25話 部屋から出てこないルナ
「おーい、ルナ。ご飯食べるかー?」
うんともすんとも言わない扉の前で、俺は何度もノックを繰り返した。
体育祭から三日ほど経った。よほど負けたのがショックだったのか、ルナは自室に引きこもってしまい、出てこなくなってしまった。一応、ご飯は扉の前に置いておけば、空になったお皿が扉の前に置かれているので、空腹の心配はないけど。
「ルナ―。元気出せよー」
この三日ほど、何度も声をかけてみるが、ルナからの返答は一度もない。
学校にも登校してこないことに、紬や莉子、岡田も心配していた。みんなは心配のあまり、家に来たいと言われたが、最初は断った。なぜなら、ルナはみんなの頑張りを報いるために必死に走ったのに、それに応えることができなかったから。みんなが来てしまうと、罪悪感でさらにルナを追い込んでしまう。
が、紬たちの懇願に根負けした俺が、昨日みんなを連れてきてしまった。
『ルナちゃーん、出てきてー』
『負けたのはルナっちのせいじゃないよ。みんなが頑張った結果なんだから気にしなくていいよ!』
『グラウンドの、ことは……気にしなくて、いいですから……』
みんなが声をかけたときは、扉の向こうでガタガタッと物音が聞こえた。
それを聞いたときに、まずいな、と思った。みんなの心配はありがたいし、嬉しいのだが、これは余計に追い詰めてしまってる気がする。
やはりルナにとって一番辛いのは、みんなの励ましの声だろう。そのあとは、みんなに断って帰ってもらった。もちろん、みんなの存在がルナにとっては辛いなんてことは言わず、今はそっとしておいてやってくれ、なんて誤魔化して。
「ルナ―、まぐろ買ってきたぞー」
手に持っている、赤い刺身。こんなんで出てきたら苦労しないんだけどな……。
扉の向こうからガタガタッと、物音がする。
心揺れるんかい。
そのとき、来訪者を知らせるチャイムが鳴った。
「はーい」
まぐろを扉の前に置いて、玄関に向かった。階段を下りて、玄関の扉を開けると、そこにはキラキラとした、まるで自信を表しているかのように自己主張する金髪の女性。小鳥遊白鳥がいた。
「……白鳥か」
「ちょっとよろしいですか? ルナさんに用事があるんですの」
「……ああ、いいよ」
白鳥を家に招き入れる。まるで自分の家であるかのように、闊歩しながら玄関を潜るさまは流石だな。
「ルナさんはどこにいらっしゃいます?」
「こっちだよ」
階段を上がり、ルナの私室まで案内する。扉の前に置かれていた綺麗になった皿を片付け、顎で指し示した。
ゆっくり頷いた白鳥が、扉の前で止まり、片手を上げた。すらりとした、細く綺麗な指が折り曲げられ、軽い拳の形を作る。そして、数回ノックをした。
「ルナさん、小鳥遊ですわ。学校に来られてないそうですわね」
白鳥の声に、張り詰めた空気が扉の向こうからするのが伝わった。それは今までとは違う、物音一つ立てないようにしている緊迫した雰囲気。
「ルナさんに伝えたいことがあるんですの。体育祭は確かにわたくしが勝ちました。しかし、グラウンドの使用はソフトボール部と交代に使うことにしましたから」
ダンッと、扉が壊れるじゃないかと思う勢いで、強固な門が初めて開いた。あまりにも凄まじい勢いで開いたものだから、扉が生みだした風が、ふわりと俺や白鳥の前髪を撫でた。
「ふざけるな……」
そこには、怒りに震えるルナの姿があった。彼女は白鳥の言葉を聞いて、小刻みに震える手を押さえつけるかのように、拳を固く結び、わななく唇で静かに怒る。
「ふざけるな……そんな同情をするような、敗者を見下すようなまね、誰も頼んでいない……人をバカにするのも大概にしろっ!」
「誰も見下してなんかいませんわ」
「見下してる……私を憐れみ、煽るようなまねをして楽しいのか……っ!」
「……誤解しているようですわね」
身体を畳むように、深々と頭を下げる。キラキラと光る金髪が、地面に落ち、ルナにつむじを向けたのだ。
「……申し訳ありません」
「…………」
突然のことに動揺したのか、ルナは目を大きく見開き、全身を覆っていた怒りが霧散していく。
「……なんのまねだ?」
「その先は俺が説明するよ」
「隆史……一体どういうことなんだ」




