3話 外食
希さんの提案通り、次の日に俺たちは外食しに出かけた。
少しお高めのファミレスみたいなお店。そこにはこの間、莉子たちと行ったファミレスとは違い、はしゃぎまわる子供やドリンクバーだけで勉強にふける高校生もおらず、どこか落ち着いた雰囲気が漂っている。
「三名様ですか、こちらへどうぞ」
外ではパーカーを着て、フードを目一杯被る不審者なルナの姿を見ても、臆面にも出さず接客態度を変えない店員さん。
なんとなく店員さんの接客態度も良いような気がする。もちろん気がするだけで、前に行ったファミレスと変わらないはずなんだけど、なぜか落ち着いた態度や堂々とした接客にそう見えてしまう。
そしてなぜかはわからないが、こちらの方が敷居は高いはずなのに、タッチパネルでの注文ではなく口頭注文になっていた。こっちの方が高いお店のはずなのに、どうしてこういうところに人件費をかけるのか。
俺の向かいに希さん、隣にルナが座る。
「隆史、まぐろを注文してくれ。あとミルクも」
「はいはい、まぐろ丼だけどいいか?」
「うん! 隆史も一緒のを食べよう」
「俺は別のを食べるよ」
食べ合わせ悪いし。牛乳とご飯なんて一緒に食べたくない。
「……だめだ。隆史もまぐろ丼とミルクを一緒に食べよう」
「なんでだよ、好きなのを食べさせろよ。俺は別のを食べるから」
「隆史は、まぐろが嫌いなのか?」
「嫌いじゃないけど」
「じゃあ一緒のを食べよう。隆史と同じのを食べたい!」
だったらそっちが合わせんかい! なんで俺が合わせなきゃならんのだ!
そんな俺たちのやり取りを見て、またもやなにかを察したのか、希さんがクスクスと笑っていた。
「ルナちゃんは隆史君のと一緒のが食べたいのよね。でも、ご飯はそれぞれ好きなの注文した方がもっと美味しいわよ」
「む、そうなのか。それはなぜだ」
「お互いに注文したのを交換したりすると、色んな味が楽しめるから」
「なるほど。じゃあ、後で隆史のを貰う」
「うん、あーんってしてもらおうね」
あげるなんて一言も言ってないんですけど。けど、この流れであげないなんて言ったら、希さんに叱られそうなので、拒否権なんてないんですけどね。
ははは、下僕と呼んでください。
俺は何を頼もうかな。ルナがまぐろ丼なんてお高いのを頼んでるから、帳尻を合わせるために安いのを頼まないと。
お、このドリアなんて安いじゃん。これにしよっと。
「俺はドリアにします」
メニュー票を向かいの希さんに渡すと、なぜかわからないが渋い顔をしていた。
「隆史君は、それで足りるの? もっと頼んでもいいのよ?」
「はい、十分です」
「ほんとに? ほんとのほんとに?」
「希、大丈夫だ。足りなかったら私のまぐろ丼を分けるから」
「うーん……もし足りなかったら追加注文するのよ?」
もちろん帳尻を合わせるための注文なので、追加注文をする気はないのだが、とりあえず、わかりましたと頷いておく。
希さんも注文が決まったのか、机に備え付けられていた呼び出しボタンを押して店員さんを呼んだ。
代表して、希さんが全員分の注文を告げてくれる。
真っ先にテーブルに届いたのはルナが注文したアイスミルク。それが来るや否や、アイスミルクをぐいっと飲み始めた。それは気持ちいいほどに。
「……ぷはーっ」
「おっさんかい、お行儀が悪い」
「ほら、隆史も飲もう!」
「いや、おっさんかい! 新入社員に無理矢理飲ませようとする上司かい!」
「隆史、私のミルクが飲めないと言うのか……」
「いや、ダル絡みするおっさんかい! 今のご時世に御法度のパワハラ上司じゃん!」
無理矢理自分の飲んだ牛乳を俺に飲ませようと、グラスを頬に押し付けてくる。それをなんとか阻止しようと、ルナの手首を掴んで押し返そうと力を込めるが、まったく歯が立たない。むしろ、俺が抵抗するものだから、余計にグラスを頬に押し付けられる。
希さんは、俺たちが楽しそうにじゃれていると勘違いしているのか、クスクスと笑うだけ。いや、ほんと勘弁してくれ!
そんな無駄な攻防を繰り広げていると、全員分の注文が届いた。
ルナは目の前に届いたまぐろ丼に心が奪われたのか、俺はもう用無しとばかりに放っておかれた。
がつがつとまぐろを口に放り込み、舌鼓を打っている。
俺もドリアをスプーンで掬い、口に運んだ。うん、ドリアだ。
「隆史、はい」
箸の上に乗せられたまぐろが目前に突きつけられていた。それをパクリと一口で食べる。
うーん、微妙。そういえば、こいつ刺身に醤油をかけないやつだった。まぐろの味がダイレクトに口の中に広がるが、やっぱり醤油がないとちょっと一味足りない気がする。
「隆史の分も一口欲しい」
「はいはい、熱いから気を付けろよ」
スプーンでドリアを掬い、ルナの口に運んであげる。少し熱そうに、ハフハフしながら咀嚼し、飲み込んだ。熱くて顔をしかめていた顔が綻び、美味しそうに満面の笑みを浮かべる。
「美味しい、もう一口欲しい」
「わかったわかった」
再度ドリアを求められ、さっきと同じように口に運んであげる。それからも何度もドリアを要求され。
「……あれ」
気付けば皿の上にあったドリアが無くなっていた。
「なあルナ。そっちのまぐろ丼も一口くれよ」
「…………」
隣にいる銀髪猫耳オッドアイが、両手で皿を隠すようにしながら、まぐろ丼を食べ始めた。
こらこら、元々は足りない分をくれるって話だったろ。これじゃあ逆じゃないか。
ルナには分ける気なんてこれっぽちもないのか、俺を睨むようにしてまぐろ丼を食べ続ける。
「ルナちゃん、隆史君にも一口分けてあげなさい」
「……わかった。はい、あーん」
希さんの鶴の一声が効いたのか、ようやくルナが分けてくれた。
うん、やっぱり一味足りない。
「クスクス……こうやって見ると、二人はまるでカップルみたいね」
「カっ……カカカカカップルっ!?」
希さんにからかわれてるだけなのに、面白いほどにルナが慌て始めた。そういう反応がより一層からかわれるだけなのに。
「うん。ラブラブしてて、見ててほっこりする」
「ラっ……ララララブラブっ!?」
別にしてないから。ルナはどっちかっていうと、娘というか妹というか、身内みたいなものだから。
からかわれてるのがよほど恥ずかしいのか、ルナは顔を真っ赤にして俯いてしまった。そういう反応するから、からかう方も面白くなるのに。




