9話 二人は……
スマホがけたたましく鳴り響く、しかし、それがすぐに鳴り止んだ。俺は決して止めていないし、スマホに触れてすらいない。
人間は恐ろしいもので、習慣かされていたものが一瞬でも鳴ると、意識を強制的に目覚めさせる。覚醒しきっていない瞼と脳で、必死に枕元に置いてあったスマホを手探りでさがす。
勝手に鳴りやんだスマホで時間を確かめてみると、ルナが来る前までに目覚めていた時間。彼女が家に来てからはこの時間の三十分も前に起こしにくるので、久しぶりにこの時間に起きたことになる。
珍しい、ルナは起こしに来なかったのかな。
うつ伏せで寝ていた身体を反転させ、仰向けに寝返ると、カーテンの隙間からこぼれる朝焼けの光が見えた。そして、俺を見つめるオッドアイの瞳。
いつの間にそこにいたのか、一緒のベッドで寝ていた。いつもならこっちの都合も考えずに起こすはずなのに、なぜか今日は優しそうな瞳で見下ろしているだけ。
何度もゆっくりとまぶたきを繰り返し、オッドアイを見せては隠したりしている。
「なんでルナがここにいるんだ」
「ここで寝たから。隆史が起きるのを待っていた」
「それならいつもみたいに起こしてくれてもいいのに」
隣で寝ている女性が裸で、しかも事後を匂わせるような目覚めなら最高なのに。現実は隣の女性は服を着ているし、全然事後じゃないし、なんならルナだし。
「隆史の寝顔をずっと見ていたかったから起こさなかった」
「……今度からは見てないで起こしてくれ」
寝顔をじっと見られるのは恥ずかしくてしょうがない。大口開けて、口の端から涎を垂らしながら寝ているところなんて間抜けすぎる。
ベッドから這い出てリビングに降りた。なぜかルナは俺の後をピッタリとついてくる。
「朝は食パンでいいか?」
「うん、それでいい」
「……邪魔なんだけど、そろそろどっかに行ってくれない?」
「やだ」
キッチンに立って、朝食の準備をしている俺の背中に抱きついてくる。グリグリと頭を背中に押し当てれ、朝食の準備の邪魔をされると困るのだが。そんな風にぎゅっとしがみつかれると、動きにくいし全然捗らない。
予想以上に遅くなってしまった朝食。本来なら希さんが起きてくる前に準備が終わっているはずが、コーヒーだけの準備しかしていないのに起きてきてしまった。
リビングにやってきた希さんが、俺たちの状態を見てびっくりして固まってしまう。
「二人とも……凄く仲良くなったね……」
「ルナが全然離れてくれないんですよ」
「……あらあらまあまあ」
背中にずっとくっつかれたまま、食パンをトースターで焼き、テーブルの上に並べた。
「隆史、私はここじゃない。こっちで食べる」
ご飯を食べるとき、それぞれの定位置は決まっている。希さんとルナは隣同士、その向かいに俺がいつも座っている。なので、俺はいつも通りにみんなが座るだろう場所に皿を置いたのだが、ルナは自分の皿を、俺の座る隣に置きなおした。
「ここで食べるのか? いつもは希さんの隣じゃんか」
「ううん、ここがいい。ここで食べる」
ルナが何を考えているかよくわからないが、本人がそこが良いなら特別問題があるわけじゃないし、気にしなかった。
家では初めて隣同士で食べるご飯。ちょっと落ち着かないが、気にせず食べ始める。
「……二人は、エッチしたの?」
「ぶぅぅううううう!!」
希さんのとんでもない発言に思わず吹き出してしまった。
「ごほ、ごほ……っ!」
「エッチしてもいいけど、夜はあまりうるさくしないでね。若い二人に言っても、抑えられない衝動とかあると思うけど、なるべくお願いね」
「し、してないですよ! なんでそんな風に勘違いしてるんですか!」
「本当にしてない? 明らかに二人の距離が縮まってるけど」
確かに距離は縮まったと思う。主にルナから距離を縮めてきているだけだけど。
「希……交尾しないと、距離は縮まらないのか?」
「え、ううん。そんなことないわよ。プラトニックな関係もあるし、それが全てじゃないわ」
「そうか、よかった……」
「してなくても、二人はラブラブに見えるわよ」
「えへへ……ラブラブに、見えるかな……」
「うん、すっごくラブラブに見える」
「えへ、えへへ……」
だらしない笑顔を浮かべながら、ルナは食パンに齧りついている。
えぇ~、なにこれ……俺だけ蚊帳の外なんですけど……なんか二人だけで通じ合ってるし……。




