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5話 ストレス発散

 ストレスが溜まったときは、人はどうやってそれを発散させているのか。

 ここでは俺が、ストレスが溜まったときにやってはいけない発散方法を三つ教えようと思う。


 ケース一。


 今日もルナは莉子たちと出かけている。家の中には俺一人だ。つまり、なにをしても怒られないということ。

 今まではルナがいたらからできなかったこと。昔の俺なら気にせず、熱唱したりオ〇ニーしたり、自由気ままに暴れまわることができたが、ずっとそばにいたルナが気掛かりで、それもできなくなっていた。

 けど、最近は違う。ルナは莉子たちとよく遊びに行くようになり、俺は以前のようにお一人様を満喫できるようになったのだ。自室でセクシー動画をイヤホンなしで視聴することだってできちゃうもんね! 寂しくなんかないもんね!

 あらかたの掃除を済ませ、俺は走り回った。

 それは比喩ではなく、本当に走り回った。家中を子供のように。


「ウウウウゥゥゥゥ~」


 柳沢慎吾のひとり警察よろしく、掲げた両手を左右に振りながら走り回った。

 ああ、なんて自由なんだ。こんなことをしても誰も俺を咎めないし、変な目で見る人なんていない。


「ウウウウゥゥゥゥ~」


 気持ちいいー! なんて解放感なんだ。本来であれば怒られるようなことでも、一人だったら怒られることなんてない。これぞストレス解放!

 二階の自室から一階へ駆け下り、そのままリビングに入る。その間ももちろん奇声を発しながら走り回った。


「ウウウウゥゥゥゥ、目の前のバイク止まりなさい、止まりなさい」

「…………」


 両手を振りながら、架空の暴走バイクを追いまわす期待の新人エース警察官こと俺。

 リビングを一周し、二階に駆け上がり、犯人を検挙。警視庁のキャリア組にも関わらず、現場を駆けまわり、犯人を逮捕。俺はなんてカッコイイんだ。

 無線に応援要請が入った。一階に犯人が暴れ回っているという緊急事態に、慌てて一階に駆け下りる。


「ウウウウゥゥゥゥ~、ここが現場か! 犯人はどこに……」

「…………」


 リビングに入ると、オッドアイの瞳を細めて、まるでゴミを見るような視線をぶつけてくる猫耳銀髪の少女。ソファに座りながら、膝の上に乗せた読みかけの漫画には視線を落とさず、変質者に向けるかのようなドギツイ視線が突き刺さる。


「…………」

「…………」

「……ウウウウゥゥゥゥ! 犯人が逃げたぞ、追え追え!」


 逃げた犯人を追って自室まで走った。転がり込むように部屋に戻り、両手で顔を覆う。

 ……恥ずかしいーーーー!

 え、いつからいたの? たしか莉子たちと遊びに行くって言ってなかった? もしかして最初から全部見られていた?

 あまりの恥ずかしさにそのあともずっと自室に引きこもった。


 ケース二。


 学校が終わり、放課後の掃除の時間。今日は奇跡的にも、莉子たちと当番が被った。

 彼女たちは仲良くゴミ出しをしに行ってくれている。つまり、教室にいるのは俺一人。なにをしても怒られない時間がやってきた。

 いつもなら怒られるようなことも、今のこの空間にはそんなやつは一人もいない。好き放題できるのだ。


「ジャジャジャジャーン!!」


 持っている箒をギターに見立てて、見えない弦を弾くように右手を上下に動かす。

 見える、今の俺には見える。今いる場所は教室なんかじゃない、武道館だ。目を瞑ると、客席に敷き詰められた一万人のファンが、スタンディングオベーションをし、泣きながら俺の歌に酔いしれている光景が広がる。


「ジャジャジャジャーン! みんなー、聞こえてるかー!」


 イエーイ!

 俺の言葉に、地響きにも似た歓声をあげる客席。一言なにかを言うだけで、客席が跳ねたり泣いたり大忙しに沸いている。

 それに気を良くし、さらに右手を高速で動かしていく。頭を上下左右に振り、それでもブレない俺の歌声。


「ジャカジャカジャカジャーン!」


 盛大に右手を上げ、最後の曲を弾き終えた。客席からは最後を惜しむ声が続々と上がる。

 舞台袖にはけてもそれは鳴りやまなかった。それが次第に波のように大きくなり、客席から聞こえるアンコールの大合唱。

 そんなこと言われたら、終われないじゃないか!


「ジャジャジャジャーン! アンコールありがとうー!」


 俺を迎えてくれたのは、再登場に盛大な歓声に沸くファンではなく、ゴミ捨てを終えて帰ってきた莉子たちであった。

 彼女たちは時が止まったかのように動かず、ポカンと口を半開きにして立ち止まっている。


「…………」

「……おかえりー。ゴミ捨てありがとうー」

「う、うん。全然いいよ。隆史君も一人で掃除してもらってありがとう」


 最初に動いたのは莉子だった。気を遣ってくれてるのか、何事もなかったかのように接してくれる。


「隆史、さっきアンコールありがとうーとか言ってなかった?」

「岡田もありがとうな。ゴミ捨てに行ってもらって」

「い、いえいえ……そんなそんな……全然大丈夫です……」

「ねえねえ、隆史隆史。アンコールってなになに? その箒をギター代わりにしてたの?」

「ルナもありがとうな。これでゴミ捨ての場所わかったか?」

「…………」


 え、無視ですか?


「ねえねえ、いつライブするの? あたしたちも招待してよね。アンコールしてあげるからさ」


 視界に入れないようにぐるぐる回ってるのに、わざわざ追いかけて煽るように左右にステップしながらからかってくるツインテールの女子生徒。


「紬さん……ここは、気を遣って……あげましょう……」

「えー、気になるじゃん。ねえねえ、今弾いてみてよ、そこに持っているギターという名の箒を使ってさ」

「…………」


 〇してー……目の前で、ちょこちょこ動き回ってるこいつを〇してー……。


「耳まで真っ赤になってるよ? どうしてどうして? アンコールされるくらいファンいるのに恥ずかしいの?」


 それからもずっと紬にからかわれたが、ひたすら無視を決め込んだ。


 ケース三。


 自室で漫画を読みふけっていると、ふと便意を感じて部屋から出た。

 扉を出た直後、背中を引っ張られ、振り返るとドアノブに服の裾が引っかかっている。


「…………」


 トイレで用を足して、トイレペーパーを引き寄せると、カラカラという音とともに芯だけになった状態に。


「…………」


 そのあとも続く少しイラッとする現象。

 例えば、スマホを机の上に置いていると、場所が悪かったのか、それが床に落ち、拾って机の上に置いたのにまた床に落ちたとき。

 爪を切っていて、切った爪が飛び散ってもいいように、わざわざ新聞紙を床に広げたのに、それすらも飛び越えたとき。

 炭酸飲料を飲もうと冷蔵庫から取り出したら、誰が振ったか落としたかはわからないが、勢いよく炭酸が噴き出したとき。


「…………」


 少し小腹が空いたので、ポテチを食べようと、袋に手を掛けた。少し力を加えても中々開かない。

 仕方がないので、さらに力を加えてみる。あまり力を入れると、中身が飛び散る可能性があるので、細心の注意を払って少しずつ少しずつ、爆弾を解除するかのように、慎重に指に力を加える。


「……ふん、ぬぬぬぬぬ……っ!」


 パンッ!

 破裂音と共に、無残にもポテチが空を舞っていく。あれだけ細心の注意を払っていたにも関わらず、俺の努力を嘲笑うかのように、ポテチが床に散らばった。

 ブチッ!

 今度は俺の血管が切れる音がした。

 それは本来なら、理性が抑えているはずの本能に食い破られる音。抑えきれないほどの衝動が全身を駆け巡り、ついにそれが爆発した。


「ぬおおおおおぉぉぉぉぉーーー!!」


 シャツの首元に手を掛け、思いっきり左右に引っ張った。ビリビリと布が破れる音が、耳障りに鼓膜に届く。

 露になったのは、上半身裸になり、荒い呼吸を繰り返す野蛮人。

 あまりにキチゲが溜まりすぎて、思わず服を破いてしまった。ちなみにキチゲというのは、キチガイゲージの略で、そのゲージとは言わばストレスのこと。ゲージが限界に達したとき、それは人が本能の赴くままに行動し、ときには異常な行動を取ってしまう。


「…………」


 俺を見つめるオッドアイの瞳。彼女はどうして、俺が変な行動するときに現れるのだろうか。というかよく考えてみれば、俺がキチゲを爆発させた場所はリビングのど真ん中。そりゃいてもおかしくはない。


「……あ、これはDBのモノマネでーす」


 苦しい言い訳も聞こえてないのか、ソファに座るルナから、ほとんど暴力に近い蔑むような視線が送られている。

 ルナは溜息をこぼし、かぶりを振りながら呆れたように呟いた。


「私は、どうしてこんなやつのことを……」


 最後の方は声が小さすぎて聞き取れなかった。

 俺を視界に入れないようにしてるのか、プイッと視線を逸らしたまま、ルナはリビングから出て行った。

 うーん、もうここまできたら恥ずかしいなんて感情も湧かないや。

 いっそのこと裸で家中をうろついてやろうか。


「隆史君……」


 笑顔だが、その背後には般若が透けて見えるほどの怒りを露にした希さんが立っていた。

 そう、俺がキチゲを解放した場所はリビング。希さんがいてもおかしくはない。


「物を粗末にしちゃダメでしょ……」

「……はい」


 そのあと正座をさせられて、しっかり怒られた。

 これがストレスを解放させてはいけないやり方の三つの方法だ。

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