6話 お小遣い(2)
「はい、終了」
サラサラになった銀髪。手くしで梳いてあげると、絹のように美しい髪が流れた。
「うん、ありがとう」
「ちょっと待て」
出ていこうとするルナを引き留める。
「……? なんだ?」
「次は歯を磨いてやるって言っただろ」
「……聞いてないぞ」
「ドライヤーしてるときに言った」
「聞こえないのをいいことに……卑怯だ」
暴言吐いてたやつが言えたセリフか。
洗面所ではやりづらいので、歯ブラシを持ってリビングに戻る。
「ほら、ここに寝っ転がって」
ソファに座り太ももを叩き、膝枕してあげることに。
「……うん」
凄い嫌そうー。
眉間に深いしわを刻み、ルナは不満そうに顔をしかめつつも、言う通りに太ももに顔を乗せた。
「口を開けて」
「……あーん」
言った通りに口を開けてくれるが、小さい。もっと大きく開けてくれないと、中が全然見えない。
「もっと大きく」
「……そんな大きいのを口の中に入れるのか?」
「いやらしく言うな」
貝のように閉じていた唇が、ぱっくりと開かれた。ルナの、薄く柔らかそうなピンク色の唇に指を添え、口が閉じないように指に力を加える。唇に当たる感触がくすぐったいのか、ルナの口から微かな吐息が漏れた。
「……ん」
他人の唇に触れたことがなかったので、その柔らかい感触に驚いた。思わず指で唇をなぞり、その感触と形を確かめてしまう。
「……んんっ! た、かし……く、くすぐったい」
「あ、ごめんごめん」
歯磨きするだけなのに、邪な気持ちになってしまうところだった。
歯ブラシを口の中に入れ、歯をマッサージするように、歯と歯茎の境目にそっとブラシの先端を当て、左右に動かす。
「……ん、ちゅる……」
「…………」
他人に歯を磨いてもらったことがないからか、その不快な感触に抗おうとしているのかわからないが、ルナの舌が触手のように動き歯ブラシを舐めまわす。
「……じゅる……れろれろ……ちゅぷ……んー……んちゅ……」
舌が縦横無尽に歯ブラシをいやらしく凌辱していく。
「……んん……れろれるれろれる……じゅるじゅる……」
「……あのー、ルナさん」
「……ほへ?」
「そんな風に舐められると歯を磨きにくい」
それにいやらしすぎる。ただ歯を磨いてるだけってのはわかっているんだけど、こうなんていうか、興奮してくるというか、ムクムクと息子が起き上がるというか。
注意すると、舌が邪魔をしないように、歯ブラシとは真逆の位置に納まってくれた。これなら普通に磨けそうだ。
シャカシャカと歯ブラシが歯を磨く水音だけがリビングに響く。
「……んー」
「…………」
「……ぺろぺろ……ちゅむちゅむ……」
「……ルナ、また舌が邪魔してる」
「ふまなひ」
もしかして、これってあるあるなの? 他人に歯を磨いてあげると舌が邪魔してくるって言うのは。
口の中に指を入れ、端を横に軽く引っ張り、見えやすいように広げた。それが少し彼女にとっては違和感に感じたのかもしれない。俺の指をルナの舌が蹂躙してきた。
「……じゅぷじゅぷ……ちゅぷ……ん、ん……ちゅぷちゅぷ……」
「……ルナ、指を舐めないで」
「ふまなひ」
そこでなにか違和感を感じたのか、ルナは歯ブラシを持っている俺の腕を掴み、強引に口の中から引き離した。
「なにか後頭部に違和感というか、硬い物が当たっているのだが」
「なんでもない!」
「……そ、そうか」
ちょっと息子が当たらないように膝枕しないと。
それからもルナの舌に邪魔されながら歯磨きを続けた。他人の歯を磨いてあげるのが、こんなにエッチで難しいものとは知らなかった。
口をゆすいできたルナが、片手に歯ブラシを持ったまま帰ってくる。手に持っていたのは俺の歯ブラシ。
「今度は私が磨いてあげよう」
「いや、俺もう磨いた後だから」
「だめだ、私の歯を磨いたんだから。今度は私が磨いてあげる番だ」
強引にルナの柔らかな太ももに頭を押さえつけられ、強制膝枕をさせられる。女性はマシュマロでできているとはよく言ったもので、唇だけでなく太ももまで羽毛布団のように温かく柔らかい。
「ほら、口を開けろ」
「……あーん」
仕方なく口を大きく開けてやる。ゆっくりと歯ブラシが口の中に入っていく感覚。奥歯に歯ブラシが当たった瞬間。
「オエッ!」
「……だ、大丈夫か?」
「だ、いじょうぶ……」
思わずえずいてしまった。その声に驚いたルナが慌てて歯ブラシを引っこ抜き、驚愕に目を剥いている。
な、なんだ急に……歯ブラシを突っ込まれた瞬間、耐え難い吐き気を催してしまった。
「もう一度入れるぞ?」
「う、うん……」
再度、手に持つ歯ブラシをゆっくりと口の中に入れられる。
「オエーッ!」
「……おじさんかな?」
なぜかわからないが、歯ブラシを入れられると条件反射でえずいてしまう。自分でやったときにはこんなことにはならなかったのに。
「ルナ……も、もう一回入れてみて」
「……わかった」
今や歯ブラシが凶器に見えてきた。先端が尖ったように見え、まるでナイフを突っ込まれてる気分に陥った。
「クォエッ、クォエッ、クォエーーーッ!?」
「……キョロちゃんかな?」
だ、だめだ……なんど挑戦してみてもえずいてしまう……。
「ルナ、も、もう一回……」
「もういい。危ないし気持ち悪い」
スタコラサッサと俺から離れて、ルナは立ち去ってしまった。えずくたびに、ルナがサッと歯ブラシを抜いてくれていたからよかったが、あのまま続けていたら喉奥に歯ブラシが突き刺さって、本当に危なかったかもしれない。
でも、歯ブラシが終わったのはちょっと残念……。




