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24話 キェェェェエエエ!

「ルナ、起きろ」


 カーテンをシャッと開けると、のぼりはじめた太陽から降り注ぐ青白い光を全身に浴びる。

 いつもは朝食をせがみに起こしに来るルナだったが、今日に限っては俺から彼女の部屋に起こしにやってきた。意識を覚醒させようと、布団に包まった彼女の身体を揺すり目覚めさせる。


「……んん」


 瞼を接着剤でくっつけられたかのように、特徴的なオッドアイを隠したまま上半身を起こす。


「……いま、なんじ……?」

「五時」

「……はやすぎる」


 いつもは六時に起こしに来るルナでも、さすがに五時は早すぎるのか、不機嫌を隠すこともなく眉間に皺を寄せる。銀髪がぼさぼさに乱れ、寝癖が至る所で跳ねていた。


「……もうすこし、ねてる」


 逆再生するかのように、また布団に包みだした。


「こらこら、今から莉子の猫を探しに行くんだよ」

「……おきる」


 がばっと布団を跳ね除け、上体を起こした。瞼はいまだに開いてはいないが、それでもなんとか起きようと、ふらふらと覚束ない足取りで制服に着替え部屋から出る。手を引っ張ってやり、リビングまで連れてきて椅子に座らせてあげ、食パンを口に運んであげる。

 まるで雛に餌をあげてる気分。俺が食パンをルナの口元まで運ぶと、彼女は咀嚼し、飲み込んだ後、次の餌を待つ雛のようにまた大口を開けるを繰り返す。


「……ミルク」

「はいはい」


 今度は牛乳をコップに注いであげ、彼女の目の前に置いてあげた。いまだ開かない瞼でどうやって確認しているかは謎だが、コップを両手で包み牛乳をコクコクと飲み始める。

 その間に俺はルナの背後に回り、髪をブラシで梳かしてあげる。スーッとブラシを上から下に梳かしてあげると、自立しているかのようにぼさぼさになった髪が、ブラシが通るたびに纏まっていく。


「はい、これで大丈夫」


 ペチンと、軽く頭を叩いて終わったことを知らせた。


「……いたい」


 ルナが叩かれた部分を気だるそうに擦りながら、朝食を食べ終えたようで椅子から立ち上がる。希さんに朝食と先に学校に行くことを告げる書き置きを机に残し、ルナと学校に向かった。


     ※ ※ ※


「探しに行くんじゃなくて、学校に行くのか?」

「そう、学校に行くの」

「……どういうことだ?」


 俺の意図がわからないのか、ルナは小首を傾げた。

 もちろん、これも歴とした捜索活動だ。朝から探し回るのも考えたが、それよりも探す人を増やした方が効率的だと思ったからだ。つまり、校門前で登校する生徒にチラシを配布すること。そのために早起きしたのだ。


「はい、これ」


 山のように積もった紙の束の半分をルナに渡す。そして校門の両端に、厳かにそびえ立つ門柱の前にそれぞれ二人で立ち、登校してくる生徒を待った。

 驚いたのが、こんな朝早くから登校してくる生徒がいること。少し早すぎたかなと思ったが、むしろ少し遅かった。俺たちが学校に着くころには、もう登校している生徒がいたのだ。


「迷い猫を探してますー。ご協力お願いしまーす」

「お願いします」


 声を張り、校門を潜る生徒一人一人に向けてチラシを手渡していく。興味が無さそうに、一瞥することもなく俺の脇を通り抜けられても、それでも俺は声を張ってチラシを配り続けた。


「お願いしまーす」


 また一人、俺の脇を通り抜けていく。たまに道端でティッシュ配りやチラシを配っている人がいるが、スッと通られたときはこういう気分なんだろうな。これからはなるべく受け取ってあげよう。


「……?」


 同じようにチラシを配っているルナの足元に置かれたチラシの束。それが俺とは違い明らかに減っている。半分ほど渡したのだから、最初は同じ量だったはず。が、今は明らかにその山の高さが違う。俺の倍以上の数をルナは減らしていた。

 おかしい。同じ時間、同じ場所で配っているはず。なのに、俺だけ減ってないのはどういうことだ。


「ルナ、場所交代しよう」

「……? 別にいいが」


 ルナに位置を変わってもらう。

 よし、これなら俺もどんどん減るはずだ。しかしどういうわけか、そのあともルナの方が紙の山を減らしていた。

 なぜだ……なぜなんだ……。

 そして、原因がわかった。涎を垂らした男子生徒がルナに群がっているからだ。銀髪猫耳オッドアイの美少女がなにかを配っている。そんなの飢えた男子生徒が放っておくはずがない。片や群がるほど人が集まり、片や脇を通り抜けられ、空気のように扱われる。これが天国と地獄ですか?


「隆史、全然減ってないぞ。サボっていたのか」

「…………」


 全部配り終えたのか、ルナが俺に駆け寄ってきた。最初と全く変わらない、足元に高く積まれた紙の束。それを見て呆れたように溜息を吐かれてしまった。

 だって、しょうがないじゃないか。俺のところだけ人が来ないんだもん。


「ルナ、同じ場所で配ろう」

「わかった」


 登校してくる生徒の邪魔にならないように、門柱の傍で横に並び、校門に吸い込まれていく生徒にチラシを配っていく。ルナを先頭にし、それに続くように俺が渡す。

 ルナが手を伸ばす、生徒が受け取る。俺が手を伸ばす、生徒が無視する。


「…………」


 幾度も繰り返されたこの行動。

 よし、わかった。順番が悪いんだな、きっとそうに違いない。


「順番変わろう」

「わかった」


 今度は俺を先頭に、ルナが隣に並んだ。俺が手を伸ばす、生徒が無視する。ルナが手を伸ばす、生徒が受け取る。


「…………」


 あれ、俺って生きてる? 存在してます? みんな俺のこと見えてます?

 おかしいよね。同じのを渡してるのに、俺のを無視してルナのチラシだけ受け取るっておかしいよね?

 さすがにここまで露骨に無視されると気が滅入る。まるで存在を否定されてるような感覚に、情緒がおかしくなって奇声でも発して存在を知らしめたくなった。


「お願いしまーす」


 女子生徒にチラシを伸ばすと、ようやっと受け取ってくれた。

 ふ、なるほど。ルナがその美貌で男子生徒を釘付けにするなら、俺はこの端正な顔立ちで女子生徒を狙えばよかったんだな。


「ふーん、迷い猫探してるんだ。これって莉子が飼ってる猫よね」


 受け取ったのは紬だった。

 男前とかじゃなくて、知り合いだったから受け取ってくれただけだった。まあ、さっきから男女関係なく無視されてたし、わかってたよ。


「紬も協力してくれよ」

「いいわよ」


 二つ返事で引き受けてくれた。


「これを配ればいいの?」

「ああ……あれ?」


 足元にあった紙の山がいつのまにか消えていた。それはもうきれいさっぱり。


「全部終わった」

「…………」


 結局ほとんどルナが配ってくれた。


「え、あれっ!?」


 素っ頓狂な声が聞こえ振り返ると、俺たちを見て目を剥き、驚いたようすの莉子が立っていた。


「え、ちょ、二人ともなにしてるの!?」

「ここでずっとチラシを配ってるんだよ」

「……ひぇぇええ」


 莉子の口から風船が萎むような間の抜けた声が漏れ、運動もしていないのにダラダラと汗を掻き始める。

 一体どうしたんだ、なんだってこんなに驚く必要があるのか。猫がいなくなったんだ、これぐらいやってもおかしくないし、むしろもっと精力的に色々と手を尽くすべきだろ。

 しかし、莉子の口から予想だにしなかった言葉を告げられる。


「あ、あの……実は……ミィちゃん、家にいたの……」

「……は?」

「クローゼットの中に隠れてて、昨日家に帰ったら見つかって……」

「…………」


 漫画で口から魂が抜ける表現があるが、今の俺はまさしくそういう感じになっていると思う。


「ほんとごめんなさいー! 昨日ミィちゃんが見つかった安心感でそのまま寝ちゃって、連絡するのを忘れてたの!」

「…………」

「そうか、見つかったのか。それはよかった」


 俺とは対照的にルナが安堵の笑みを浮かべる。


「……き」

「……き?」

「キェェェェエエエ!!」

「ああ、隆史君が壊れちゃった!?」


 俺の奇声が校門に響き渡った。それに呼応するかのように校内放送が校舎から鳴り響いた。


『宇上隆史君、宇上隆史君。至急、職員室に来るように』


「…………」

「……このチラシ配りって許可取ったの?」

「……取ってない」

「じゃあ、このことでのお説教ね」

「……キェェェェエエエ!!」

「ごめーん、隆史君ー!?」

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