15話 もうイヤだー!
捕らぬ狸の皮算用とはこのことなのか。もう勝った気でいるルナたちは、どこで祝勝会をしようかと話し合っているのをよく耳にする。
別にそれはいいのだが……俺はずっとイライラが止まらなかった。
イライラというかもやもやというか……。
学校が終わり砂利道を一緒に歩いている、フードを被ったルナを見て溜息が零れる。
昨日の朝。
コンコンッ。
「隆史、朝ご飯」
「…………」
コンコンッ。
コンコンコンッ。
コンコンコンコンッ。
「……はいはい、朝ご飯ね」
いつも通りルナの猫パンチを頭に受け起こされる朝。そのまま一緒に朝ご飯を食べ、昼休みも一緒に食べる。そして学校が終わり下校に。
「まぐろーまぐろー!」
「今日は買いませんー!」
梃子でも動かぬルナを無理矢理引っ張り、スーパーの鮮魚コーナーから抜け出す。そして晩ご飯を一緒に食べ、夜にはルナが部屋に訪れてくる。
「隆史、漫画を貸してくれ」
「……ああ、勝手に持って行っていいよ」
そして今日の朝。
コンコンッ。
「朝ご飯ー」
「…………」
コンコンッ。
コンコンコンッ。
コンコンコンコンッ。
「……朝ご飯ね」
もちろん一緒に朝ご飯を食べる、学校でもずっと一緒。
そして今……。
「…………」
ずっと一緒にいるじゃん……俺、最近一人になったことある? 常に隣にはルナがいるくね?
イライラが止まらない。一人でいるのは寂しいけど、それでも限度がある。ちょっとでもいいから一人にさせてほしい。なんだってこいつは俺にべったりくっついてくるんだよ。
「……イライラ」
「なにをそんなにイライラしてるんだ?」
「……してない」
「してる。隣を歩く私の身にもなってほしい。気になって仕方がない」
その言葉が俺の逆鱗に触れる。プチッとなにかが切れる音が脳内で聞こえた。
こいつは、こいつは人の気も知らないで……。
「……も」
「……も?」
「……もう、イヤだーー!!」
気付けば地面を蹴っていた。いつもいつもルナがいる生活に耐えらず、ついに俺は逃げ出してしまった。ほんの少しだけでいいんだ、俺を一人にさせてくれ!
「隆史、どこに行くんだ」
それでも涼しい顔で追いついてくる。こいつが速いことを忘れていた。それでもこんな風に涼しい顔で追いつかれると心が折れそうになる。
いや、今日という今日は俺は一人になる! ルナから逃げて逃げて、絶対に俺は一人になる!!
走る走る俺たちー! 頭の中でRunnerが流れる、まるで風のようになった気分だ。誰も俺を止められない!
「隆史、速く速く」
俺たちなんだから、一緒に走ってしまってる。ルナが俺をいつの間にか追い抜き、あまつさえ急かしていた。慌てて踵を返し、雑踏でごった返しになっている商店街に駆け込んだ。
足の速さでは絶対に負けてしまう。ならばその足の速さでは追いつけない状況に巻き込んでしまえばいいのだ。商店街なら人通りが多く、こんなところで走り回ろうものなら人とぶつかってしまい、ルナは自慢の脚力を披露することができない。しかし、俺は違う。なぜなら何年もこの商店街で買い物をしてきている。こんな人混みくらいでは俺の足を止めることはできない
人混みを縫うようにするすると走り回る。人々の群れを背中に置いていき、途中で路地裏に入り込み、通りから死角になっている室外機の裏に隠れ込んだ。
肩で息をする。その呼吸の音が煩わしかった。もしこの音でバレてしまうと思うと気が気でない。
……撒けたか?
室外機からこそっと顔だけ出し、人々が右に左に流れる通りを確認する。
「……ふう、なんとか撒けたか」
「なにを負けたんだ?」
「うわあああああああ!!」
視線を戻すとルナが目の前にいた。同じように顔だけ覗かせ、通りを確認している。
「うぉぉぉぉおおおおお!!」
またもやルパンと銭形のような追いかけっこが始まる。
※ ※ ※
「……ようやく撒けた」
思わず大の字になって寝っ転がる。なんせルナを撒くために様々な手を尽くしたんだから。スーパーに入り衣服売り場で服を着替えるフリをしたり、知らないグループにさりげなく混ざっているフリをして別人を装ったり。それでも全くといっていいほどルナには効果がなかったので、最終手段として電車に乗った。彼女はお金を持っていないので改札を潜れないのだ。
「ふふふ、はははは」
……自由だー!
あまりの解放感に思わず笑いが零れる。久しぶりのお一人様。朝も昼も夜もずっと一緒、一ヶ月以上もルナと一緒にいたのだ。さすがに気が滅入る。
ちなみに今俺がいるところは学校のグラウンド。電車で一駅だけ移動し、歩いて学校まで戻ってきたのである。
「…………」
さ、帰るか。一人になれたことだし。
別に一人になってやりたいことがあったわけじゃない。なんとなく息が詰まって一人になりたかっただけである。ルナもお腹を空かせてるだろうし、帰ってご飯を作ってやらないと。
グラウンドには誰もいなかった。そろそろ日が暮れる時間でもあり、たぶん部活動を終えたのであろう。
誰もいない寂しいグラウンドを横目に帰宅しようとすると、話し声が聞こえた。いや、話し声というよりはもっと切羽詰まった、怒号に近いようなそんな金切り声が聞こえてくる。
声の方を辿ると、校舎裏で何人かの生徒が揉めているように見えた。一人の生徒を何人かの生徒が囲い、口々になにかを訴えていた。見つからないように死角になっている校舎から顔だけ覗かせた。もし恐喝だったり一方的に殴られる現場だったら助けに入ろうと思ったからだ。
あれは……白鳥?
周りの生徒に囲われているのは白鳥だった。それを中心にぐるっと取り巻く生徒のうち何人かは顔に覚えがある、あれは陸上部だ。




