼけ眼のまま食べる希さんに倣うように、食パンを齧りご満悦の表情を浮かべていた。

 朝食を終え、ようやく覚醒してきた希さんが財布を取り出し、万札を何枚か机の上に置く。


「学校が終わったら、これでルナちゃんの服を買いに行ってくれる?」

「がっこう……?」

「そ。私と隆史君は今から学校と仕事だから出かけなきゃいけないの。ルナちゃん一人でお留守番しててくれる?」


 正直、こいつを一人置いていくのは不安で仕方ないのだがしょうがない。


「私もその学校とやらに行く」

「だめ!」


 速攻でルナの意見を却下する。


「む、なぜだ」

「お前は生徒じゃないから。生徒以外は学校に行けないの」

「ならその生徒になる」

「ムリムリ。制服もないし、絶対にだめ」


 人間のことを何も知らないこいつが、うちの学校の生徒になれるわけがない。


「むう……」


 なにが不満なのか。ルナは唇を尖らせ拗ねたような表情を浮かべている。


「ルナちゃん。とりあえず今日いきなり生徒にはなれないからお留守番しててくれる?」

「……わかった」


 希さんが、ルナに目線を合わせるように少し前屈みになり、説得してくれた。


「お昼ご飯は冷蔵庫に入ってるからお腹が減ったら食べててくれ」

「……うん」


 まるで子供のように俯いてしまう仕草に少し罪悪感が湧いたが、これは仕方がない。ルナには申し訳ないが納得してもらうしかない。

 玄関で寂しそうに見送るルナに手を振りながら家を出た。


     ※ ※ ※


 家から学校までは、時間にすればおよそ徒歩十五分くらいの距離。数字の上ではそこまで遠くないように感じるが、そんなことはない。なんせとてつもなく長い坂の上に学校があるおかげで、着くころには汗だくになってしまう。まだこの季節はいい方、真夏の炎天下に、長い坂道を上るのは熱中症になりかねない。


「あ、隆史君。おはよー」


 教室に入ると真っ先に声を掛けてくれた女子。三つ編みを二つ結びしているクラスメイトの高花たかばな 莉子りこ。分け隔てなく接する彼女の明るく世話好きな性格に、クラスの誰もが彼女に対して好印象を抱いている。


「おはよ。莉子にお願いがあるんだけど」

「なになに、私にできることならいいよ」

「今日の……」

「あ、莉子。おはよー!」

「みっちゃんおはよー。あ、ごめんね隆史君、今日がどうかしたの?」

「ああ、今日のほう……」

「莉子ー、今日の数学の宿題やってきたー? あとで写させてー!」

「もう自分でやらないとだめだよ。あとで持っていくね。隆史君ごめんー、何度も話の腰を折っちゃって」


 とまあ、こんな風に、分け隔てなくみんなと接し、明るく世話好きなのがわかったのはいいんだけど、話が全然進まない。


「今日の放課後空いてる?」

「え、空いてるけど……」

「ちょっと買い物に付き合ってほしいんだけど」

「え、買い物……!?」


 顔を真っ赤にして急にアタフタとしだした。耳まで真っ赤にしているその姿は、まるで何かを勘違いしているように思える。


「なになに、デートのお誘い?」


 俺たちのようすを見て会話に割り込んできた女子生徒、ツインテールがトレードマークの野々ののみや つむぎだ。イタズラっ子のように口角をつり上げ、悪い表情を浮かべている。


「で、ででデートなの……!?」

「いや、違うけど」

「でも買い物行くんだよね? 二人っきりの男女が放課後に買い物ってこれはデートでしょ!」


 まずいな。紬が会話に入ってくると、どんどん変な方向に持っていかれる。


「デートじゃないって。まず二人じゃないから」

「いやー、あたしが混ざっちゃうと馬に蹴られちゃうよー」

「お前じゃないわ。親戚の子がしばらく家に居候するから、服とか下着とか買いに行くんだよ。男の俺じゃわからないから一緒に行ってほしいの」

「ああ、なるほど。うん、私でよければ全然いい……」

「ちょっと待ったー!」


 紬からちょっと待ったコールがかかった。莉子の耳に顔を近付け、内緒話をし始める。


「莉子、これはチャンス! 親戚の子にアピールしてさりげなく好感度上げるんだよ!」

「な、なるほど……っ!」


 ……全部聞こえてるんですけど。


「人が好きになる瞬間って知ってる?」

「え、わからない……人が好きになる瞬間って言うと、ギャップ……とか?」

「ううん、もっと効果的なのがある。吊り橋効果ってやつだ。恐怖や緊張から生じるドキドキする感情が、恋愛感情と勘違いしてしまう現象」


 まあ、有名なやつだな。擦られすぎて、殆どの人が知ってるんじゃないか。


「それがどうしたの?」

「もちろん、それを利用するんだよ。まず恐怖を与えないと、あたしがスタンガン貸してあげるから、それを隆史に使え」


 ……ん?


「ええ、危ないよ!」

「大丈夫、ギリギリ死なないから! その電気ショックがさらに恋愛のドキドキと勘違いするはずだから! 倒れた隆史を助けおこす莉子。それを見て好感度が上がる隆史と親戚の子! なんて完璧な作戦!」

「どこが完璧じゃ!」


 思いっきり紬の後頭部を叩いた。


「いったー! なにすんだよ!」


 涙目になりながら後頭部を抑えながら俺のことを睨んでくる。が、なにかに気付いたようで、紬は沸騰したかのように顔を真っ赤に染めだした。


「は、これは吊り橋効果!? 叩いて恐怖を与えて、あたしを手籠めにしようと……っ!」


 もう紬は放っておこう。


「じゃあ莉子。放課後よろしくな」

「うん、任せて」


 紬がいなかったら二文で会話が済んだ。

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