11話 不健全!
外では確かに俺はお一人様を確約することはできた。ルナは以前のようにくっついてこないおかげで、十分お一人様を満喫できる。しかし、今度は家の中でお一人様を満喫できなくなっていた。猫吸いや耳をハムハムして以来、一緒のベッドで寝ている。お風呂とトイレくらいでしか一人になれないのだ。
昨日なんかは……。
「…………」
「……ルナ、そろそろ降りてくれないか」
「……うん、わかった」
「そう言って、全然降りてくれてないよな? そろそろ脚も痺れてきてるし、どいてくれると助かるんだけど」
自室のパソコンでネットサーフィンをしている俺の膝の上に乗り、ルナが甘えてくる。あぐらをかいている脚の間にすっぽりハマり、ぎゅっとしがみつかれ、胸を結構な痛さの頭突きを繰り返してくる。
もし妹とか娘がいたら、こんな風に毎日甘えられるのだろうか。
「降りる降りる。私に構わないでパソコンをしててくれ」
口ではそうは言っているが、この体勢になって二時間、そろそろ脚も胸も辛くなってきた。
「ん、隆史。そのパソコン見せてくれ」
「……だめ」
「どうしてだ、パソコンを見られると困ることでもあるのか?」
「ないけど、だめ。パソコンの中身っていうのは、例え死んでも見られたくない機密情報なの」
「それはやましいのが入っているということだな。余計に見たくなった、早く見せて」
「絶対にだめ。遺言に、パソコンの中身を削除してくれって書こうかなって思うくらい……イデデデデッ!」
必死に抵抗する俺の腕を強引に取り、強制的にマウスを奪われた。彼女が真っ先にクリックしたのは、ネットブラウザのブックマークリスト。
ああ……一番見られたくなところをピンポイントで……国家機密よりも極秘にしたい俺の性癖が……。
「最初に出会った日を思い出した。隆史は交尾をしている動画を見ていたことに」
「ああ、そんなこともあったね……」
「こういうのは不健全だ。高校生の隆史が見ていい物ではない」
「逆に高校生がこういうのに興味を持っている方が健全だって」
「そんなことはない。こんな動画を見て……私がいるのに……」
ルナがなにか言っているが、それよりもそのマウスの動きの方が気になった。なぜなら俺のコレクションを削除しようとしていたから。
「ち、ちょっとなにやってんの!? 勝手に消そうとするなよ!」
「不健全、不健全、不健全、不健全!!」
「ああ、やめてー!!」
どんどんブックマークから消えていくエッチなタイトルたち。
俺の思い出が! 俺の青春が! 俺の宝物たちが!!
マウスを奪い返そうと、ルナの手首を掴んだ。気付けば俺の視界はジェットコースターのようにぐるぐると回りだし、いつのまにかルナの下敷きに。
だめだ、力ではこいつには絶対に勝てない。勝てた試しがない。
それでも必死に抵抗しようと藻掻くも、首根っこを抑えられ身動きを取れなくされる。
おかしいだろ……体重差的になんで力で勝てないんだ……っ!
視界の端でどんどん消えていく、俺の性癖を満たしてくれていたコレクションたち。
「やめてー! せめて一つは残してー!」
「不健全、不健全、不健全、不健全!!」
「ああぁぁぁーーー!!」
あとに残ったのは、まっさらになったブックマーク。俺の大事なコレクションは一つ残さず消されてしまった。
これが昨日起こった地獄のような出来事。
※ ※ ※
オ〇ニーというのは、当たり前だが外ではできない。家の中で、家族に隠れてこっそり処理するもの。なのに、こんなにベッタリくっつかれるとオ〇ニーができない。
ということは、ルナが出かけているときを見計らって、時限爆弾を解除するように素早く行わいといけない。
そして、今、ルナは莉子たちと遊びに行っている。
家には俺一人。オ〇ニーをしたい放題なのだ!
もうブックマークはできそうにない。一期一会で気に入った動画で処理しなければ。
さっそくいい動画に出会うことができた。念のためにイヤホンを耳に付け、動画を再生する。
聞こえてくる俺の興奮を駆り立てる女性の喘ぎ声。
――――ムクムク。
続いて聞こえるのは野太い声の喘ぎ声。
――――ナエナエ。
それがクライマックスに近づくにつれ、デュエットし始める。
――――ムクムク、ナエナエ。
いらないんだよ……男の喘ぎ声とかいらないんだよ……っ!
男優の声が大きいときは微妙な気持ちになってしまう。それで出してしまったときなんて、罪悪感で胸が締め付けられるほどだ。
セクシー動画において、男優は存在感がないほどいい。
見ていた動画のタブを消して、別の動画を見ることに。今度は黒ずくめの男優が女優と濃厚なキスをしていた。
これも違うんだよ……。
確かに男優は存在感がなければないほどいいのだが、黒ずくめの格好なんかされると、むしろ存在感が増している。なるべく存在感を消そうと配慮してのことなんだろうが、むしろ逆。気になってしょうがない。
別の動画にしよ……。
俺の性欲を満たしてくれそうな動画に出会った。男優は喘がず、黒ずくめの恰好もしていない。そして、まるで透明人間かのように存在感がなく、女優をちゃんと引き立ててくれる。
うん、これにしよう。
突然、ノートパソコンの画面が暗転した。まるでブレーカーが落ちたように、ブツッと異音を立て、真っ暗になったモニターに映るのは、突然画面が消えたことで、情けない顔をした俺と、般若のように怒りを露にするルナが反射していた。
「……ルナさん、いつからそこに?」
ノートパソコンの電源ボタンに置かれたルナの指先。イヤホンをしていてまったく気付かなかった。
「また交尾をしているのを見ている。あれほど不健全だから駄目だと言っただろう」
「はい、本当にその通りです」
床に額を擦り付けて平謝りする。ここで下手に反論したり抵抗なんてしようものならノートパソコンごと壊されそうなので、平身低頭して謝り続け台風をやり過ごすしかない。
「もう見ない?」
「もちろん見ません、絶対に見ません、誓って見ません」
「じゃあ許す」
「ははー!!」
よし、これでルナが出て行ったあとにまた再開してやる。くく、バカめ。男からエロは切っても切り離せないものなんだよ。
「ほら、お風呂に入って来いよ。早く早く」
「う、うん、わかった」
ルナの背中を押して部屋から追い出した。
よし、これで大丈夫だ。お風呂に入っている間にすませてしまおう。
ノートパソコンに向き直り、電源ボタンを押そうと指を添えた。鏡になったように部屋の様子を反射したモニター。そこに映るのは、電源ボタンを押そうとウキウキした顔の俺と、扉から顔を覗かせて、張り込み刑事のように俺を監視するルナが。
「…………」
背中に視線が突き刺さり、一挙手一投足も逃さないようにしているのがわかる。
……これは無理だな。
もしここで俺がルナに気付かずにセクシー動画を視聴していたら、ノートパソコンは原型を留めないほどバラバラに壊されていただろう。溜息を吐き、今日はオ〇ニーを諦めることにした。




