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14話 体育祭 練習

 それからのみんなは練習に明け暮れた。学校が終われば広い公園や河川敷などでひたすら走り込んだ。岡田は部活があるのでたまにの参加になってしまうが、それでも部活終わりなどには顔を覗かせ、時間に余裕があれば一緒に練習に参加していた。

 特に著しく上達したのが莉子だ。彼女は運動音痴を自称していたが、ちゃんと走り方などを教えてあげればめきめきと速くなっていった。その速さは、非常に遅い人から普通くらいの速さレベルに。

 そして体育の授業、今日も一組と合同で授業を受けるのだが、来月の体育祭に向けての練習に重きを置かれていた。今回は二組だけの練習だが、体育祭一週間前には学年全体の本格的な練習に移る。

 一組のリレーのメンバーは、陸上部の二人と女子生徒が二人。

 陸上部の二人が明らかに敵意を持った視線をルナにぶつけている。前回の体育の授業で恥をかかされた雪辱を晴らそうと思っているのか、その闘志は並々ならぬ思いがあるように見えた。

 莉子、岡田、紬、ルナの順番で行くようだ。

 作戦会議をするのか、みんなが集まりなにかを話している。


「うう、相手めっちゃ睨んできてる……」


 違った。莉子が泣き声を言ってるだけだった。それをみんなが口々に慰めている。


「大丈夫だって。気合で負けたらだめだよ莉子」

「高花さん、大丈夫です……最初の頃に比べたら……格段に速くなって、います……自信を持って……」

「うん、大丈夫だ莉子。どんなに負けても最後に私が抜いてあげる」


 みんなに慰められた莉子が落ち着きを取り戻せたのか、次第に震える声が治まっていく。


「うん、あれだけ練習したんだもんね。それにこっちにはルナちゃんがいるんだし……っ!」

「そうだ。私がいるから泥船に乗ったつもりでいろ」

「ルナさん……大船です……」


 みんなに励まされながら莉子がスタート位置についた。隣には女子生徒が並び、お互いに左足を下げ構える。傍らに立つ体育係が右腕を挙げ……下した。


「……ぐっ!?」


 足がもつれたのか莉子が思いっきり転げてしまう。スタートからいきなりつまずいてしまい出遅れてしまう。急なことに本人も混乱しているのか、立ち上がるわけでもなく、大の字に倒れたまま突っ伏している。その間にも、女子生徒はどんどん先に行ってしまう。


「莉子、早く立って!」


 慌てて紬が莉子に声をかけた。その声にようやく自分の状況を理解したのか、すぐに立ち上がり走り出した。

 状況は理解できた思いたい。スタートから転げてしまい出鼻をくじいてしまったことに混乱しているのか、あれだけ練習した走り方も忘れ、腕を左右に振り見事に遅いときの莉子ができあがっていた。

 みるみる離れていく背中。それでも彼女は必死に食らいつこうと足を藻掻かせる。

 何馬身ほど離れてしまっただろうか、先に女子生徒がバトンを次の走者に渡した。しかし、莉子と次の走者である岡田の距離はまだまだ遠い。その時間がもどかしく、岡田の額にも焦りの汗が浮かんだ。

 顎を浮かせ荒い呼吸を繰り返し、フルマラソンを走ったかと思うほどの体力を使い果たし、ようやく岡田にバトンを渡せた。


「……っ!」

「……お」


 思わず軽く声が出た。大人しい岡田からは想像もできないほどの脚力。さすがはソフトボール部。普段から運動しているだけあって、その速さは一般の女子生徒よりも速い。

 どんどん追いついてく背中。懸命に足を動かし、前にいる走者に追いつこうとしていた。

 岡田は健闘した。これが小学生の運動会なら父兄から励ましの声援が送られ、慰めの拍手を浴びるほどの相手との圧倒的な距離。その負けが確定しているほど離された距離を、目前に捉えられるほどの距離に縮めたのだから。

 先に女子生徒が陸上部にバトンを渡す。明らかに前の二人よりも速いスタートダッシュ、そして明らかに前の二人よりも速い脚力。これが専門の力なのか、他のメンバーを抜きん出る速さがある。まるで情けなど一切かけないその動き、こちらが素人のメンバーということを忘れているのではと思わせるほど。

 紬にバトンが渡った。


「……くっ!」


 紬も十分に速い。部活動もなにもやってない彼女だが、岡田と同じか、もしくはそれ以上に速い。それでも追いつけない。むしろ離されていく。

 これが陸上部との実力の差なのか、岡田が詰めてくれた距離がどんどん離される。

 それでも紬は諦めずに足を懸命に動かした。その死に物狂いな表情は、どんなに離されても絶対に諦めないことを物語っていた。

 彼女は気付いているだろうか。さっきまでは離されていく一方だった距離が、ピタッと止まり、まるで前の走者と糸で繋がってるかのように着かず離れずに留まったことに。それでも紬にできたのはそれまで、先に陸上部が次の走者にバトンを渡す。そのスムーズなバトンの交代は優雅ささえ感じられる。一切後ろを確認せず、まるでそこにバトンが渡されるのがわかっているかのように、阿吽の呼吸が見て取れた。


「……はい! ルナっち、後はまかせたよ!」


 少し遅れ、紬もルナにバトンを渡した。彼女は紬の言葉を背中で答え、地面を蹴る。

 ――――速い。

 ルナの速さは知ってはいたが、それでも速すぎる。電光石火を思わせるほどの速さ、紬が生んだ相手との距離がみるみる縮まっていき、ついには背中を触れるほどの距離感に。


「……っ!」


 振り返りはしなかったが、それでも陸上部は背中から聞こえる息遣いにルナが迫ってくることに気付いたようだ。後ろから迫って来る恐怖に追われ、陸上部の表情が焦りから絶望に変わっていく。

 眉尻を下げ、大量の汗が額からまぶたに流れ落ち、まるで泣いてるように見えた。

 その恐怖の対象である銀髪の少女が横に並んだ。まるで対比を見ているかのようだ。涼しい顔をしているルナと、恐怖に引き攣らせた陸上部。本来ならやってはいけないことだろう、その有り得ない光景が信じられず、陸上部がルナの方をチラッと見た。そして、それが彼女の心を折った。必死に走っている自分に対して、涼しい顔で追い抜いていく少女。才能の違いというの見せつけられた。

 圧巻の走りだった。最初は断トツに負けていたのに、終わってみれば圧勝に。涼しい顔でルナはゴールを跨ぐ。


「わー、やったやった! ルナちゃん、凄ーい!」

「勝った勝ったー! あたしたち勝ったー!」

「陸上部……二人も相手に……私たち、勝てました……っ!」


 ルナに駆け寄り、みんなで褒め称え勝利の余韻に浸る。


「これなら絶対に体育祭でも勝てるよ! こっちにはルナっちがいるんだから、絶対に勝てる!」


 まるで優勝したかのようなお祭り騒ぎ。それを憎らし気に見つめる双眸。

 陸上部が今にも射殺さんばかりに、そのお祭り騒ぎにはしゃぐメンバーを睨んでいた。

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