13話 デート当日
で、デート当日。
俺は駅前で一人佇み、待ち人を今か今かと待っていた。
同じ家に住んでいるのに、なぜ一緒にいないのか。
今朝のこと……。
『ルナ、今日は何時に出かける?』
『えっと、十一時に駅前に集合だったはず』
『だったはず……?』
『いや、十一時に駅前に集合』
『集合ってどういう意味だ? 一緒に家から出るのに集合ってよくわからないんだけど』
『一緒には出ない、隆史とは別々に出かける予定だ』
『え、なんで。同じ家から出て、同じ場所に行くのに別々に出かける必要ないだろ』
『デートというのは、待ち合わせするものだって聞いたから』
『ふーん……じゃあ俺は十一時に着くようにするから、十時半に家に出るよ』
『えっと、隆史は……十時に家を出てくれ』
『え、なんでだよ』
『そういう風な予定になっている』
『出る時間まで予定に入ってるの!?』
『うん。私はそのあとに家を出る予定だ』
そういうことなので、俺は一人で駅前に立ち、ルナを待つハメに。別にそれはいいんだけど……。
「……遅い」
約束の時間は十一時だ。今は十一時半。
デートをしたいと言ってきた本人が三十分も遅刻してきてやがる。
くそ、スマホはルナに貸してるから俺から連絡が取りようがない。ひたすら彼女が来るのを待っているしかない。
無駄にぐるぐると、その場で落ち着きなく動き回って時間を潰す。スマホがないので暇つぶしもできないし、コンビニとかに行ってその間にルナが来てしまったらすれ違いになる可能性があるので、この場を離れることもできない。
……あ、やっと来た。
遅刻してるくせに、ちんたら歩いてきてる銀髪の少女。
遠目から眺めていると、ルナとすれ違う人々が立ち止まり振り返っているのが見えた。男女関係なく、その容姿には惹きつける魅力がある。
普段のルナは外出する際、猫耳を隠すのにフードを被って誤魔化している。しかし、今日の彼女は帽子を被ってきている。まるで猫耳が最初から無いかのように思える服装。
フードだと顔がほとんど隠れてしまうが、帽子だとその猫耳を隠すだけに留まり、遺憾なくその容姿が発揮していた。サラサラとした銀髪を靡かせ、どこからどう見てもただの美少女にしか見えない。
極めつけに、制服以外では決して穿かないスカートを身に纏い、より一層、清楚感を増している。
駅前で一人で立っている俺を発見したのか、それまで歩いていたくせに、さも最初から走って来ていたかのように小走りで向かってきた。
その走り方に違和感を感じる。いつもとは違う走り方。まるで体育祭前の莉子のような、腕を左右に振る、女の子走りになっていた。
なんだ、あの走り方は……。
俺を追いかけるときとかと全然違うじゃないか。ルナがあんな風に走っているなんて見たことがない。
「ごめーん、隆史君。待ったー?」
「…………」
この人は誰ですか……?
容姿は完全にルナ。銀髪といい、オッドアイといい、間違いなくルナだ。しかし、走り方や言葉遣いが全く別人。もしかしたら本当に別人で、似ている人かもしれない。
「え、と。ルナ、だよな?」
「……なにを言っているんだ隆史。私に決まっているだろう」
あれ、言葉遣いが戻ってる。もしかしたら最初のは俺の聞き間違いなのかもしれない。
「もう一度、最初から。ごめーん、隆史君。待ったー?」
「…………」
いや、聞き間違いじゃないらしい。ご丁寧に同じ言葉を繰り返してくれたんだから。
めちゃくちゃ気持ち悪いけど、とりあえず三十分も遅刻したことを注意しないと。
「めちゃくちゃ待ったわ。なんで三十分も遅刻してきてるんだよ」
「……違う、隆史。そこは、ううん今来たところだよって言ってくれないと」
「なんでだよ。三十分も待ったわ」
「駄目だ。ちゃんと予定通りに言ってくれないと、先に進めない」
気を取り直すように彼女はコホンと咳払いをし、さきほどの言葉を反復する。
「ごめーん、隆史君。待ったー?」
「…………」
これはあれか。RPGとかにある、はいを選ばないと一生先に進まないイベントと同じか?
いや、間違いなくそうだ。ルナが望む言葉を言わないと先に進まないやつだ。
仕方ないので、言ってやることに。
「ううん、今来たところだよ」
「よかったー」
よかったーじゃないだろうが! 三十分待ったっちゅうねん!
ルナの希望通りにしてあげたのに、当の本人はなぜか不満そうな顔をしている。
「……これは少しおかしくないか。私は三十分遅刻してるはずなんだろ。それなのに今来たところというのは、隆史も遅刻したことにならないか?」
そうだよ、気付くの遅いよ! これだと俺も遅刻したことを謝らないといけなくなるじゃん!
「隆史は遅刻したのか?」
「してるわけないだろ! 三十分も待ったって言ってるやんけ!!」
「やんけ……?」
しまった。つい関西弁でツッコんでしまった。
「遅刻はもういいから。それよりルナの計画があるんだよな。次はどこに行くんだ?」
「えっと、ちょっと待って……」
ポケットから取り出した紙、それを隠すように読み始める。
「次は……昼食を食べに行くらしい」
「わかった。じゃあ行こうぜ」
歩き始めると背中に違和感を感じた。振り返ると、ルナが服の裾を引っ張っている。
「どうたんだよ、ご飯食べに行こうぜ」
「えっと……予定では、手を繋いで行くって書いてある」
そんなことまで書いてあるのか。これを計画した莉子たちは、というか紬だな、こんなことを予定に組み込んだのは。
おずおずと手を差し出してくる。緊張しているのか、その指先は微かに震えている気がした。
どうせ、これもあれだろうな、手を繋がないと先に進まないイベントなんだろうな。
ルナの小さな手を覆うように握ってあげる。
「……えへ、えへへ。隆史の手、大きいな」
「ルナの手は逆に小さいな」
「ゴツゴツしてて、私とは全然違う。こうやって手を包み込まれると、ホッとするというか、安心する」
そんな風に解説されると、こっちが恥ずかしくなるからやめてほしいな。




