3話 お弁当
「あれだよね。ルナっちのお弁当って茶色いよね」
俺の飽くなき戦いが紬の一言から始まった。
学校の昼休み。みんなでお弁当に箸を突いてると、ルナのお弁当を見て、紬が一言呟く。
ルナのお弁当は毎日俺が作ってる。もちろん俺のお弁当もルナと変わらないということなのだが、彼女はルナのお弁当だけを見て茶色いという表現をした。
「ちょっと女子のお弁当としては色合いが茶色いと思うのよね」
「茶色いってなんだよ」
「全体的におかずが」
自分のお弁当を見てみる。白いご飯にウィンナー、ハンバーグにきんぴら。これのどこがいけないのかわからない。
「全部美味しいおかずじゃん」
「そうなんだけど。女子が食べるにはちょっと色合いが恥ずかしいというか。男子には大丈夫なんだけど」
「……そうなの?」
今までは一人でお弁当を食べてきたから色合いとか気にしたことがなかった。
紬と莉子のお弁当を見てみると、確かに俺のとは違う。
カラフルというか、手が込んでいるというか、色合いが違った。
というか、お弁当箱から違う気がする。オシャレというのはこういうことを言うのかもしれない。
「……ルナはやっぱりそういうの気になる?」
「ん? 特に気にしてないぞ。作ってくれるだけありがたい」
本当に気にしていないのか。そのあとも美味しそうにお弁当のおかずを口に含み、モグモグと食べていた。
ルナはそうは言ってくれてるが、確かにこれは駄目かもしれない。ルナも女の子なんだし、お弁当の中身とか気にしてあげたほうがいい。
莉子と紬のお弁当が眩しく見える。色合いやお弁当箱から、気にしてあげてるのが手に取るように見えた。愛情というのを形にしてあげるなら、彼女たちのお弁当がそうなのかもしれない。そう考えると、自分で作ったお弁当が恥ずかしくなった。
「……よし、明日のお弁当を楽しみにしてろよ!」
「お、よかったねルナっち」
さっそく学校が終わったら、食材に買いに行こう!
昼休みが終わり、授業を挟んだ休み時間にスマホでお弁当を検索する。すると、出てくる出てくるカラフルなお弁当が。
す、凄い……世のお母さんたちはこんなに手の込んだお弁当を娘たちに作ってあげてるのか……しかも、毎朝……。
はあ、ナポリタン!? そんなの朝から作れるか!
さっそく心が折れそうになる。とりあえず、ナポリタンは冷凍で済まそう。
お、これとか凄いカラフルじゃん。
スマホの画像に写されたのは、そぼろご飯。これならカラフルに見えるし、女子が食べてても恥ずかしくない。
※ ※ ※
翌日、いつもより三十分も早く起きた俺は、さっそくお弁当の調理を始めた。
「ねっむ……」
しかし、起きた直後から後悔。手の込んだお弁当を作ろうと思えば、それだけ早起きしないといけない。しかもお弁当以外に朝食も作らないと。
あくびを噛み殺しながらそぼろお弁当を作っていく。
ちなみに、希さんのお弁当は作っていない。朝食を毎日作って、さらにお弁当も毎日作るのが大変だろうからと気にしてくれたからだ。
お弁当を一つ作るのも二つ作るのも変わらないのだが、今は茶色い弁当を渡してなかったことに安堵している。
そぼろ弁当を作り、キッチンにだけ当たるように扇風機をつける。
……寒い。でも、お弁当の粗熱を取らないと。
そうこうしている内にルナが起きてきた。やばい、もうそんな時間に経っているのか。次に朝食を作らないと。
え、これで朝食も別のご飯を作らないといけないの? もう朝食もそぼろでいいっすか?
「……ミルク」
「はい、牛乳!」
寝ぼけまなこのルナの前に牛乳を注ぎ、置いてあげる。
やばいやばい、希さんが起きてくる前に朝食を作っておかないと!
そぼろを作るときに同時に焼いておいたウィンナーをパンに挟み、ホットドッグを作る。
「はい、ホットドッグ!」
「……ケチャップ」
「……はい、ケチャップー!」
ブリュリュリュリュリュ!!!
朝から聞きたくない汚らしい音とともに、ホットドッグにケチャップをこんもりかける。
「…………」
絶句しているルナをよそに、希さんの分を作るのに勤しんだ。希さんが起きてくる前にコーヒー淹れておかないと。
ケトルをセットし、その間にパンをトースターでって……ブレーカー落ちるわ!
とりあえずケトルでお湯を沸かせた後にトースターで焼こう。
「おはよー」
そうこうしている内に、髪をぼさぼさにした希さんがリビングにやってくる。
「はい、コーヒーとホットドッグ」
なんとか希さんが来る前に作ることができた。
やばい、今度は自分のができてない! もう俺の分は余ったそぼろでいいや! 昼もそぼろになるけど!!
※ ※ ※
朝から待ち遠しかった、待望の昼休み。
ふふふ、ようやくお弁当のお披露目会がやってきた。朝早起きして作ったそぼろ弁当を堪能しろ。
「隆史のその笑い方からして、結構自信作なのね」
「ふふふ、まあな」
「へー、期待しちゃうかも」
紬が皮肉な笑いを向けてくる。言葉では期待していると言いながら、その実、全然期待していないのがその表情からうかがえた。
前日まで茶色い弁当で満足していた男が、翌日に急にパワーアップしてくるなんて、誰が予想していただろう。
四つの机を大きな一つの机にし、その中央にメインのお弁当を据える。皆で取り囲み、覗き込んだ。
「……ん」
ルナがそのお弁当に手をかけた。パカッと開けると、黄色い卵そぼろと茶色のそぼろが二色に分かれ、彩り豊かに敷き詰められたお弁当が披露される。
「わー、凄いよ隆史君! すっごくカラフルになってるし、美味しそう!」
「へー、意外や意外。結構ちゃんとできてるわね」
感嘆の声が気持ちいい! 朝早くから頑張った甲斐があった!!
「さ、食べてくれ! 味もちゃんと美味しいから!」
なんせ朝に味わったばかりだからな!
強引にルナの手へお弁当を押し付ける。
「どうだ、ルナ美味しいか!?」
「うん、美味しい」
パクパクと、心なしかルナの箸がいつもより進んでいるように見える。
ああ、これなら女の子でも恥ずかしくないだろう。
うーん、それでも……。
チラッと紬と莉子の弁当に目をやる。
確かに俺の弁当はカラフルになったと思う。それでもやっぱり二人の弁当に比べればまだまだな気がする。
莉子の弁当なんて、ミートボールとうずらの卵が串に刺され、一つのおかずにされていた。
俺からしたら、それって意味ある? と思わなくもないが、串の持ち手が星の形になっていたり、色鮮やかなだけでなく楽しさまで含んでいる。
もっと色々と勉強しないとな。
お弁当のお披露目会が終わった後、またもやスマホでお弁当の検索をした。
へー、海苔でデコレーションとかするんだ。あ、しかももう切ってるのが売ってて、載せるだけでキャラ弁になるのとかある。今日買ってみよ。
「よし、さっさくやってみるか!」




