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9話 サイコパス

「よ、屁コキマンー!」

「…………」

「そ、そんなに睨まないでよ」


 地獄のような授業が終わり、童心に帰ったかのような、紬が悪戯っぽい微笑を浮かばせながら先程犯した俺の失態を弄ってくる。そんな彼女の子供心を無視して、殺気立った目で睨み返す。慌てて莉子が俺を宥めようと、どうどうと声を掛けてきた。


「あのな、男子高校生ってのは繊細なんだよ。安易に弄ってくるな。女子とすれ違う時に、大袈裟に避けられただけで傷付くくらいガラスのハートなんだ」

「心、脆すぎでしょ……」

「それぐらい繊細ってことなんだよ」


 隣に座っていたルナが席を立つ。


「あれ、ルナちゃんどこに行くの?」

「トイレ」


 それだけ呟き、教室から出て行ってしまった。


「ね、莉子。隆史にあの問題やってみようよ」

「えー、隆史君は普通だよ。あんな問題しなくてもわかりきってるじゃん」

「わっかんないよー。隆史って普通に見えて、結構変人だからね。こういう奴が普通を装ってる可能性があるのよ」


 なにやら二人が不穏な会話をしている。だからそういう会話は俺に聞こえないようにしてくれ。丸聞こえだから構えちゃうし、疲れるんだよ。


「なんの話かわからないけど、聞きたいことがあるならさっさと聞いてくれ」

「じゃあ、問題です! あ、これは変な意図があるとか、なにかを探ろうってわけじゃないから気軽に答えてね!」


 要は変な意図があって、俺のなにかを探ろうってわけだな。性格診断とかか? それとも心理テストとかの類だろうな。

 紬がこほんっと咳払いを一つした後、問題を出してきた。


「あなたはマンションのバルコニーにいます。外で悲鳴が聞こえ、慌てて悲鳴の方を見ると、男が人を殺すのを目撃してしまいました。男はあなたに気付きます。そしてこちらを指差して何か言ってます。さて、なんて言ってるでしょう」


 俺はこの答えを知っている。これはサイコパス診断だ。

 確か普通の人の答えは「次はお前だ」とかだったはず。そしてサイコパスの答えは「マンションの階数を数えている」だった。


「ほらほら、なにも考えないで思いついたことを答えてみて」


 紬が答えを求めて急かしてくる。

 もちろん俺は普通だから、この問題を知ったときは普通の回答をしたのだが、ここは一つ、こいつらを脅かしてやろうかな。


「一、二、三って階数を数えてたんじゃないかな」

「……え」


 俺の答えに、二人の時が止まった。まるで呪文をかけられたかのようにピタッと止まり、次に呼吸が荒くなり身体が痙攣したように震えだした。


「あわわわわわわ……ど、どうしよう紬ちゃん……サイコパスの解答してるよ……っ!」

「た、たまたまかもしれない! 二、二問目……二問目は普通の解答するわよ……っ! 隆史、次の問題を出すわよ!」


 二人の声が震えている。それを隠すでもなく、紬が次の問題を出してきた。


「あ、ある家で一家殺人事件が起きました。若い夫婦とその子供の遺体はダイニングで発見されます。捜査の結果、犯行後、犯人は一日以上この家に滞在してことが判明。犯人はなぜこの家に留まっていたでしょう!」


 この問題も知っている。確か普通の人は「残りの家族が帰ってきたら殺すため」と答えるが、サイコパスの解答が「一家団欒の死体を眺めて楽しむため」と答える。

 どうしよかな。普通の解答をしてもいいんだけど、想像以上に怖がってる二人が面白くて、ついつい嗜虐心が芽生えてしまう。


「一家団欒の死体を眺めて楽しむため」


 口の端をわざと歪ませ、楽しそうに答えてやった。


「あああわわわわわっ! や、やっぱり……隆史君は……サイコパス、なんだ……っ!」

「お、おかしいと思ったのよ。こいつって女子がいる前でも平気で下ネタ言うし、ちょっとサイコパスって思ってたのよね……」


 ちょっとサイコパスって思ってたのかよ。

 にじり寄るように二人の距離を詰める。


「おいおい、どうしたんだよ。これでなにがわかるっていうんだ? そろそろ答えを教えてくれよ」

「ひ……っ!?」


 やべ、ちょっと怖がらせすぎたかも。莉子なんか涙目になって、俺を見て軽く悲鳴をあげている。


「まあまあ、ちょっと落ち着けって。実はな……」

「く、来るな……っ! この性犯罪者めっ!!」


 ネタ晴らしをしようとしたところ、紬の怒声が言葉を切った。射殺さんばかりの強い視線を投げつけ、少しでも近付けば攻撃せんばかりに重心を落とし構えだす。


「いや、ちょっと落ち着けって! 実は……っ!」


 紬の肩を掴んだ。そんなに強くはなく、ほんとに軽く触れただけ。掴んだと表現したが、指が軽く触れただけの接触。それなのに紬はパタッと倒れ、身体を守るように両腕で自分自身を強く抱きしめた。スカートは太ももまではだけ、そのみずみずしい肌が曝け出される。


「い、いやぁ……」


 まるで俺のことを強姦魔のように怖がり、襲わないでといった感じで恐怖に慄く。

 えええ、なにこの反応。ち、ちょっとやめてくれよ。もし仮に俺がサイコパスだったとしてもこの反応はやばくない!?


「莉子、ちょっと落ち着いてくれ……実はな……」


 莉子の手首を軽く握った。このままだと誤解を招いたまま逃げられると思ったからだ。けど、それが良くなかった。


「はわわわわわ……そ、ソープにだけは売らないでー!!」

「売らねえよ!!」


 サイコパスに対する偏見が凄すぎる! サイコパス=犯罪者じゃないから!!

 そのあと比較的落ち着いている莉子に説明し、なんとか二人の誤解を解くことができた。


「な、なーんだ。隆史君は答えを知ってただけだったんだね」

「本当に紛らわしいことしてくれたわね」

「ごめんって。まさかこんなにも怖がるなんて思わなかったんだ」


 酷い目にあった……もう二度とこんな悪戯はしないと心に誓う。勘違いで性犯罪者に仕立て上げられたらたまったもんじゃない。

 ちょうどそのとき、ルナがトイレから帰ってきた。


「おい、紬。ルナにもサイコパス診断してみようぜ」

「ええ、ルナっちは普通そうだけど」

「いーや、意外とこういう奴が危ないんだって」


 口ではそうは言ったが、ルナは普通だろ。なんせこいつは子供っぽいところがあるだけの少し変わってる少女なだけ。一緒に暮らしている俺が、ルナのことを普通だと思ってるんだ。結果は火を見るよりも明らか。それでも一応、問題を出してみよう。


「ルナ、今から問題を出すから気軽に答えてみてくれ」

「……? わかった」

「問題! あなたはマンションのバルコニーにいます。外で悲鳴が聞こえ、慌てて悲鳴の方を見ると、男が人を殺すのを目撃してしまいました。男はあなたに気付きます。そしてこちらを指差して何か言ってます。さて、なんて言ってるでしょう」

「うーん……階数を数えてたんじゃないか?」


 ルナの言葉に全員の時が止まった。

 ……え?

 いやいや、まさかまさかルナがサイコパスだなんて、そんなそんなバカな。まあ一問くらいなら、たまたまサイコパスと同じ解答してもおかしくはないよね!


「じ、じゃあ、次の問題! あ、ある家で一家殺人事件が起きました。若い夫婦とその子供の遺体はダイニングで発見されます。捜査の結果、犯行後、犯人は一日以上この家に滞在してことが判明。犯人はなぜこの家に留まっていたでしょう!」

「たぶんだが……一家団欒の死体を眺めて楽しむため、じゃないか」

「…………」


 またしてもルナの答えはサイコパスと同じだった。

 ……え、ルナってサイコパス?


「あ、わかった! ルナ、この問題知ってたんだろ! 俺たちを驚かせようとして、わざとサイコパスと同じ解答してるんだ!」

「そ、そういうことだったんだ! もうルナちゃん驚かせないでよー」

「いや? 私は今初めてその問題を聞いたぞ」

「…………」


 ……え?

 じゃあ本当にルナは……サイコパスってこと?


「はわわわわわわ……っ!」

「ぶくぶく……っ!」


 翻すと、震えあがる二人の姿が。

 やばい、紬がビビりすぎて泡吹いてる! 莉子は莉子で生まれたての小鹿のように震えている!

 背後から急に肩を叩かれた。振り返ると、ルナが俺の肩に手を乗せて、口元を歪ませ笑っていた。まるでチャッキー人形のように。今ここでブスッと包丁で刺されても、納得してしまいそう。


「隆史、みんなはどうしたんだ。急におかしくなったぞ」

「へ……な、なんでだろうな……」

「今日も、ご飯を買いに行くのか?」

「あ、ああ。買いに行く予定だけど……」

「今日もあの赤いのを買いたいな」


 あ、赤いの!? それって死体のことなのか!


「あの赤いの食べたときに、繊維を食いちぎる食感が病みつきで……早く、食べたくなる」


 ひぃっ!? こ、こいつ、知らないところで人の肉を食ってるんだ! や、やっぱりこいつはサ、サイコパスだー!!


「赤いのなんて買いません―!!」


 慌ててルナから距離を取り、殺されないように逃げ出した。


「……まぐろ、今日は買わないのか」

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