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6話 心配

「隆史、今日は莉子の家に遊びに行ってくる。だから、また貸してほしい」


 学校が終わり、教科書などを鞄に詰め込んでいると、隣にいるルナに話しかけられた。ここのところ、連日莉子たちと遊んでいるのでもう驚きもしない。

 また貸してほしい、これはスマホのことだ。彼女はスマホを持っていないので、俺のスマホを貸してあげている。というか、渡している。夜中に帰ってくることもあり、連絡用に渡している。


「はい、スマホ。ちゃんと八時までに帰ってくること。遅れそうなときは家電にちゃんと連絡しろよ」

「うん、わかった」


 家は門限八時になっている。決めたのは俺だ。

 本当は六時にしたかったのだが、さすがにそれは早すぎると希さんに言われたので、仕方なく八時に。それを決めたときも若干苦笑いされたが、もしものことがあったら大変だからな。

 こういうときは八時ギリギリに帰ってくることが多いので、夕ご飯もそれに合わせて作るようにしてある。今日はなにを作ってあげようか、希さんは仕事で遅くなるから、ルナの好きなのでも作ってやろうかな。


     ※ ※ ※


「…………」


 ルナと学校で別れてからどのくらい経っただろうか。

 自宅のリビングには静かだが、重たい空気が流れ、時計の秒を刻む音だけが一定の間隔で響く。時計の短針が八をとうに通り過ぎ、長身は二十の数字に迫っている。

 頭が沸騰しそうになるのを必死に抑え、家に設置されている電話機の前で腕を組みながら仁王立ちで待つこと三十分。一向にルナから連絡はない。

 遊び惚けて連絡を忘れているのか、それともなにか事件に巻き込まれてしまったのだろうか。怒りと心配が入り交じり、心臓が早鐘を打っている。

 外から救急車の音が鳴り響いた。それがより一層心をざわつかせる。

 ……大丈夫かな、事故に遭ってないだろうか。

 電話機には電話帳などという便利な機能は付いていない。なのでこちらから電話をしたい場合は、直接電話番号を打つしか方法がないのだが……。

 こんなことなら自分のスマホの番号を覚えてればよかった。

 今か今かと鳴るのを待っていた電話機が、けたたましく泣きだした。

 一コールどころか、ほぼノータイムに近い早さで受話器を耳に当てる。


「……あ、隆史」


 待ち望んでいた声が聞こえ、安堵すると同時に、怒りが瞬間湯沸かし器のように沸いた。


「今何時だと思ってるんだ! 門限八時だって言ってるだろ!」

「……え、あ……その……」

「今どこにいるんだ!?」

「……え、と……まだ、莉子の家で……」

「今から迎えに行くから待ってろ!」


 叩きつけるように受話器を置き、家から飛び出た。

 普段あまり使うことはない自転車に飛び乗り、ペダルを漕ぐ足に力を込める。

 サドルに腰を下すことなく、立ちっぱなしでペダルを回していると、赤信号に引っかかった。心の中で舌打ちをし、信号機が青に変わるのを待ちながら、周りを見渡すと深淵にも近い暗闇が世界を覆っていた。

 田舎町によくあることだが、街路灯もお店も少ない。そのため夜中になると外は真っ暗になってしまう。こんな真っ暗な道を、少女一人で帰らせるわけにはいかない。

 ようやく青信号に変わり、再度ペダルを漕ぎ始める。

 一度もサドルに座ることなく、全速力で向かったため汗だくになっていた。

 呼吸を整えることなく、莉子の家のチャイムを鳴らすと、暫くして玄関の扉が開いた。


「あ、ルナちゃーん、隆史君が迎えに来たよー」

「……うん」


 扉の隙間から家の中を覗いてみると、岡田と紬が姿を見せた。俺が迎えに来た少女は、岡田の背中に隠れていた。顔だけおずおずと覗かせ、その表情には不安と恐れが見える。


「……ルナ、帰るぞ」


 なるべく平静に、感情を表に出さず淡々と言ったつもりだったが、知らず知らずのうちに怒気が含まれていたのか、ルナは少し縮こまってしまう。


「あたしたちがルナっちを引き留めっちゃったんだよ。だからそんなに怒らないであげてよ」


 紬がフォローするように言ってきたが、それが余計に神経を逆撫でする。莉子たちはまるでルナを庇うように口々にフォローしているが、これだとまるで俺が悪者みたいじゃないか。

 それはそれで構わないのだが、もし夜中に帰って事故や事件に巻き込まれたらどうするんだ。お前たちはどう責任を取ってくれるんだ。

 そんな気は無かったのだが、つい睨むようなキツイ視線をしていたようで、みんなは押し黙ってしまう。

 気まずい空気に、ルナが慌てて靴を履きだし、ようやく外に出てきてくれた。

 引っ掴むようにして手を取り、その場を後にしようとして、みんなのほうに振り返った。


「もし送ってほしいなら、連絡くれたら迎えに来るから」

「……大丈夫、岡田っちとは一緒に帰るから」


 そうか、とだけ言い残しその場を後にする。


「…………」


 帰りは自転車には乗らず、押して帰ることに。その数メートル後ろをルナがトボトボとついてきている。

 俺たちの間には会話がない。虫の鳴く声だけが二人の間を通り過ぎていく。


「今日は、まぐろを買っておいたから。帰ったらご飯をしような」


 その沈黙を破ったのは俺だった。門限を破ったときは怒りと心配でどうにかなりそうだったが、歩いている最中に夜風が沸騰した頭を冷やしてくれ、そんな感情はどっかに行ってしまった。


「……うん」


 いまだに俯いたまま俺の後をついきている。そんな落ち込んでいるルナに近づき、頭を撫でて慰めてあげた。


「もう怒っていないから、そんな落ち込むなって」

「……隆史、連絡しなくて、門限遅れてすまなかった」

「いいよ、もう。門限、もう少し遅くしたほうがいいか? 八時以降はやっぱり心配だから、迎えに行くけど、それでもいいなら門限遅くするけど」

「ううん、八時でも構わない。心配してくれるのは嬉しいし、遅いときはこれからはちゃんと連絡する」


 そっか、とだけ返事し、踵を返した。


「隆史、心配してくれてありがとう」


 怒られたり心配されるのは鬱陶しいだろうなと思っていたので、まさかお礼を言われるとは思わなかった。

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