23話 体育祭、本番(2)
「石田、頑張れー!!」
ルナの声援が届いた。全校生徒が声を張り上げる中、それをも無視するように、透き通るような声が岡田の鼓膜を震わせる。
「だから……岡田、ですって……っ!」
岡田はルナの声援を受け、今までに見せたこともない形相で駆け出した。
今までで一番の走りなのではないだろうか。それほど、岡田の走りは速かった。
莉子の走順では運動部はいない。しかし、岡田からは違う。陸上部はいないが、それでもなにかしらの運動部が関わってくる走順。そんな運動部を背中に置いていった。
ぐんぐんと、風を切るように前に進んでいく身体。
左手には、利き手に持ちかえずに、握りしめたままのバトンがあった。それは右利きの岡田にとっては、喉に刺さった小骨のような違和感。
バトンを持ちかえるとタイムロスが生まれる可能性を考慮して、莉子は右、岡田は左、紬は右、ルナは左と、あらかじめ決めていた。
岡田は、慣れない左手でずっと走らなければいけない。そんな貧乏くじにも関わらず、彼女は快く引き受けてくれたのだ。
もたついたバトンパスからは想像もできないほどの距離を稼いでくれた。
二位とは圧倒的な距離を広げてくれる。
近づいていく紬との距離。紬は後ろを振り返ることなく、合図を待った。
「ゴーッ!」
岡田の声を待っていた紬が、その合図とともに地面を蹴った。
そして、またもや岡田の合図を待つ。
「はいっ!」
合図の声が聞こえ、紬が背中に向かって手のひらを向ける。そこに押し付けるように岡田がバトンを渡した。それを奪うように紬が受け取り、走り出す。
これが予定していた、練習していたバトンパスのやり方。後ろを振り返りながら走ると、初速が遅くなってしまう。そのため、前の走者が合図を出してあげ走るタイミングを教えてあげる。バトンを渡す際も、合図を出し、タイミングを教えてあげる。
岡田と莉子がバトンパスで失敗した原因、それは莉子が合図を忘れていたから。焦りから、合図を出すのを忘れてしまい、岡田が機転を利かせて自らのタイミングで走り出してくれた。そして、バトンを渡す際にも合図を出すはずが、それも忘れてしまい上手くいかなかった。
莉子が悪いわけではない。急ピッチでこんな練習をして、本番で上手くしろというほうがどだい無理な話だ。それを岡田が上手にカバーしてくれた。まだリレーは終わっていないが、功労賞をあげるとすれば間違いなく岡田だろう。
岡田が広げてくれた距離をさらに広げようと、紬は懸命に足を動かす。その足には靴が履かれておらず、なぜか裸足。
始まる前になぜ靴を脱いでるか聞いてみたら。
『だって、そっちのほうがカッコイイし、走りやすい気がする!』
たぶん、特に何も考えてないんだろう。
怪我をするから靴を履けと言ったが、紬は絶対に履かなかった。そして、俺もあまり強くは言わなかった。
なぜなら、願掛けみたいなものだと思ったからだ。そして、それが大事だと思ったから。
それに頼ってしまうくらい、貪欲に勝ちを欲している。気持ちが力を引き出してくれ、勝利を引き寄せることができると思ったから。
紬の走順から陸上部が混じってくる。理想を言えば、そんな陸上部からも距離を離してあげ、ルナにバトンを渡すこと。
しかし、理想は理想。目標は、莉子と岡田が稼いでくれた距離を縮まらせないこと。
本職の陸上部を引き離すなんて無理だと思った。
しかし、紬はその無理を叶えてくれた。
鬼のような形相で、後続の走者を置いていく。まるで、怒りをぶつけるように。
紬の言葉を思い出す。
『あたしは、目の前でルナっちが足を踏まれてたのを、ただ見てるしかできなかった。最初に踏まれた時点で、すぐに駆け寄って助けてあげてれば』
自分はなにもできなかった。そんな歯痒い思いが、傷付けられるのを見てることしかできなかった悔しい思いが、今の紬を駆り立てているのかもしれない。
後続の陸上部にも焦りが見えた。まさか、自分が離されるなんて思いもしなかったのだから。
徐々に離れていく背中になんとか追いつこうと、懸命に足を動かすも、決して届かない背中。
圧巻な走りを見せ、紬はルナにバトンを渡した。
ルナはバトンパスの練習をしていない。そのため、殆ど直立に近い形でバトンを受け取った。




