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7話 ルナの足の速さ

 うちの高校では、体育の時間は男女で分かれて体育の授業をやることになっている。ふたクラス合同で行う体育の授業は、うちのクラスである二組と、そして隣の一組のクラスで受けている。休み時間の間に、女子陣はグループで連れ立って教室から出ていき、更衣室に向かった。


「紬ちゃん、ルナちゃん行こうー」


 莉子を先頭に、紬とルナも教室から離れて行く。教室から出ていく時に、ルナがチラッと視線を向けてきたのが気になるが。

 それはというのも、初めての体育の時、ルナが俺から離れるのを嫌がっていたからだ。体育の時間は男女で分かれると説明するも聞き入れず、頑なに俺からは離れようとせず、しまいには教室で着替えを始めようとしたときには驚いた。

 それを見て慌ててみんなで止めに入ったのは懐かしい思い出だ。

 今でも多少嫌がってはいるが、ああやって大人しく従ってくれるようになったのは成長したんだな、と感慨深い気持ちになる。

 と言っても、まったく別の場所で体育の授業をやるわけではない。グラウンドを半分に分け、片方を男子、もう片方を女子が授業を受ける。つまり、顔を向ければルナの姿を見ることができる。

 今日やる体育の授業は短距離走。

 運動が特別苦手でもなく得意でもない俺は、さっさと終わらせて近くの木陰で休むことにした。なにせ二組合同の体育、いつも時間がかかるので適当にサボるのが正解なのだ。それに話す相手もいないし……。

 女子たちはどうしてるかな……。


「莉子、あんたもうちょっと腕を振らないと早く走れないわよ」

「私、腕振ってなかった!?」

「左右に振ってる。前後に振らないと」


 ワイワイと女子たちの話し声がここまで聞こえてくる。話しているのは紬と莉子、ルナのようだ。運動が苦手な莉子が、紬に色々と指導してもらっているようすが見える。


「紬ちゃんみたいに運動が得意だったらよかったのに……」

「それはだめー。勉強得意なのに運動までできたら、あたしは神様を恨んでたわ!」

「運動が得意じゃなくてもいいから、普通の運動神経くらいは欲しかったー……」

「あ、次はあたしの番だ。じゃ、ちょっと行ってくる」


 そう言い残し、紬は莉子たちから離れ、短距離走のトラックに向かった。

 さ、あれだけ豪語した紬はどのくらいの腕前なのか、お手並み拝見といこうかな。

 紬を含めた三人の女子が、トラックのスタート位置に着く。傍らに立つ体育係と思わしき女子が片手を上げ、その腕を下した瞬間、一斉に三人が地面を蹴った。


「……お」


 さすがにあれだけ自信満々に講釈を垂れていただけはある。紬の足はとても速かった。グングンと他の二人を置いていき、あっという間にゴールしてしまった。


「わー、さすがは紬ちゃん! 凄く速かったよ!」

「ふふふ。まあ、あたしだからねー」


 莉子の褒め言葉に照れているのか、紬が鼻を人差し指でかきながら、それを隠すように、無い胸を尊大に反らし答える。


「そろそろルナっちの番だね。今まで走ってるところを見たことなかったんだけど、運動は得意なの?」

「どうだろう。よく野山を駆け回っていたが、走ることが得意というより当たり前だったからな」

「へー、ルナっちって意外とお転婆さんだったんだ。それなら結構速そう」

「うう……ルナちゃんも運動得意だったら、ここでは私だけが運動音痴になっちゃう……」


 運動が得意どうかは分からないが、ルナはとても速いことを俺は知ってる。俺が一度全速力で逃げ出したとき、ルナは涼しい顔で俺に追いつき、しまいには抜き去ってしまったことがあるくらいだ。


「あ、ルナちゃんそろそろ順番だよ。トラックに向かった方がいいよ」

「うん、行ってくる」


 トラックに向かったルナを見送る二人だったが、同じようにトラックに向かった女子たちを見て、紬が嘆くように天を仰いだ。


「あちゃー……ルナっち可哀想。一緒に走る人たち、陸上部の人たちだよ。あれじゃあ公開処刑になっちゃいそう」


 うちの陸上部は強豪らしい。それと一緒に走らされるのは確かに可哀想だな。

 いや、むしろ楽しみかもしれない。ルナはあれだけ速いんだ、どれだけ強豪の陸上部に食らいつけるか。

 ルナがスタート位置に着いた。彼女を挟むように陸上部の二人が並び、両手を地面につけクラウチングスタートの姿勢に。それに対し真ん中いるルナは、構えるでもなく、棒立ちで佇んでいる。

 そのまま陸上部とルナが手を繋げば、組体操の扇になるんじゃないかと思うほどシュールな光景。

 陸上部の二人は、そんな素人のルナがおかしいのか、二人だけで視線を送り合いクスリと笑っていた。

 体育係の女子が片手を上げ……腕を下した。

 あっという間に陸上部の二人がルナを置き去りにする。スタートダッシュの反応が全然違った。もちろんルナも腕を下されたときにはちゃんと駆けだそうとしていたが、それでもその反応速度は素人との違いを見せつけられた。

 しかし、陸上部がルナを背中で見ることができたのはそのときだけ。ルナがすぐに追い抜いてしまったのだ。


「……なっ!?」


 そんな声が聞こえてきそうなほど、陸上部の二人は前を走る人物に驚いた。スタートを棒立ちで待ち、なにも構えなかった、素人と思っていた女子が自分を追い抜くなんてことがあり得るのかと。それは今も変わらない、なぜ自分が追い抜かれているのか。こんな走り方も素人のようなやつに、なぜ自分は追い抜かれているのか。

 二人の顔つきが変わった。目の前に走る素人に負けるものかと、必死の形相に変わる。そして、それが絶望に変わっていった。

 全く追いつけない。それどころかむしろ離れていく背中。

 ルナが速すぎたのだ。

 ウサギとカメの童話では、ウサギがカメの足の遅さに油断し、昼寝をしたためカメに負けるというお話。しかし、もしウサギが全く油断せず最後まで全力で走ったらどうなるか。大人と子供のような、ルナと陸上部の二人にはそれぐらいの実力の差があるように感じた。

 風のように駆け抜けていったルナがゴールした。それに何秒差かも数えるのが残酷なほど、遅れて陸上部の二人がゴールする。


「凄い、凄ーい! ルナちゃん凄いよー!!」

「ルナっち、やばすぎ! 相手陸上部だよ、それに勝っちゃうなんて天才じゃんー!!」


 莉子がルナに抱き着き、紬もその圧倒的な走りを褒め称えた。

 一連の流れを見ていた周りがどよめく。

 あの陸上が負けた。しかも、スタートの姿勢も走り方もめちゃくちゃな素人に。

 どよめきは確実に陸上部の二人にも聞こえていただろう。なんせ離れた俺にすら聞こえてくるくらいだ。自分たちのプライドを傷つけられ、睨むようにルナの背中を見つめる彼女たちが少し気になった。

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