1話 ロンリーキャット
銀髪猫耳オッドアイの美少女がやってきたら最高だろうか。俺はこう答える、最悪だ、と。恩返しに来たと言って家に転がり込んできたルナという美少女。名前は俺が付けたんだけど、恩返しどころか、仇で返してばかり。
なに一つ役に立っていないし、なんならオ○ニーで使うときのティッシュよりも役立たずだ。むしろティッシュの方が役に立つ。
ルナが来てから一ヶ月くらい経った。彼女が来てから俺の生活は一八〇度激変した。
まず俺を困らせること、一つがその整った容姿。彼女とすれ違えば誰もが振り返り、道を歩けばモーゼのように人混みが割れる。一応、フードを被り、猫耳を隠してはいるが、それでも目立ってしまう。
隣を歩く女性がそんな美貌を持っていると、その女性と一緒に歩く男性にも注目が浴びることに。つまり、俺も衆人環視の目に晒されるのだ。
「え? え?」
二回。俺を見た人は、必ず二回疑問視する。
まず一回目は「え? お前が?」そして二回目は「え? こんな可愛い子と?」と言った具合で、ご丁寧にも指差し確認までして俺を指差し、そしてルナを指差す。そりゃ男女で歩いていたらカップルと勘違いするのもわかる。それでもそんなに驚く? てか、失礼じゃないっすか?
これは街中での話。学校でもその容姿を遺憾なく発揮し、俺を困らせた。
まず学校に行くと、誰もが最初に訪れるのは下駄箱。
ルナが下駄箱を開けると、大量の紙がドサドサと落ちてくる。今時ラブレターなんて、そんな馬鹿なと思うかもしれないが、ルナはスマホを持っていない。そうなると、彼女に好意を伝えようと思うと古風な手段に頼るしかないのだ。
「わー、ルナちゃん今日も凄いね」
その大量のラブレターを見て、感嘆の声を上げるのが三つ編みを二つ結びにしている小学校からの付き合いの莉子。
「ルナっちは今日もモテモテだねー」
大量のラブレターに目を輝かせるのが、小柄な体型にツインテールがトレードマークの紬。
「……困った」
ルナが大量に積もれた紙の束を見て、本当に困ったようすで途方に暮れる。彼女は付き合うということがよくわかっていない。なのにお付き合いしてほしいと迫られても、どう返事をすればいいかわからないのだ。
「付き合うというのはどういうことだ?」
「それは、あれだよ!」
ルナの疑問に莉子が目を輝かせ答えた。
「この人とずっと一緒にいたいな、とか。こう気持ちがポワポワして、フワフワして、ホクホクすることだよ!」
「……よくわからない」
それは俺も同感。擬音語が多すぎて、なにを言ってるかわからない。
「一緒にいたいなって気持ちなら、隆史や莉子、紬とも思う。私たちは付き合った方がいいのか?」
「……うーん、ちょっと違うかな」
「もっと簡単に考えればいいのよ。ルナっちは、この人とだったらエッチできるなって思った人と付き合えばいいの!」
「え、エッチ……っ!?」
紬の提案に莉子が真っ赤に顔を染めるが、そんなに的外れな考えでもない気がする。付き合うということは、恋人でしかできない行為をするということ。その先にあるキスや性行為をこの人としたいって考えでもある。
「なるほど、つまり交尾ということか」
まあ、その考えが人間だったらの話だけど。
ルナは元々猫なので、性行為=交尾。子孫を残す繁殖行為でしかエッチはしないと思っている。快楽のために性行為をするなんて考えがない。そして、ホントかウソかはわからないが、種が違うので、ルナは人間の子供を宿すことはできないらしい。
「では私は、誰とも付き合うことはできないな」
「そっかー。ルナちゃんに好きな人ができるといいね」
これだけの話なら俺はなにも困らない。ルナが交際を申し込んできた人を断るだけ、それだけのことなんだから。
それは学校帰りのこと、校門から吐き出される生徒たちのあとを追っていると。
「あの、宇上さん……っ!」
耳まで真っ赤にして、緊張や不安に入り混じった顔を浮かべながら呼び止める男子生徒。
彼は学校から帰宅するルナを呼び止めた。
「あ、あの……実は、話があって……」
「ふむ、なんだ?」
察してあげて……ルナさん、彼の雰囲気から察してあげて……。
こんなに勇気を出して話しかけてきてるんだから、これからあなたに告白しようとしているのがわかるでしょ……。
「あの、ここじゃなんだから……」
チラッと人気のない校舎裏に視線を送る。
「わかった。隆史も一緒に行こう」
「……え?」
男子生徒が信じられないといったようすで、驚愕に目を剥いた。
察してあげてーーーー!!
「いや、宇上君には……ちょっと、遠慮して……ほしい、かな……」
「む、なぜだ。隆史が一緒じゃないなら行けない」
「ふ、二人は、付き合ってるの?」
「付き合っていないが」
「そ、それなら、宇上君はここで待ってもらって……」
「だめだ。隆史とは常に一緒にいなければいけない。隆史が来ないなら行けない」
「…………」
じ、地獄すぎる……なにこの空気……。
ルナにとって最も優先するべきことが、俺に恩返しをすることらしい。なので、四六時中一緒にいて、常に恩返しする機会を待っているのだとか。そのためには片時でも俺からは離れるつもりはないらしい。
大抵このやり取りをすれば向こうのほうが諦める。
「じゃあ、宇上君がいてもいいから話を聞いてほしい!」
のだが、たまにこの男子生徒のように、それでも諦めない勇者のような人がいる。
ぞろぞろと俺を含めた三人で校舎裏に向かった。
「あの、宇上さん……僕と、付き合ってください……っ!」
清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟を思わせる勢いで頭を下げ、ルナに交際を申し込んだ。
……俺は一体なにを見させられているんだ。
興味がない人の恋路を見させられるほど、つまらないものはない。
「すまない。私は誰とも付き合えないんだ」
「それは、他に誰か好きな人がいるとか……?」
「いや、私が猫だからだ」
「……っ」
断るための方便を使われたと思ったのだろう。彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。そして、俺のほうを睨み、さっさと駆け出して行ってしまった。
「…………」
なんで?
俺、今なんで睨まれたの? 関係ないよね? むしろ被害者だよね? 俺を恨むのはお門違いもいいところだよね!?
こうしてまた一人、俺を恨む人が増えた。
何人もの交際を断り、ルナには二つ名が出来た。それが
―――――ロンリーキャット。
なんて恥ずかしい二つ名だ! 名付けたやつ、絶対厨二病拗らせているだろ!
ちなみに常にそばにいる俺にも二つ名ができた。
―――――ロンリーキャットの従者。
……だから、なんで?
俺のほうがルナに付きまとってるならまだわかる。付きまとわれてる俺のほうがなぜに従者扱いなの?
これがルナが来て困ったことの一つ。




