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2話 なにもしない

 次に困ったこと。それはなにもしないことだ。

 ルナは本当になにもしない。外でも家でもずっとのんびりしている。休日の昼間なんかは、日当たりのいい窓際で、ずっと横になって寝ていることなんてザラだ。


「ルナ―! 洗濯物全部出したかー!?」

「…………」

「ルナ―!! 全部出したのかって聞いてるんだけどー!?」

「……うん。出した出した」

「ほんとだろうな! 後で確認しに行くからな!」


 聞いてるのか聞いてないのか、生返事だけが返ってくる。恩返しをするといいながら、休日には惰眠を貪り、俺をずっと働かせていた。今も気持ちよさそうに、リビングの窓際で、猫のように?丸まって寝ている。

 彼女の言葉は全く信用できない。

 確認のために、ルナにあてがった二階の部屋に向かい、中に入ると、そこには見るも無残に散らかされた形跡が。

 食いかけのお菓子やら服やら下着やらがあちこちに放り散らかされていた。


「ルナー!!!!」


 怒声が喉を震わせた。階下にも聞こえるように、俺がどれだけ怒っているかを知らしめるために。


「ぜんっぜん! 出して、ない、じゃん!!」


 怒りながらも手を休めず、散らかった部屋を片していく。

 万年床になっている布団、それを囲むように散らかされている。食べ終えた後のお菓子の袋はゴミ箱に、脱ぎ散らかされた衣服は拾い上げ掃除を始めた。

 もう何遍言っても出さない! こっちの身にもなれってんだ! あー、このお菓子なんてどのくらい放置してんだよ、しけってるじゃん。

 捨てるのも勿体ないので、お菓子が入ったままの袋に無造作に手を突っ込み、口に放り込んだ。

 ……意外と美味しい。

 服や下着を抱え、洗面所にバタバタと向かった。リビングの前を通るときにわざと大きく足音を立てて。


「…………」


 チラッと、リビングにいるルナを覗き見ると、変わらず彼女は寝ていた。

 ……全然効果なし。

 思わず溜息が零れる。

 洗濯機を開け、次々と脱ぎ散らかされていたルナの衣服を中に入れていく。どれだけ洗濯物を溜めていたんだ。両手で抱えなければいけないほどの衣服が手元にはあった。


「……はぁ」


 またもや溜息が出てしまった。

 女性用下着を洗濯ネットに入れて、洗濯する男子高校生がこの世にどのくらいいるだろうか。

 ……それにしてもでかいな。

 ルナのブラジャーを目の前に掲げ、改めてその大きさに驚いた。メロンならそのカップの中に収まってしまうんじゃないかと思うほどの大きさ。これを二つも胸に下げているとか相当重そうだ。

 ……これって着けるとどうなるのかな?

 いや、そんな不純な気持ちとかはないですよ? ただ単純に気になるというか、男だとどうしてもブラジャーとか身につける機会なんて一生ないじゃないですか。だから純粋に疑問に思ったというか、こういうのつけるって苦しくないのかなとか、そういう疑問が湧いただけなんですよ。男子高校生なんですから、そういう知的好奇心というのか、そういうのって無限に湧くんですよ。邪な気持ちなんて、一切合切、これっぽっちも、微塵もないです。やっぱりそういう変態的なのって


「なにしてるんだ?」

「うわあああああああ!!」


 いつの間にそこにいたのか、ルナが洗面所の出口でこちらを見ていた。


「ブラジャーを握りしめてなにしてるんだ?」

「……洗おうと思って」

「そうか、ありがとう」


 伝家の宝刀、百万ドルの笑顔を向けられてしまった。

 そんな純粋無垢な笑顔を向けられると、む、胸が苦しい……ちょっと、あれだから……興味が湧いた、だけだから……。

 勘違いしてほしくないのが、希さんの下着も洗っているが、変なことに使ったことはない。これは本当だ、信じてくれ。

 洗濯を終え、衣服を干し、家を出かけようと玄関に向かう。


「どこに行く?」

「ちょっと買い物に」

「私も行く」

「…………」

「なぜそんなに嫌そうな顔をするのかわからない」


 だってルナがついてくるとあれ買ってこれ買ってってうるさいんだもん……。


「だめ。関係ないもの買って買ってうるさいから」

「む、失礼だな。そんなこと言わないぞ」

「まぐろまぐろうるさいんだもん」

「言わないから。買って買って言わないから」

「ほんとにー?」

「うん、本当」


 本当だろうなー……。


     ※ ※ ※


「まぐろまぐろー! 買って買って!!」


 即落ち二コマじゃねえか。

 スーパーの鮮魚コーナーの前で、まぐろを指差しているルナを無視して、次の買い物に向かう。

 さ、次の買い物買い物。


「買って買ってー!」


 ルナが俺の腕を引っ張って、無理矢理鮮魚コーナーに引き戻してくる……って力つよっ!?


「買わないって!」

「買ってー!」


 なぜこいつはまぐろを前にするとIQが下がるんだよ!


「刺身なんて高いの、月に一回だけ! 先週も食べただろ!」

「……む」

「ほら、行くぞ」


 手を握り、次の買い物に向かおうとする。

 ……動かない!

 まるで石でも引きずってるかのように、ルナの引っ張る力が強すぎてその場から動けない。


「ぐ、ぐぐ……っ!」

「…………」


 俺がどれだけ頑張って引っ張っても、ルナは涼しい顔をしている。どんだけ強いんだよ、こいつ!?


「わかった、買うから!」

「まぐろ!」


 いや、待て。ここで素直に買ってしまうと、ルナの教育に悪いし財布にも悪い。なのでまぐろは買うけど、刺身は買わない。


「いつもいつも刺身だろ。今日は趣向を変えて違うのを買わないか?」

「違うの?」

「ああ、あそこにあるツナってのが、まぐろの一種で美味しいぞ」

「ふむ、なるほど」

「今日はあれを食べてみよう」

「うん、わかった」


 三個入りのツナをかごにいれて、まぐろを買うことをアピールしておく。

 よしよし、これで少しは財布に優しくなった。正直、ツナ缶も高いのであまり買いたくはないのだが、それでも刺身よりは高くない。


 家に帰宅し、ご飯を作り、テーブルの上に今日買ったツナ缶を皿に移してあげ、ルナの前に置いた。


「これがツナ……」

「ほら、食べてみろ」

「うん」


 一か月も経てば箸の使いかたにも慣れ、今はトレーニング用お箸ではなく、普通の箸を使っている。

 ルナはツナを一つ持ち上げ、口に運んだ。難しい顔をしながらモグモグと咀嚼し、かぶりを振った。


「……違う」

「……え?」

「これはまぐろではない。味が全然ちがう」

「そんなことないって。ほら、どっちも美味しい」

「違う! 私が食べたかったのはまぐろ!」


 むっず! まぐろはまぐろなんだから、これでいいだろ!


「美味しいって、マヨネーズとかかけるともっと美味しいぞ」


 ルナの皿に乗っているツナにマヨネーズをかけてあげる。


「なにをする!」

「ぶべらっ!」


 善意でマヨネーズをかけてあげたのに殴られてしまった。


「マヨネーズなんて邪道なことをするな!」

「ツナマヨ美味しいって! おにぎりの定番具材なんだから!」

「私はまぐろを食べたいんだ! マヨネーズをかけるなんて邪道だ!」


 なにそのこだわり! もうお前のまぐろ愛はどうでもいいよ!


「勝手にかけたのはごめんって。ツナマヨは俺が食べるから」

「……誰も食べないとは言ってない」


 うぜぇぇぇぇえええええ!!! 黙って食ってろぉぉぉおおおお!!!

 もうツナもまぐろなんだから、どれでも一緒だろ。

 缶をよく見ると、まぐろではなくかつおと書いてあった。後で調べてわかったことだが、ツナ缶と書いてあってもまぐろではないこともあるらしい。


「…………」


 うん、黙っておこう。


     ※ ※ ※


 ご飯を食べ終え、キッチンで皿を洗う。


「ルナ―、歯は磨いたかー?」

「…………」

「ルナ―?」

「……うん、磨いた磨いた」


 ルナを見ると、ソファの上で丸くなって寝ていた。

 どれだけ寝るんだよ、なんもしないなこいつ。これが二つ目の何もしない問題。本当になにもしない。


「……まったく」


 気持ちよさそうに寝息を立て、彼女が呼吸をするたびに胸がゆっくりと上下に動いている。その身体を包むように、タオルケットをかけてあげる。それが暑苦しくなったのか、オッドアイの瞳が姿を現した。


「……ん、トイレ」


 あ、起こしちゃったかな。

 タオルケットを邪魔そうに払い、リビングから出て行った。

 起こしてしまったことに少し罪悪感。けど、これで歯とか磨かせればいいや。


「……隆史、これはなんだ?」

「なにがー?」


 背後から聞こえる、少し不穏な声。振り返ると、ルナの手には缶詰の空き缶が握られていた。さきほど晩御飯に食べたツナ缶の空き缶が。


「……ここにはかつおと書いてあるぞ」

「…………」


 あ、やべ。バレてしまった。

 

「ぶべらっ!」

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