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20話 協力してくれ

 気まずい空気のまま学校が終わり、ルナは俺に一言もなく先に帰ってしまった。

 少し寄り道をして家に帰ると、リビングから漏れたと思われる明かりが窓から見えた。

 家に入ると、ルナが床にそっと痛めた足を地面に着けて歩いている。一歩、たった一歩。それだけのことなのに、地面に触れただけで彼女は激痛に顔を歪ませた。


「~~~~っ!!」


 声にならない叫びをあげる。それでもルナはまた一歩と歩を進める。


「あんまり無茶をすんな」

「……隆史」


 声をかけて初めて俺を認識したのか、顔をあげた表情には驚きが見えた。それほどまでに痛みと戦っていたのか。


「無茶をしなければ勝てない。私は一人でも走ると決めたんだから」

「……ルナはどうしてそこまで諦めないんだ?」

「逆にどうして諦めるんだ。私にはそれがわからない、勝てる可能性があるなら無理をしてでも戦うべきだ」

「みんなだって諦めたくないんだよ。それでもルナには無理をしてほしくないから諦めようと言ったんだよ。ここで無理をしたら、ルナの今後が危ないって思ったから」

「そんなのはただのお節介だ。私は今まで一人で戦ってきた、だから今回も一人でも戦う」


 猫の姿のときは、一人で戦ってきた。

 人間ではないルナにとって、それが当たり前であった。


「諦めたら、そこで終わりなんだ。私にとって諦めるというのは全てを失うということ。人間でいうのなら、死と同じことだ。だから絶対諦めない、一人になったとしても。今回も、これからも……けど」


 今までなんの迷いも見せずに語っていたルナが、初めて迷いを見せた。


「私は間違っていたのか? 今まで誰も助けてはくれなかった。親すら私を見捨て、今まで一人で戦ってきたんだ。だから、これが正しいとずっと思っていた。なのに、そんな私を紬は怒った。隆史もずっと私を助けてくれる。戦うことが間違っているのか、諦めないことが間違っているのか。私は、なにが正しいかわからない……」

「間違っていないよ。戦うことも諦めないことも、なにも間違っていない」

「……なら、どうして紬はあんなに怒ってしまったんだ」

「そうだな。百聞は一見に如かず……ちょっと見せたいものがある」


 ルナに背中を向け、しゃがみ込んだ。


「……隆史?」

「おぶってやるから、背中にしがみつけ」

「う、うん」


 困惑しながら、俺に身体を預けてくれる。ルナの体重が背中にのしかかり、それを確認すると勢いをつけて立ち上がる。

 ……軽いな。そして……柔らかいな。

 背中にムニュっとした感触が、とても心地良いが、今はそれを無視して、ルナをおんぶしたまま家を出た。向かった先は、いつも練習に使う河川敷。


     ※ ※ ※


 河川敷から聞こえる声。それはここ一か月、ずっと聞いていた声。


「ほら、見てみろよ」

「……あれは」


 紬たちが練習をしていた。バトンの代わりに木の棒を使い、何度も何度もバトンの受け渡しの練習をしているのが見えた。


「……あれは、なにをしているんだ」

「練習をしているんだよ。勝つためのな」

「……だって、もう協力しないって」

「そうだよ、ルナには協力しないって。だから自分たちだけでも勝つ練習をしてるんだよ。ルナが諦めないなら、歩いてでも勝てるくらい距離を離してあげてやるんだって。協力はしないけど、ルナのために練習をしてるんだよ」

「…………」

「ルナは間違っていない。誰だって戦いたいさ、戦う前から諦めたいやつなんていない。だから、ルナが間違っていたのは、協力してほしいって言わなかったこと。頼らなかったことが間違っていたんだよ」

「……私は、一人で戦ってきた」

「猫のときはよくわからないけどさ。人間は支え合って、協力しあうものなんだよ」

「…………」

「たぶん、一番難しいと思う。一人で戦ってきたやつが、協力してほしいなんて思うのは。気持ちはわかる、俺だって一人で戦ってきたから。けど、ルナが来てくれて、凄く助かったんだ。これが支え合うってことなんだなって。だから、ルナにもその気持ちがわかってもらえると嬉しいな」


 紬たちが俺たちに気付いたのか、大きく手を振ってきた。


「呼んでるな」


 彼女たちの元に向かうと、少し照れた表情を浮かべながら迎え入れてくれる。


「……その、ルナっち。さっきはごめんね、怒ったりして……」

「私は、別に気にしてなんか……」

「隆史に怒られちゃってさ、諦めたくないというルナの気持ちを無視するなって。今までルナに頼ってきたくせに、困ったら見捨てるなんてどうかと思うぞって」

「……隆史が?」

「うん。でもあたしは、ルナっちが一人で走っているって思っていることが、今でも許せない。だから、ルナっちが歩いても勝てるくらい距離を離して、バトンを渡してやるって思って練習してたんだ。ルナっちがいなくても勝ってやったぞって見返したくて」

「隆史君がね、色々とリレーのこと調べてくれてて。今から一週間じゃ足を速くするなんて難しいから、ならバトンの受け渡しをスムーズにして、足を速くするんじゃなくて、バトンで差を広げようって提案してくれたの」

「私たちも、諦めたくないんです……だから、ルナさんが諦めないなら……私たちも、諦めません……」

「…………」

「……ルナっちごめんね」

「怒ったことは、さっき謝ってもらったし別にもう……」

「そのことじゃなくてさ。あたしは、目の前でルナっちが足を踏まれてたのを、ただ見てるしかできなかった。最初に踏まれた時点で、すぐに駆け寄って助けてあげてれば……リレーに推薦したのもあたし……なのに、そんなルナっちが諦めないって言ってるのに、あたしはただ怒って……」

「……私は」


 ルナが俺の背中を叩いた。降ろしてほしいらしく、屈んであげ彼女を降ろしてあげる。

 痛めた足首を少し宙に浮かせ、庇いながらもルナは真っ直ぐに立った。


「……私は、今まで一人でなんでもしようとしてきた。それが正しいと思っていた、だから今回も一人で走るつもりでいたんだ……けど、この足では勝てない。だから、みんな……私に協力してくれ」


 そう言って、ルナが頭を下げた。


「……本当は協力する気なかったんだけど、ルナっちがそこまで言うなら協力しちゃおうかな!」

「もう、紬ちゃんは素直じゃないんだから」

「私たちが……ルナさんを勝てます……」


 みんながルナに向ける笑顔を見て、俺は一安心できた。

 よかった、みんなルナをわかってくれて。ルナも、素直に協力をお願いできて本当によかった。

 これでボタンの掛け違いを直せてような気がする。

 あとは、勝つだけだ。

 体育祭に勝ってグラウンドを取り戻せれば大団円だ。

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