7話 クッキー
ルナとご飯を食べ終えた後、彼女は背中で手を隠し、上目遣いで俺を見てきた。頬は上気し、どこか照れているような表情を浮かべている。
「た、隆史……実は、今日遅くなった原因はこれを作ってたからなんだ」
隠していた手を差し出し、その掌に乗っていたのは、透明な袋に入った綺麗にラッピングされているクッキー。可愛らしくリボンが結ばれ、様々な形をしたクッキーが中に入っている。様々な形というのは、手作りだからだろうか、一つ一つが統一されていない歪な形という意味だ。
「その……隆史にこれを食べてほしくて……作ってたら遅くなってしまった」
「……そうなんだ。ありがとう、頂くよ」
リボンをほどき、クッキーを一つ摘まみ上げる。ゴツゴツした形状のそれは、外見からはあまり美味しそうに見えなかった。
女の子の手作りお菓子なんて初めて食べるな……。
反応が気になるのか、ルナは少し緊張した面持ちで俺の顔色を窺っている。
せっかく頑張って作ってくれたんだから、食べてみるか。
口に入れると、歪な形からは想像もできないほどの美味しい甘味が口内に広がる。
「美味しい」
「ほ、ほんとか!? よ、よかった……」
よほど緊張していたのか、称賛の声をあげると、顔を綻ばせ喜びに満ちた表情を浮かべた。
「もっと食べてくれ、一杯作ったから!」
「う、うん……」
正直、晩御飯を食べたあとなので、そんなにお腹が空いていないのだが、こんなに喜んでいるルナを見ると、次々と食べてあげたくなる。
「隆史、美味しいか」
「うん、美味しいよ。ありがとう、作ってくれて」
そのあともクッキーを食べ続け、お風呂に入った後も食べさせられることになるとは思わなかった。
「隆史、ほら……あーん」
ルナの細くて白い指から食べさせられるクッキー。もちろん美味しいのだが、それよりもこのおかしな状態のほうが気になる。
お風呂から上がった彼女は、最近はお決まりになった俺の脱ぎたてのシャツを着て、膝の上に座り甘え始めた。どうして、こうなったのかわからない。風呂に入った後に、リビングでテレビを見ながらゆっくりしていると、急にルナが俺の膝の上に飛び乗ってきた。
手にはクッキーを握りしめ、次々と俺の口にクッキーを放り込んでくる。
「ほら、あーん」
「……ルナ、なんで膝の上に乗ってくるんだよ。重いからどいてくれ」
「重いって言った……そんな意地悪を言うからどいてやらない」
よほど気に障ったのか、俺の胸に頭をぐりぐりと押し付け、抗議の声を上げる。
「ごめんごめん、重くないからどいてくれないか」
「重くないならこのままでいいな」
どっちにしろどかんのかい!
思わず関西弁になってしまうくらい、ルナの変わりように戸惑ってしまう。こんな風に甘えられるのはルナと暮らし始めて今までにないこと。娘とか妹がいたらこんな風にして過ごすんだろうな。
というか重くないって言ったんだから、その胸をぐりぐりとするのはやめてくれ。
「クッキー、美味しかったか?」
「うん、美味しかった。ありがとう、わざわざ作ってくれて」
もう何回も繰り返されたやり取り。
聞かれるたびに美味しいと返すと、百万ドルの笑顔とはまた違う笑顔で喜んでいる。
「じゃあ……そ、その……ほ、褒めてほしい……」
「褒めるって、偉い偉いって言えばいいのか?」
「う……ち、ちょっと違う……あ、頭を、撫でて……欲しい……」
なんだ、そんなことか。それくらいならいくらでもやってあげるのに。
ルナの小さい頭に手を乗せ、ゆっくりと頭を撫でてあげる。サラサラした銀髪が指先に伝わり、手の下では気持ちいいのか、嬉しそうに目を細めている。もういいかな、と手を離すと、名残惜しそうに寂しそうな顔をしていた。
ルナが俺の背中に腕を回し始めて、じっと見つめてきた。目を逸らさず、じっと見つめてくる彼女の表情からは何を考えているかは読み取れない。
じっと見つめてくる瞳が、ゆっくりとまばたきをする。
「……眠いのか?」
「……? 別に眠くないが、どうして急に?」
「いや、眠そうな目をしてるから。眠いなら部屋で休んできたら?」
「うーん、別に眠くはないが、隆史がそういうなら部屋に行こうかな」
やっと膝の上からどいてくれ自由になった。ルナはリビングから出て行き、階段を昇っていく足音と、バタンと自室に戻る音がリビングまで届いた。
俺も洗い物とか歯磨きしたら部屋に戻って寝ようかな。




