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3話 不思議な力

「……それで」


 誤解が解け、ようやく持ち直した希さんがルナに向き直る。さきほどの醜態を誤魔化そうとするように、こほんっと一息入れた。


「ルナちゃんだっけ。彼女が裸で尋ねに来たから、仕方なく家に入れてあげて、私の服を貸してあげた、と」

「はい」


 言葉にするととんでもない状況なのだが、事実なのだから仕方がない。


「ルナちゃん、本当?」

「うむ、本当だ」


 希さんが溜息を吐き、俺に顔を近付け耳打ちしてきた。


「隆史君……この子、事件にでも巻きこれたんじゃないの?」

「……かもしれません。本人は、自分は猫で恩返しに来たとしか言わないんです」

「猫って……」


 あまりに突飛な話に、希さんのルナに向ける視線が訝しくなる。


「その猫耳って本物?」

「もちろん」


 不審な視線をルナに浴びせながら、希さんは猫耳に触れた。


「あ、凄い! 体温あるし、感触も本物っぽい!」

「い、イタイ!」

「凄い、気持ちいいー」

「あ、あはははは! ちょっと触り方が、くすぐったい!」

「…………」

「あはははは! ひゃは、や、やめ……いひひひひひ!」


 ルナがどれだけ暴れ回ろうと、希さんは何かに取り憑かれたように猫耳を触り続ける。


「だははははは! た、助け……うは、ふひひひひひ!」

「の、希さん……そろそろやめてあげて」


 このままじゃルナが笑い死にそうになっていたので止めてあげた。


「はっ! あまりにも気持ちよすぎて無我夢中で触ってた」


 それはわかる。ルナの猫耳って感触気持ちいいし、つい触りたくなるんだよな。


「え、と……それで、ルナちゃんは親御さんはどこにいるの?」

「親か、いないぞ」

「あ、それはごめんね」

「気にするな。親を見たことないし、なにも思わない」

「見たことないって、小さい時に亡くなったとか?」

「いや、捨てられた」


 あまりに衝撃な発言に、俺と希さんは言葉を失う。

 親に捨てられたって……。

 その言葉に、心臓が鷲掴みされたように締め付けられる感覚に陥り、全身がぎゅっと苦しくなる。思い出させられる過去の記憶。電池が切れかけの懐中電灯のように視界はちかちかと明暗し、倒れそうになった。それをなんとか踏みとどまり、落ち着きを取り戻そうと、深呼吸を繰り返す。

 そんな俺のようすを、希さんが心配そうに見つめていた。

 大丈夫です、と安心させるように頭を振った。


「……この子、家出少女じゃないかしら? 家来たとき、裸だったんでしょ? 虐待されてた可能性が……」

「確かに、その可能性もありそうですね」

「ルナちゃん、帰る家はある?」

「ないぞ。私は神社とか、そこら辺の草むらで過ごしている」


 あ、怪しい……。


「隆史、私はお前に恩返しができたら帰る。困ったことがあればなんでも言ってくれ」

「だからないって」

「それだと私の気が済まない」


 もう何度繰り返したかもわからない押し問答に辟易した。

 そんな俺たちのやり取りを見て、希さんが助け舟を出してくれた。


「とりあえず、警察に保護してもらおう」


 うん、それがいい。俺たちでは手に余る問題だし、警察に任せよう。


「けいさつ……?」


 聞きなれない言葉に、ルナが小首を傾げた。


「うん、警察の人にルナちゃんを預けようと思うの」

「それはつまり、ここから離れるということか?」

「大丈夫。警察は味方だから」

「む、それは困ったな……仕方ない」


 ルナが希さんの目前に手のひらを突き出す。


「私は、あなたの遠い縁者だ」


 そう呟いた瞬間、ルナの手のひらが光りだした。あまりに眩しすぎる強烈な光に、思わず目を細める。リビング全体を覆うその青白い光は、感じたこともない温かさを包んでいるような不思議な感覚だった。その光を一身に受けた希さんの瞳は小刻みに揺れ、ルナの呟いた言葉をうわ言の様に繰り返す。そして、その光が元に戻るかのようにルナの手に収縮し、希さんは呆然としていた。


「……希といったな。私はあなたのなんだ」

「……え、やだな。ルナちゃんは私の親戚じゃない」


 ……は? いやいや、何を言ってるんだ。


「希さん、どうしたんですか!? こんなやつ知らないって!」

「ああ。隆史君には紹介してなかったっけ。ルナちゃんは私の遠い親戚でしばらく家に居候することになったの」


 急な希さんの心変わり。明らかに変だし、様子もおかしい。

 ルナをキッと睨むように見据える。


「お前、なにやったんだよ」

「ちょっと操作させてもらった」

「操作って……」


 明らかにこいつは危ない。変な力を持った正体不明な女性。野良猫設定だとか言ってるだけならよかったけど、こんな危険な奴は一刻も早く出て行かせないと。


「ルナちゃんの部屋は客間を使ってもらうとして、ご飯でも食べよっか」

「私ばかり助けてもらってすまないな。この恩は絶対返す」


 俺の心配をよそに、二人はどんどん物事を進めていく。慌てて、ルナの手を引っ張り希さんから引き離した。


「お前みたいな危ないやつ、家に置いておけるわけないだろ!」

「む、ならば仕方がない……」


 俺の目前に突き出される手のひら。

 あ、やばい……。

 慌てて俺は目を閉じてルナから距離を取る。


「こら、目を閉じるな」

「俺を操作しようったってそうはいかない」

「なら、仕方ない……希、隆史が私を追い出そうとする」

「こら、隆史君。私の親戚の子を追い出そうとしない」


 今や希さんはルナの言いなりのようになってしまっている。追い出そうとする俺を糾弾してきた。


「それにルナちゃんを追い出してどうするの。こんな夜中に女の子一人、危ないと思わない」

「こいつの方が危ないですって」

「隆史君は、いつの間にそんな酷い子に……」


 またもや希さんがヨヨヨと崩れ落ち始めた。


「……お前、恩返ししたらさっさと帰るんだろうな?」

「ああ」

「わかった。考えておく」


 さっさと恩返ししてもらって、こいつを家から追い出そう。

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