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26話 なんかムカムカするっ!

 あれは、体育祭が終わった次の日。俺は白鳥を校舎裏に呼び出した。


「……一体なんですの? いくら頼まれましても、グラウンドはお譲りしませんわよ」

「白鳥はおかしいと思わなかったのか? あれはどう考えてもルナが勝ってた、なのに結果は白鳥の勝ち。どう考えてもおかしい」

「おかしいと申されましても、結果が全て。そんな不満を漏らされても困りますわ」

「いや、白鳥もおかしいって気付いてるはずだ。見ていた俺ですらルナの勝ちを確信できたんだ、白鳥が気付かないわけがない」

「そう言われましても……」


 困惑するように、白鳥は眉を下げた。しかし、彼女だって気付いているはずだ。その異変がなにかはわかっていないが、なにかがおかしかったことに。


「これを見てくれ」


 スマホを取り出して、白鳥に見せる。そこにはルナと白鳥がゴールテープを切る瞬間が写されていた。


「これがなんですの?」

「……ゴールテープの位置がおかしいだろ」

「…………」


 俺が注目してほしいのは、ゴールテープと地面に引かれている白線の位置がずれていること。

 あのとき、確かにルナは勝っていたはず。あと数センチの距離が長ければ、白鳥に負けていた。そこで陸上部の一年生が、ゴールをずらし、その数センチの距離を作り出したのだ。


「……確かに、ずれてますわね」


 白鳥は認めてくれた。本来のゴールとはずれていたことに。そして、それは本当の勝者はルナであったことだ。


「だから、なんですの?」


 しかし、俺の思惑とは違い、白鳥は事もなげに答える。


「確かにずれていますが、たかが体育祭、そんな厳しくする必要はないと思いますけど。数センチのずれなんて起こってしまうのも仕方ないですわ」

「数センチのずれが無意識にやってしまったのならしょうがない。けど、あれは故意だったんだ。最初から見ていたけど、最初に構えた位置からルナたちのようすを見て横にずれ始めたんだ」

「じゃあそのときの証拠も出してくれますか? 横にずれたという証拠を」

「……それは撮ってないけど」

「では彼女たちが故意かどうかなんてわからないですわね。もしかしたら気付かなかっただけかもしれないでしょ」


 ぐうの音も出ないほどの正論を言われてしまった。

 確かに数センチのずれなんて、たかが学生のイベントなんだ、起こっても仕方がない。けど、白鳥は本当にそれでいいのか……?


「白鳥は納得できるのか? そんなズルで勝ってうれしいのか?」

「……先ほども言いましたが、結果が全て。勝ちは勝ちです。それにズルかどうかなんてわからないはずです」


 そう、勝ちは勝ち。確かにゴールはずれていた、それでもそれを故意かどうか証明できないなら俺たちは負けたんだ。

 でもそれは結果だけを考えたらだ。


「結果は確かに俺たちの負けだ。けど、内容は勝ってたはずだ。故意かどうかなんて確かに証明できないけど、事実としてゴールラインはずれていたんだ。そしたら内容は俺たちの勝ちのはずだ」

「……わたくしにどうしろとおっしゃるんですか? だからって勝ちを譲れって言うんじゃないでしょうね?」

「いや、勝ちはそっちに譲る。結果として俺たちは負けたんだから」


 そして、俺は勢いよく頭を下げ、白鳥にお願いした。


「頼む、グラウンドは許してくれ。できれば、今までと同じ程度で。せめて、週に一回だけしか使えないようにするのだけは勘弁してくれ」

「……頭を上げてください」

「頼む……っ!」

「…………」


 頭上から聞こえる溜息を吐く音。それでも俺はひたすら頭を下げ続けた。

 こんなお願いされても困らせしまうのはわかっている。けど、せめてグラウンドだけでも守らないと、ルナの、みんなの頑張りが無駄になってしまう。


「……考えてさせてください」


 彼女はそれだけ呟くように言うと、頭を下げ続ける俺を無視して、さっとその場を後にした。

 とりあえず、できるだけのことはした。あとは白鳥がわかってくれるのを待つだけだ。


     ※ ※ ※


 白鳥とのやり取りを話し終え、それを聞いていたルナが、いまだに頭を下げる彼女を見下ろす。


「……聞き出してきましたの。実際に不正を働いたかどうか、そしたら白状しましたわ。負けそうになっているわたくしを助けるために、やったと。」

「そうだったのか……」

「申し訳ありません。わたくしのせいで、彼女たちは不正をしました。ですので、謝りに来ましたの」

「小鳥遊は悪くない……」

「いえ、全てわたくしのせいです。わたくしがそんなことをさせないほどの実力があれば、彼女たちは手を染める必要がなかったんですから」

「それで……勝ちを私に譲ってくれるのか?」

「それはできませんわ。確かに不正はしましたけど、勝ちは勝ちです。結果が全て。もし不正をしていなかったら、ゴールがちゃんとしていたら、たらればの話は意味がありません」

「そうか……」

「ただ、グラウンドはソフトボール部とちゃんと話し合って、使用頻度を決めようと思います。不正もしていたのも事実。なので、あの賭けを無効にしようかと」

「よかった……グラウンドは守れたのか」


 心底ほっとしたのか、ルナが胸を撫でおろす。

 よかった、本当によかった。白鳥がそんなズルをして勝ちえたグラウンドを使うとは思えなかったので、ダメもとで頼んでみてよかった。


「まあ、不正なんかなくても、わたくしが勝っていたに違いはありませんけど! おーほっほっほっほ!」

「いや、私が勝っていただろう」

「ルナさん、よろしければ陸上部に入りません? あなたがいれば、わたくしのライバルになり、お互いを高め合うことができますわ」

「やめておく」

「あら、残念。それじゃあ、わたくしはこれで失礼しますわ」


 また高笑いをしながら、白鳥は帰っていった。

 どうでもいいけど、人の家で高笑いはやめてくれ。近所迷惑だ。


「ふむ、隆史。私は知ってるぞ、あれがツンデレのデレる瞬間だな」

「……まあ、そうかもな。ルナ、ごめんな」

「……? なにを謝る必要がある」

「本当はルナを勝たせてあげたかった。ちゃんと証拠を掴んで、勝たせてあげたかったけど、白鳥は白鳥で負けられない理由があるんだ。俺たちの目標は勝つことじゃない、グラウンドを守ること。だから、こんな風な結末になってごめん」

「ううん、隆史はなにも悪くない。それに……」


 ルナが俺に向かって百万ドルの笑顔を向けてくれた。その笑顔は久しぶりに見た、こちらの心を暖かしてくれるとびきりの笑顔。


「隆史の応援、聞こえていたぞ。私は、とても嬉しかった。隆史がいたから私は走ることができた」

「そうか、よかった」


 よかったよかった。これでハッピーエンドだな、うん、よかったよかった。

 と、思っているのは俺だけだったようで、ルナは目をすぅっと細める。


「そういえば、隆史はどうして小鳥遊と仲が良かったんだ」

「いや、別に白鳥とは仲が良いってほどでもないけど」

「それだ……どうして名前で呼んでる。隆史はユダだったのか?」

「違うって! 白鳥が苗字だと勘違いしてたんだよ。名前も苗字っぽいから」

「怪しい……隆史はすぐに女性を名前で呼ぶからな。そう考えると、なんかムカムカする……」

「ムカムカって……」

「……えい」


 思いっきり脇腹をつねられた。それはもう、渾身の勢いで、手加減なんて一切せず。


「いてててててっ! なに怒ってるんだよ!」

「わかんない……けど、なんかムカムカするっ!」

「痛い、痛いって!」


 なぜか急に不機嫌になったルナに、ずっと脇腹を虐められた。

これで二章は終わりです。


ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

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