15話 デート当日(3)
「えっと、次は……」
ルナはデート中にも関わらず、何度も紙を確かめる。映画が終わり、まず確認するのが指示が書かれた紙。それが一番大事だと言わんばかりに、忠実に従っている。
見られるのが嫌なのか、隠すようにしているのを後ろから盗み見た。そこに書かれていたのは……。
――――ラブホテルに行き、お互いの愛を確かめる。
「却下ーーー!!」
「ああ、なにをするんだ!」
紙をひったくり、ビリビリに破いた。
「ルナは今誰とデートしてるんだ! 俺とだろ、紙とデートしてるわけじゃないだろ!!」
「そうだが……」
「紙に書かれたことは一般的には楽しめるものかもしれないけど、俺たちが楽しめることじゃない! 俺たちは俺たちのデートをすればいいんだよ! 今までのデートは楽しかったか、俺とどこに行くか相談したか、紙と相談するんじゃなくて、お互いに話し合って行きたい場所を考えるのがデートだろ!」
「……うう、だって私が行きたいところはカップルで行くようなところじゃないから」
「いいの、そんなの関係ない。俺も興味があるならそこにしよう」
「……ゲームセンター」
「ゲームセンターに行きたいのか?」
「……うん、前に隆史と一緒にゲームしたのが楽しかったから」
「じゃあ、そこに行こう!」
「……いいの? だって初デートにはあまり相応しくないって言ってたぞ」
「そんなの関係ない。俺も楽しめるし、ルナも楽しめる。それが一番楽しいデート場所だから!」
強引に彼女の手を取り、引っ張るようにゲームセンターに連れて行った。
ゲームセンターなんて初デートに相応しくないかもしれない。それでも、お互いが楽しめるならそれが一番だ。世間だとか、他のカップルだなんて関係ない。背伸びをする必要なんかないじゃないか。デートはどこに行ったかじゃない、好きな人と好きな場所で楽しむことが重要なんだ。
※ ※ ※
駅前にあるゲームセンターに入ると、鼓膜を突き破るけたたましい音と光が支配していた。
「隆史、隆史! あれやってみたい!」
手を繋いだ以外で、今日初めてルナの笑顔を見たような気がする。今までずっと難しい顔していた彼女に、ようやく桜が咲いたような気がした。
子供のようにはしゃいでいるようすに、来てよかったと心底思った。
今度は俺が引っ張られ、格闘ゲームの筐体に座らされた。ルナは反対側に座り、初デートには相応しくないだろう対戦ゲームをすることに。
「……おら、くらえ!」
「あ、隆史……それは、だめ……そこで前に来られると……」
「おらおらおら! これでどうだ!」
「ああ……そんな風に動かれると……」
「でりゃぁぁぁぁあああああ!!」
「ああぁぁーーー……」
「また負けた―――――!!」
威勢のいい掛け声をあげているが、ボコボコにされているのは俺だった。全然歯が立たないし、それどころか途中からミスをするたびに、反対側から心配するような声が上がっていた。
「隆史はゲームが下手なんだな」
「……なぜだ。どうしてこんなに勝てない」
「だって対空出せないから。ジャンプ攻撃し放題だし」
「もう一度!」
「うーん……惜しいとかじゃなくて、一試合も取れてないぞ。これ以上続けてもしょうがないような……」
あまりに俺が下手すぎたのか、ルナはキョロキョロと辺りを見回し、別のゲームを探し始めた。その視線が一つのゲームに止まる。おぞましい声と、激しい炸裂音が鳴り響かせる筐体。所謂、ゾンビシューティング。
あれなら二人で協力プレイできるし、一方的にボコボコにされることもない。
「あれ、やってみたい」
「ゾンビシューティングか、よし、任せろ」
男の子はみんな銃が大好きだからな。ああいったゲームはしたことないけど、本能でわかる。俺はきっと得意だろうと。
銃の形をしたコントローラーを手に取り、ゲームを始めた。
最初のうちはよかった。ゾンビの数もそんなに多くはなく、俺もルナもライフを一つも減らすことなく、順調に進めていく。しかし、それも最初だけ。徐々にゾンビの数が左半分に群がってきた。
ちなみに左半分は俺のエリア。右半分は全て掃討したのか、ゾンビは一体もいない。ルナが全て撃ち殺したようだ。
「隆史、そっちにゾンビが集まっているぞ」
俺が倒されないように、ルナが集まったゾンビを次々と撃ち抜いていく。
「大丈夫、俺一人でも全部倒せ……イタッ!」
とか言ってると、ライフを一つ削られてしまった。
くそ、絶対俺の方だけゾンビの数を多くされている! だって、こんなにも圧倒的な差があるなんておかしいもん!
ひたすら銃のトリガーを引き続け、疲労が溜まった人差し指が、しだいに鈍くなっていくのがわかった。
「イタ、イタ……ああ、やばい……死ぬっ!」
「隆史、もう少し粘ってくれ。こっちが終わったらそっちも助けるから」
「いやぁ……もう、無理……助け、て……」
「隆史ーー!!」
画面左半分に「You Are Dead」と大きく表示される。
……ああ、もう死んじゃった。
俺が死んだあとも、ルナは一人でサクサク進ませていく。協力プレイなのに、足引っ張っていたというのは協力と言えていただろうか。
「隆史、そんなに落ち込むな。たかがゲームだ、遊びなんだから気楽にやろう」
一人でゾンビシューティングゲームをクリアし、ルナが足手まといに声をかけてくる。
まさか猫に慰められるとは思わなかった。
なにか、一つ。一つだけでもいいからルナをギャフンと言わせられないか。
「あ、あれやろう!」
見付けたのは、音楽に合わせてテンポよくボタンを押していく音ゲー。
あれなら自信があった。こういうゲーセンでやったことはないが、音ゲー自体はスマホでしたことがある。経験の差でルナに勝てるはずだ。
「……対戦ゲームはもういいんじゃないか?」
俺の提案に対して、また圧倒的に勝ってしまうことを考慮してか、ルナは渋い表情を浮かべている。
くくく、その勝者の余裕もそこまでだ。その勝ち誇った顔に泥を塗って、吠え面をかかせてやる。
肩を並べて筐体に立つと、様々な音楽が並んでいた。
「曲は俺が選んでいいか?」
「いいぞ。隆史が自信のあるので構わない」
「じゃあ、これで」
最も自信のある、スマホでも何回も聞いては遊んだことのある曲を選択。爆音で曲が流れ、ゲームが始まった。
画面上部から落ちてくる音符に、タイミングよくボタンを押していき、スコアを稼いでいく。
よし、完璧だ。完全に俺の土俵、スホマで遊んでいた甲斐があった。気付けば、俺はノーミスで曲を完走することができた。
これなら勝っただろう! なぜなら一度も失敗していないんだから、負ける要素なんて一つもない。
そしてどちらに軍配が上がったか、画面に表示された。俺の画面には「You Lose」の文字が。
「おかしいだろ!? 俺は一度もミスってないぞ!」
ルナの画面を見ると、所々ミスっていたらしく、コンボは途切れ途切れになっている。
一つもミスっていないはずなのに、コンボを最初から最後まで途切れさせていないのに、どうして俺が負けるんだよ!
「隆史はパーフェクトが一つも無いからじゃないか。ほとんどがグッドで、たまにグレートのタイミングで押してる」
そう、音ゲーとは、リズムに合わせてタイミングよく押すゲーム。パーフェクト、グレート、グッド、バッド、ミスの五段階評価に別れていて、タイミングよく押せば押すほど評価が良くなるシステム。
俺はほとんどグッドのタイミングでボタンを押していたので、スコアは伸びなかったようだ。
「いや、それでもノーミスなんだけど!? ミスしてるやつより絶対偉いと思うんだけど!!」
「そう言われても……」
「一度も失敗していない人間よりも、たまに偉いことするほうが評価が高いなんて……不良がちょっと良いことしただけなのに、まるで凄いみたいに褒められ、真面目に生きてきた人間が褒められない……こんなの人間社会の縮図じゃないか!」
「そうだな。さ、次のゲームをしに行こう」
ルナは熱弁する俺を無視して、さっさと次のゲームに向かってしまった。
おかしい、絶対におかしい……こんなの間違っている……。




