4話 お弁当(2)
今度はいつもより一時間も早く起きて、お弁当作りにかかった。
なになに、ターメリックライスを炊いて、顔の土台を作る……。
「めんどくさっ!」
普通のライスでいいじゃん! なんでそんな面倒なことするの!
なんて面倒くさがったら一生茶色い弁当なので、愚痴ってないで作るか。ターメリックライスをレシピ通りに作り、お弁当にキャラの形を模ったご飯を敷いていく。
昨日買っておいた、事前に切ってある載せるだけでキャラ弁になる海苔をライスの上に置いていき、頬にはウィンナーの皮だけ載せ、ピンク色に染めてあげる。
これでキャラ弁当の完成。
そして待ちに待ったお昼休み。
皆に見せびらかすように、お弁当を中央に置いた。
「なになに、今日もお弁当作り頑張ったの?」
「もちろん。今日のは昨日のよりも凄いから」
「へー、それは楽しみね」
紬が昨日と同じように皮肉な笑みを浮かべ弁当箱を覗き見る。その人を見下したような笑顔、昨日と同じように崩してやるよ!
「隆史君のお弁当、昨日も凄くよかったらから楽しみ!」
「楽しみにしててくれ。ルナ、開けて開けて」
「うん」
ルナが弁当に手を掛ける。パカッと開けると、中には、全国の子供たちが一度は視聴し興奮したであろうアニメのキャラクター、ピカチュウがいた。
「ええ、ぴ、ピカチュウ!?」
「あんた、どんだけ頑張ったのよ!」
ふふふ、気持ちいいー! 朝から頑張ってよかったー!!
ピカチュウを見た二人が、驚きのあまり椅子からひっくり返りそうになっていた。
「ほらほら、ルナ! 食べて食べて!!」
「う、うん。ありがとう」
ルナが箸を持ち、どこから食べようかとピカチュウの上で迷っている。そして、迷った末に目の上で箸がピタッと止まった。
ええ、いきなり目からいっちゃうんですか!? 目から食べちゃったらせっかくのピカチュウがグロチュウになっちゃう!!
俺の願いが通じたのか、箸が徐々に目から離れていく。
ほ、よかった……。
またもやピカチュウの上で箸がウロウロと迷うように動き、頬の上でピタッと止まった。
ええ、いきなり頬からいっちゃうんですか!? チャーミングな頬を表現するために、わざわざウィンナーの皮だけで作った頬を!?
またもや俺の願いが通じ、箸が頬から離れてくれた。
そして、俺が一番願っていた耳から食べてくれることに。
そうそう、やっぱり最初は耳から食べてくれなきゃ。せっかく頑張ったんだから、なるべく最後まで顔の造形は残してくれなきゃ。でも、心なしかルナの箸が進む速度が落ちているように見えた。
もしかしたらピカチュウはあまりお気に召さなかったのかも。少し子供すぎたかな。
お昼休みが終わり、恒例のスマホで弁当検索に。
「こ、これは……」
その弁当を見た瞬間、あまりの衝撃に声が漏れてしまった。
決めた、明日はこれを作ってあげよう! これなら最近のトレンドだし、ルナもきっと喜んでくれる!!
※ ※ ※
そして、次の日の昼休み。
「ふふふ、今日も待ちに待ったお弁当がやってきました」
「……今日もお弁当頑張ってきたの?」
「当たり前だ。紬、俺のお弁当を見て腰を抜かすなよ」
日に日に良くなっていく俺のお弁当に、ついに紬が皮肉な笑みをやめた。まるで恐れおののくように、目が少し引いてるように見える。
「今日はなんと朝三時から作った出来栄えだからな!」
「いや、それはまだ夜なのよ」
中央にドンッと置かれたお弁当。俺はそれを見せびらかすようにパカッと開く。そこにはあの鬼滅の刃でお馴染みの禰豆子のキャラ弁当が。
「じゃーん! どうだ、凄いだろ!!」
オブアートという、自分で描いた絵をお弁当にできることを知った俺は、速攻で買いに行き朝三時から必死に描いたのだ。禰豆子の周りには桜でんぶを散らし、春をイメージさせ、見た目も味も美味しく味わえるようにした血と汗の結晶。
「……はは」
心弾ませる俺とは対照的に、みんなの反応は芳しくない。莉子は乾いた笑いをこぼし、紬は冷ややかな視線を向けてくる。
「なんだよ、この反応……めちゃくちゃ凄いだろ!」
な、なんで、みんなこんな微妙な反応するんだよ……どうしてだ……こんなお弁当、中々見れないだろ……。
「正直、引く」
紬の一言に、俺が腰を抜かしそうになった。
「な、なんでだよ!」
「凄いんだけど、凄すぎて引く。てか、ルナっちのためにっていうか、もう自分のために作ってる感じがするのよね」
そ、そんなことは……俺は、ルナのために頑張って……。
助けを求めるようにルナに視線を送ると、彼女も困ったように顔を落としていた。
「そ、その……隆史には悪いのだが……私は、最初の弁当が一番良かった……」
あ、あの茶色い弁当が!? 一番手抜きで、見た目からして美味しくなさそうなお弁当なのに!?
「お弁当を食べるとき、隆史が凄く悲しい顔をしていて……納得するところから食べないと、この世の終わりみたいな顔をするから……」
「……え、俺そんな顔してた?」
「う、うん……言いにくいんだが……正直、食べにくい……」
お、俺……昨日そんな顔してたのか……。
「朝から頑張って作ってくれて申し訳ないのだが……気を遣うから、最初に戻してほしい……」
ガーンッ!
頭を梵鐘みたいに鳴らされた気分だ。手抜き弁当が一番食べやすいという衝撃の事実に、しばらく呆然としてしまう。
「でもこの三日間のお弁当は、開けるのもワクワクするくらい楽しみだったぞ。だから、また気が向いたときに作ってほしい」
「……そう。たまになら、ね」
気が向いたら、ね。たぶん、しばらく向かないだろうけど。




