17話 体育祭、一週間前
変わらず体育祭に向けて練習する日々。陸上部に勝って以来、みんなの表情は比較的落ち着いていた。
それは走りにも表れていて、最初こそつまずいて転んでしまった莉子も、あれ以来、落ち着いて走ることができるようになっていた。腕もちゃんと振ることができ、今や一般の女子生徒などでは敵わないくらい速くなっている。
連戦連勝。体育の授業で行われるリレーの勝負では、毎回、陸上部に苦汁を舐めさせていた。
それがみんなの自信に繋がり、堂々とした走りができるように、まさに好循環。
今日で体育際一週間前。これから行われるのは体育際に向けての本格的な練習。体育の授業は学年全体で行われ、以前とは違う、リレーの練習も二組ではなく、五組で行われるようになる。
「うう……やっぱりこれだけ人がいると緊張してくるね……」
「莉子は本当にあがり症ね。あたしは全然、むしろ楽しみで仕方ないわ」
「紬ちゃんはいいな。また転んで迷惑かけないか心配になってきた……」
「莉子さん、大丈夫です……私たちには、ルナさんがいます……たとえ転んでも……きっと、勝てますよ……」
「うん、そうだぞ莉子。私がいれば勝てるから、気にせず転んでくるといい」
「あはは……頼もしいけど、転ばないように気を付けるね」
以前と同じく、莉子が泣き言を言い、それをみんなが励ます。
同じように見えて全然違った。それはみんなの表情だ。
莉子は緊張していると言葉にはしているが、以前とは違い、身体はほぐれている。それは莉子だけではない、紬や岡田にも違いが見られた。笑顔が見られ、まるで緊張など欠片も感じられない。
いい傾向だな。
ちなみに俺は、早々に綱引きで負けてしまい。今は木の下で、日陰に涼みながらトラックの近くでみんなのようすを窺っていた。
「やっぱり、今回一番注意しなきゃいけないのは小鳥遊さんだね。彼女だけは段違いに速いみたい」
「陸上部が強くなった原因も……小鳥遊さんが入ってから……だと聞いてます……」
「そうそう。だからあたしたちがすることは、いかにルナっちに有利な状況に持っていくか。最初が一番肝心ってことだよ莉子!」
「は、はい! 頑張ります!」
「莉子、そんなに頑張らなくても大丈夫だ。私がいれば勝てるからな」
「は、はい! 頑張りません!」
「ほんとうに頑張らなくてどうするー!? ルナっちは余計なこと言うなー!」
笑い声がここまで聞こえてくる。良い雰囲気だな。
……そろそろ始まる時間だ。
それぞれが特定の位置で待機する。最初の走者は莉子。横に並ぶ女子生徒を見ると、運動部とは一緒に走らないようだ。
傍らに立つ体育係が右腕を挙げ……下した。
「……よし」
思わず心の中でガッツポーズをする。スタートダッシュも良好、ちゃんと走れている彼女の姿に安堵の溜息が漏れた。
莉子は緊張しやすく、それが身体の硬さに出るので、初の合同練習でその緊張が失敗に繋がる可能性を考えてたが、杞憂に終わったことに安堵する。
スタートダッシュがよかったのもあってか、トップの位置で、後続とは着かず離れずの距離を保ちつつ次の走者の岡田にバトンを渡せた。
岡田は以前のリレーで、足の速さを知っていたので安心して見ていられた。最初の陸上部とのリレー対決で勝てた要因は間違いなく岡田のおかげだ。たしかにルナの走りも凄かった。しかし、それは岡田の粘りあったからこそ。あの圧倒的な距離感から追いつけた岡田を褒めるべきだ。
安定した走りでトップを独走したまま、岡田が紬にバトンを渡した。
ここからは陸上部も混じってくる。
紬はめきめきと速くなっていった。さすがに陸上部に勝てるかはわからないが、もし勝負をしたとしても良い勝負になっていると思う。まあ、最初の対決以来、圧倒的にうちのクラスが勝てているので、そんなデッドヒートが繰り広げられたことがないので、どっちが速いかはわからずじまいだが。
徐々に近付くルナとの距離。両隣には陸上部と白鳥が立っている。
ルナがバトンを受け取ろうと、背後を見ながら手を伸ばした。そして、駆けだそうと足が地面を蹴ろうとした瞬間。隣に並ぶ陸上部がルナの足を踏んだ。
「……っ!」
「えっ!?」
バトンを渡そうとした相手が急に倒れ、勢い余ってそのままルナを追い抜いてしまう。紬は驚愕に目を剥き、慌てて後ろを振り返る。ルナは地面に横倒れ足首を抑え、いまだに態勢を立て直すことができていない。
もしかしたら、踏まれたせいで変に足首を捻ってしまったのかもしれない。
そんな状況にも、ルナは諦めていないのか、彼女はすぐに立ち上がろうと地面に手を着いた。腕に力を込めた時。
「あああぁぁああぁぁぁあああああっ!!」
悲痛な叫び声がグラウンドに響いた。三番手の陸上部が、またしてもルナの足首を踏んだのだ。どうやらアンカーにバトンを渡し、そのままルナの足首を踏んでしまったらしい。
先程とは違う、足首を抑えるだけでなく、激痛に苛まれ地面を転がり回っている。
「ああああ……あぐっ……ああぁぁあああっ!!」
ルナの今までに見たこともない、痛みに顔を歪ませている表情に、どれだけ深刻な痛みなのかわかった。
その異常なルナのようすに、リレーは中断し、周りの生徒が彼女を取り囲んだ。気付けば、俺も駆け出していた。取り囲んでいる生徒を掻き分け、その中心にいる人物に慌てて駆け寄る。
ルナはいまだに立ち上がれず、うめき声を上げながら足首を庇い、その場に崩れ落ちている。
「ルナ、大丈夫かっ!?」
「……ぐ……ぁぁっ……は、ん……ぁぁぁああっ!!」
足首を見ると、グロテスクに真っ赤に腫れ上がっている。彼女の真っ白な足が、よりその赤みをました足首を際立たせ、痛々しさを強調させた。
……これは酷い。
首元と膝の下に手を入れ抱きかかえた。
とりあえず保健室に連れて行こう。腕の中では、痛みに耐えるように目をぎゅっと瞑り、うめき声を漏らしている。
来たときと同じように取り囲む生徒を掻き分け、その騒ぎから抜け出した。早く保健室に連れ行ってやらないと……。
「あんたらぁぁぁあああーーーー!!」
が、怒声が背後から聞こえて思わず足を止めてしまう。振り返ると、紬が陸上部の胸倉を掴み、食ってかかっている。
「あんたらわざとやったでしょ!」
「はあ? そんなわけないでしょ、陸上やってたらこんなことよくあることだから」
「そんなわけないでしょ! 隣に並んでるだけでどうやったら踏むなんてことがあるのよ! それに、バトンを渡した後に踏むのもありえない! 避けるくらいできたでしょ!!」
「急に倒れるなんて思わなかったんだからしょうがないでしょ」
「倒れたんじゃなくて、倒したの間違いでしょうがっ!!」
「紬ちゃん、落ち着いて!」
今にも殴りかかりそうな紬を抑えようと、莉子が間に割って入り宥めている。
……紬。
とりあえず、今は一刻も早くルナを保健室に連れて行かないと。
踵を返して、保健室に向かった。




