22話 一緒に探そう
学校が終わりルナと帰路に就いてると、慌てたようすの莉子と遭遇した。走り回っていたのか汗で濡れた前髪が額に張り付き、それを拭うこともなく必死になにかを探すように首を左右に振っている。
目を皿にするように草むらや物陰を覗き込み、俺たちが目の前にいるのにまったく気付かない。そのただならぬ雰囲気になにかがあったことを察し、思わず声をかけた。
「なにかあったのか?」
「あ、隆史君ルナちゃん! その、ミィちゃん見なかった!?」
「いや、見ていないけど」
「そう……」
彼女の顔に影が差す。この世の終わりのように絶望に打ちひしがれていた。
「家に帰ったらどこにもミィちゃんがいなくて……その、もし見かけたら連絡欲しいの……」
飼ってる猫が逃げ出しちゃったのか、だからこんなにも慌てて。
「ミィちゃん、もう長くないから……それで、死を悟って逃げ出して……どうしよう、どうしよ……」
恐ろしい想像したのだろう、莉子の顔から血の気が引き青ざめだした。家族のように愛してる猫がいなくなったんだからそれも当然のこと。今にも気を失いそうなほど視界がゆらゆらと揺れて見えた。
「……死を悟って逃げる? なんだそれは?」
莉子の言葉に引っ掛かりを覚えたのか、ルナが眉間に皺を寄せる。
「そういう風に言われてるんだよ。猫は死期が近いと、ひっそりと死ぬために飼い主の前からいなくなるって」
「それは違う、まったくの逆だ」
とても信じられないと言った風にかぶりを振って俺の言葉を否定する。
「私たちは死ぬためにいなくなるなんてことはない。身体が弱るということは、それだけ外敵からのリスクが増える。それらから生き残るために、生き延びようとして隠れるんだ。生きたいから、生きようと必死にもがいているんだ」
「……じゃあ、ミィちゃんは死ぬためにいなくなったんじゃないんだ」
「もちろんだ。彼女は必死に生きようと頑張っている」
「ミィちゃん……なおさら、早く見つけてあげないと……」
それだけ告げるとまたもや駆けだそうとする莉子をルナが呼び止めた。
「待って、私も一緒に探そう」
「……いいの?」
「もちろん。隆史も一緒に探してくれないか?」
「ああ、俺も一緒に探すよ」
俺も猫のことは心配だし、こんな状況の莉子は放っておけない。
莉子は一人で不安だったのか、俺たちの言葉に目尻に涙を浮かべ喜んでいた。
「二人とも、ありがとう……」
「お礼なんていいよ」
困ってる人がいたら助けるなんて当たり前だ。俺はあいつらとは違うんだから。
「まずは保健所とかには連絡しないと」
確か猫が脱走したときは保健所や動物病院に連絡して、保護されてないか連絡だったっけ。
「うん、それはもちろんしたよ」
「じゃあ次は、情報提供を呼びかけるためにチラシを作ろう。俺と莉子はチラシを作ってくるから、ルナは猫を探しててくれないか?」
「わかった」
「これスマホ。もし見つけたら莉子のスマホに連絡してくれ」
ルナは自分のスマホを持っていないので、俺のスマホを渡した。使い方を教えると、すぐに駆けだしていく。
よし、次はチラシを作って情報提供をしないと。SNSなども駆使して猫を探してもらおう。
「……ミィちゃん」
莉子の身体は心配になるくらい震えていた。青ざめながら何度も愛猫の名前を呟き、耐えるように自分の身体を抱きしめている。
「……大丈夫だから。絶対に見つかるはずだ」
落ち着かせるように彼女の震える手を包んであげる。血の気が引いたその手は驚くほど冷たくなっていた。その不安に襲われた身体を少しでも解消させたくて、笑顔で言葉をかけてあげる。
「……うん、ありがとう隆史君」
※ ※ ※
莉子の家に立ち寄り、パソコンで猫の特徴と電話番号を掲載したチラシを作る。
「どうしよ……どうしよう……もし、事故にでもあっていたら……」
うわ言のように何度も何度も繰り返す。そのたびに手を握ってやり、落ち着かせてあげた。
作ったチラシをSNSに投稿し、次に向かったのが誰もが利用する、よく目にし気軽に訪れることができるコンビニ。店頭にチラシを張らせてもらえれば、沢山の人に見てもらえる。
そう思っていたのだが……。
「うーん、そういうのはちょっとね……」
返ってきた言葉は芳しくないものだった。
店長さんにお願いしたところ、困った表情を浮かべ、後頭部をボリボリとかいてる。
「うち、そういうのは断ってるんだよね」
「そ、そんな……」
出鼻をくじかれてしまった。もちろん、断られることは念頭に置いていたのだが、まさか一軒目から断られるとは。
「前はね、地域の交流としてそういうのも張ってたりしてたんだけど、最近は上がうるさくて」
「……わかりました」
莉子が落ち込んだように俯き、踵を返して店から出ようとした。
しかし、俺はどうしても諦めきれない。なぜならここは駅前から最も近いコンビニ。ここに住んでいる人なら帰り道に利用し、最も人の目につきやすいコンビニだからだ。
「お願いします! 二、三日だけでもいいんです! 少しの間だけでも張らせてください」
土下座する勢いで店長さんに頭を下げた。店からしたら迷惑この上ないことなのは重々承知。けど、ほんの少し、ほんの少しだけでいいんだ。
「ち、ちょっと……そんな風に頭を下げられても……」
「お願いします!」
店長さんの困った声が頭上から降ってくるが、それでも頭を下げ続けた。そんな俺の様子を見ていた莉子が、隣で同じように頭を下げる。
「お願いします……っ!」
隣から聞こえる涙声が混じったお願い。俺たちは一心不乱に頭を下げ続けた。
「……はぁ、わかったわかった。目立つところは無理だけど、それでもいいなら張っておくから」
「あ、ありがとうございます!」
根負けした店長さんが張ることを認めてくれた。その言葉に俺と莉子は歓喜の声を上げる。ここに張れるのと張れないとじゃ全然違っていただろうからな。
チラシを一枚渡し、先に莉子をお店から出て行ってもらう。
「張ってもらってよかったね!」
お店から出た後、店先で待っていた莉子が喜ぶの声で迎えてくれた。よほど嬉しかったのか、飛び跳ねる勢いで沸きあがる喜びに身を任せている。
「ほんとよかった……はい、これ」
莉子にコンビニで買ったお茶を渡す。わがままを言って張らせてもらったんだ、なにかしらの買い物をしてお礼はしないと。
「あ、ありがとう……」
「いいよ、お茶くらい」
「お茶もだけど、あんな風に頭を下げてもらって……隆史君が一生懸命にお願いしてくれたから、張ってもらうことができたんだもん。本当に感謝しかないよ」
「俺なんかの頭で張ってもらえるなら安いもんだ」
ペットボトルを口につけ、お茶を流し込んだ。キンキンに冷えた清涼飲料が喉を伝い、疲れた身体や心を癒してくれるように全身に元気を与えてくれる。
茜色に染まった空が頭上に広がる。夕暮れの少し憂愁を秘めた空が莉子を照らし、彼女の顔に朱色の色彩を輝かせた。
このままだとまずいな……。
聞こえてくる帰宅促す音色。それは茜色が深刻の闇に変わることを告げる合図だ。
莉子の飼ってる猫は黒い体毛を包む黒猫。時間が経てば経つほど見つけづらくさせる。
「ここからは二手に別れよう。俺はこのまま他のお店にもチラシをお願いするから、莉子はルナと同じように辺りを探して来てくれないか」
「うん、わかった」
同じことを考えていたのだろう。彼女は追い詰められたように大きな汗で額を濡らし、迫りくる時間や不安から焦燥感に駆られ、落ち着きなく指を小刻みに動かしている。
「タイムリミットが来たら莉子の家で落ち合おう。ルナにも連絡しておいてくれ」
制限時間を告げ、俺たちは二手に別れた。




