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5話 お小遣い

「はい、二人とも。これが今月のお小遣いね」


 食事を終えリビングでまったりしていると、仕事から帰ってきた希さんがスーツ姿のまま千円札を五枚抜き取り俺に渡してきた。

 リビングを照らす明かりがお札にも降り注ぎ、それが輝かせ、尊く見せる。


「これが隆史君の分で。これがルナちゃんの分ね」


 俺とルナに五千円ずつ。計一万円も俺たちのためにくれた。


「このお金は?」


 お小遣いというのがよくわからないのか、ルナが不思議そうにお金を天井に掲げ眺めている。


「お小遣いって言って、毎月親が子供にあげるお金。うちでは高校生は五千円って決めてるの」

「そうか、ありがとう」

「ううん、いいのよ」


 ルナには五千円というお金の重みがよくわかっていない。これは希さんが汗水流して稼いでくれたお金なんだ。


「……希さん、俺バイトするんで、これからお小遣いはいらないです」

「それはだめ、バイトも禁止だから」

「どうしてですか!?」


 思わず声を荒げてしまった。

 今や共働きが当たり前の時代。そんな時代に希さんは一人で俺たちを養ってくれてる。

 俺一人ならまだいい、でも今は違う。ルナの分、出費が嵩んでいるんだ。倍になった生活費に加えてお小遣いまで渡していたら、希さんの疲労が大変なことになる。


「バイトしたらその分楽じゃないですか!」

「……隆史君はまだわからないかもしれないけど、学生の時期って凄い貴重な時間なの。恋したり勉強したり遊んだり、働くなんて社会に出たら嫌でもするんだから、今は貴重な学生の時間を目一杯遊んでほしいの」


 わからないですよ、わかりたくもないですよ。そんな希さんにおんぶにだっこのまま学生の時間を楽しむだなんて。


「バイトも、そこで働くことでしか得られない経験があるとかの理由なら別なのよ。でも、ただお金が欲しいとかの理由なら許可はできないわ。もしお金が足りなくなったら追加であげるから」


 高校に入ってからずっと繰り返されたやり取り。まるで暖簾に腕押し。なんどもお願いしているが、希さんは頑なに首を縦に振らなかった。


「ね、今は友達と遊んだりして、学生の時間を謳歌して」

「……友達なんていませんよ」

「ルナちゃんがいるじゃない」

「うん。隆史、私でよければ遊ぼう」


 余計なことを言うな……お前の一言のせいで、バイトする理由が一つ潰れたんだぞ……。


「ま、まぐろ一杯買ってもいいのか?」

「五千円の中でなら買ってもいいわよ」

「な、無くなったら、また貰えるのか?」

「ルナちゃんはだめ」

「な、なぜだ!?」

「ルナちゃんはまず、その五千円で一月やり繰りできるように考えながら使う練習ね。まぐろに全部使ってもいいけど、遊んだりとかのお金も五千円から捻出しなきゃいけないから、そういうこともちゃんと考える勉強ね」

「うぐ……が、頑張ってみる」

「頑張って」


 楽しそうに会話しているやり取りを背中で聞きながらリビングを出た。


     ※ ※ ※


 胸の中に残るしこりが、かさぶたのように俺をずっともやもやさせていた。それは、不貞腐れたようにベッドに身体を預けている間も同じで、さっきのやり取りがずっと頭を駆け巡り、眠気をずっと邪魔してくる。

 あ、歯を磨いてなかった。

 ベッドから起き上がり洗面所に向かった。

 スライド式の扉を開けると、湯気を身体に纏わせ生まれたままの姿のルナがそこにいた。どうやらお風呂に入っていたらしく、タイミング悪く入ってしまったらしい。


「…………」


 お互いの視線が交差する。

 漫画やアニメなら、ここで「きゃー、のび太さんのエッチー!」とかお決まりの展開が繰り広げられるだろうが、あいにくそんな余裕はない。

 洗面台から歯ブラシを取り、シャカシャカと歯を磨いた。


「…………」


 無言の時間が続く。隣では俺のことを気にしないで、濡れた銀髪をバスタオルで乾かせている。そして、そんなルナをじっと眺める俺。彼女が髪を拭くたびに、その豊かな胸が左右に揺れていた。

 この胸のしこりが無ければ、これをおかずにしていたが、そんな興奮を覚える余裕などない。ただ胸がでかいなー、左右に揺れてるなー、柔らかそうー、の感想しか湧かない。


「……ん、どうした?」


 視線に気付いたのか、髪を拭く手を止め、バスタオルの隙間からオッドアイの瞳を覗かせ訪ねてきた。俺が見ているのにも気付いているのに、身体を一切隠そうともせず、恥じらいもなくその白磁の肌を曝け出している。


「いや、なんでもない」

「そうか、じゃあ私は先に出ている」


 洗面所に用意していた寝巻に着替え、ルナが出て行こうとする。


「ちょっと待て」

「……なんだ?」

「ドライヤーしてないだろ。それじゃあ風邪引く」

「……面倒くさい」

「こら、ドライヤーはちゃんとしろ」


 まったく、こいつは。そういうところを面倒くさがって体調崩したら看病するのは俺なんだぞ。


「ほら、こっち来い」


 歯磨きを終わらせ、洗面台の前に無理矢理立たせた。彼女の髪からフワッと香る、シャンプーやらリンスの匂いが鼻腔をくすぐる。


「……面倒くさい」

「つべこべ言うな」


 ドライヤーの電源を入れると、轟音が洗面所に響いた。暖かい風を含んだ強風が、銀髪を左右に暴れさせる。鏡に写されたルナの顔が、鬱陶しそうに歪んでるのが見えた。


「この後、歯を磨いてやるからな」

「……っ!」

「え、なんて?」

「……っ!!」


 なにか叫んでいるが、ドライヤーの音がうるさすぎて何を言ってるか聞こえない。


「もう一回言って!」

「……っ!!!」

「聞こえないー!!」

「……かっ!」


 全然聞こえない! このドライヤー、音がでかすぎるだろ!

 仕方ない、乾髪の途中だけど一旦ドライヤーの電源を切ろう。

 ドライヤーの電源をスイッチを切った瞬間。


「ばーか!」

「てめえ! ドライヤーの音に紛れてなんて暴言吐いてるんだ!」


 わざわざ髪を乾かしてやってるのに、なんてこと言ってくれるんだ!


「い、言ってないぞ……ありがとうって言ったのだが……」

「え、そうなのか」


 やばい、言葉の途中でドライヤーを切ったから変な風に聞こえちゃったんだな。


「ごめんごめん、勘違いした」

「うん、大丈夫だ」


 再度響くドライヤーの轟音。


「……っ!」

「え、なんてー!?」

「……っ!!」


 やばい、全然聞こえない。ルナが大口を開けてなにかを言ってるが全然聞き取れない。

 ドライヤーのスイッチを切る。


「ばーかっ!」

「ばーかって悪口言ってるじゃねえか!」

「……隆史、どうした。私はずっとありがとうって言ってるのに」

「……本当に?」

「うん、本当だ」


 ドライヤーのスイッチを入れる。轟音が響き、彼女が口を開いた瞬間、ドライヤーのスイッチを切った。


「ばーかっ!」

「やっぱり言ってんじゃねえか!」


 思いっきり後頭部を叩いてやった。


「……い、痛い」

「自業自得だ。わざわざドライヤーしてやってるのに」

「た、頼んでない」

「もう少しで終わるから、我慢しろ」


 それから暫くルナの髪を乾かすことに集中した。

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