14話 デート当日(2)
向かった場所は、カップルに人気の喫茶店。所狭しといちゃつく男女が目につく。右を見てもカップル、左を見てもカップル。人目を憚らず、お互いの身体を触りあっている。
「やーん、マー君。ここじゃだめー」
「えー、いいじゃんかー」
店内に入ってすぐ近くのカップルが乳繰り合っている。
かー……ぺっ!!
心の中で唾を吐いておこう。そういうのは家に帰ってやれ、なんで人目につくところでいちゃつくんだよ。
「本当にここであってるのか?」
「うん、紙にはここと書いてあった」
こういう店に身内と入るのは気まずいけど、ルナがここがいいというので仕方ない。俺は覚悟を決めて、店員さんに案内してもらった席に座る。
あ、でも意外と値段はリーズナブル。そんなに高いわけでもない。それでいてメニューは豊富だし、カップルさえ目に入らなければ良いお店なのかも。
「ちなみにまぐろはないみたいだぞ」
「……私だって、まぐろ以外食べるぞ」
不満を表すように唇を尖らせている。外食したときは必ずまぐろを頼むくせに、と心の中で思ったが、余計に不機嫌になりそうなので胸の内に秘めておく。
「なに食べたいか決まったか?」
「うん、決まった。先に隆史が頼んでくれ」
店員さんを呼び、ハンバーグとコーラを注文し、目線でルナに注文を促した。
「私もコーラと、あとはカルボナーラで」
「……え?」
ルナが注文した内容に驚いた。特にコーラ。メニューにはアイスミルクもあったし、てっきりそれを注文するとばかり思っていたので、同じ飲み物を頼んだことに驚く。
「アイスミルクじゃなくていいのか?」
「うん、コーラが飲みたい」
本人が飲みたいというのなら、それでもいいか。
先に届いた飲み物。
それぞれの手元にストローが入ったグラスが置かれ、中のコーラがシュワシュワと音を立てていた。
ストローを口に含み軽く吸うと、口内が炭酸で満たされ喉を刺激する。
「ぷはー、美味しい」
「……あうあう」
冷えた炭酸の刺激が喉を伝って一気に身体中を駆け巡り、爽快感に満たされる俺と違い、ルナは苦しそうにコーラを飲んでいた。
「……ひゃぷひゃぷ……喉が、痛い……炭酸がキツイ……」
「コーラだからな」
ルナは顔をしかめながら、それでも再度ストローを口に含んで飲もうと挑戦するも、刺激の強い炭酸が苦手なようで、すぐにグラスから離れた。
「んー……キツイ……飲めない……」
「飲めないなら、なんで頼んだんだよ」
「隆史と、同じのが飲みたかったから……」
「飲めなかったら意味ないだろう。ほら、コーラは俺が飲んでやるから、アイスミルクを改めて注文してろよ」
「……え。私のコーラを隆史が飲むのか?」
「もちろん、勿体ないし」
ルナのコーラを貰い、一気に飲み干した。
うぷ……コーラの一気飲みはやっぱり腹にたまるな。
「……か、か、間接キス」
間接キスをした俺に、ルナは顔を真っ赤にして照れている。
「え、今更だろ。家でもルナがご飯を残したら俺が食べてるし、そんなに照れることか」
「そうだが……今は、ちょっと照れる……」
なにを照れる必要があるのやら、家ではあんなに散々間接キスさせておいて。それなら好き嫌いせずに食べてくれよ。
と、心の中で愚痴っていると、ハンバーグとカルボナーラが来た。
ついでにアイスミルクを注文し、ハンバーグを食べ始めていると、カルボナーラを少しだけ口にしたルナが、フォークを皿に置いた。
「……ご馳走様」
「え、もういいの? あんまり美味しくなかったとか?」
「ううん、美味しかったけど……お、お腹が一杯……」
「いやいや、全然食べてないじゃん。普段もっと食べてるのに」
「お腹が、一杯になった……」
ぐぅ~、とお腹が一杯と言いながら、腹の虫が鳴っている。
「…………」
「……お腹空いてるじゃん。もっと食べろよ」
「うぅ、少食な女の子は可愛いって聞いてたのに……」
なんだそりゃ、だからお腹が一杯とか嘘ついたのかよ。
少食アピールするのを失敗して吹っ切れたのか、まるで親の仇のようにカルボナーラを食べ始めた。
たぶんだが、少食な女性が可愛いと教えたのも紬だろうな。まったくあいつはなにもわかっていない。確かに少食な女性が可愛いって思う人もいるだろうが、俺はどっちかっていうと、美味しく食べたりしている女性の方が好きだ。世間がどうこうよりも、相手がどんな人がタイプかを教えるべきだろう。
※ ※ ※
次に向かったのが映画館。なんて定番コースを連れまわしてくれるんだろう。ランチから映画館なんて定番中の定番。そして、今見ている映画もカップルならではの定番のものを見ている。
周りの客も女性やカップルが多い。
欠伸を噛み殺しながら、スクリーンに映っている男女の濃厚キスシーンを呆然と見ている。
今見ているのは恋愛映画。
ルナもこういうの見たいと思うんだな。花より団子、色気より食い気だと思ったが、こういうのも見たいと思うようになったのか。
恋愛映画はあんまり好きじゃないけど、見たいと言うなら付き合ってやるか、くらいの程度で一緒に見始めたが、やはり俺には合わない。もう何度目かわからないほど欠伸を押し殺す。
スクリーンでは、カップルと思わしき男女がキスシーンを終え、別れを告げている。
周りからすすり泣く声が聞こえてきた。
え、今泣く場面あった? やべ、全然ついていけねえ。山場もよくわからなければ、感動する場面もよくわからなかった。
うーん、やっぱり俺には恋愛映画はあんまり楽しめないかもしれない。
肩に重みがかかる。
もしかしたら、ルナも映画に触発されてしまったのかもしれない。それはそれで女の子らしく成長したんだな、と喜び半分、それが俺じゃなかったらよかったのに、と嘆きが半分。
「……隆史」
透き通った声が耳元で囁かれる。そして、肩にかかる重みが増えた。
前の座席のカップルも、女性が男性の肩に寄りかかるようにしている。
恋愛映画をみるとこんな風になるのか……。
「……すぅ」
あれ、隣から寝息が聞こえてきてるような気がするけど?
「……すぅ、すぅ……」
寝てるんかーい!
やっぱりルナは花より団子、色気より食い気だった。恋愛映画なんて趣味じゃなかったようだ。
それなら違うのを見ればよかったのに、と思ったが、たぶんこれも紬たちの指示なんだろうなと察しがついた。




