17話 ラブコメの主人公になる!
学校が終わり、皆で莉子の家にお邪魔した。ルナが莉子の飼ってる猫に会いたいらしく、寄りたいと言ったからだ。やはり昔の知り合いの体調が気掛かりなのか、家にお邪魔するとすぐに話しかけていた。
「ふむふむ」
猫の前でしゃがみ込み、なにやら会話をしている。こちらからはなにを話しているかはわからないが、ルナは色々と話し込んでいた。
「ミィちゃんなんて言ってるの?」
そんなルナたちの会話が気になるのか、莉子が尋ねる。
「莉子が泣いてるとき、あやすのは大変だって」
「あはは、そうなんだ」
「莉子が嬉しそうにしているときは、決まって同じ話題を言ってる、と。いつも隆史のことを話しているときは嬉しそうにしてるって言ってるぞ」
「そ、そういうことは言っちゃだめー!」
恥ずかしいのか、チラチラと俺の様子を窺ってくる。
……気まずい。
こういうときはどうすればいいのか。三つのやり過ごし方を思いつく。
まず一つが「あはは、困ったな……」と困ったような態度をして茶を濁す。
二つ目が「えー、まじ! 俺のこと話しているとき、そんな嬉しそうなの-!?」とチャラ男のように振る舞う。
三つ目が「え、今なんて?」とラブコメの主人公のように、耳が遠くなる。
まず二つ目はありえない。俺はそんなキャラじゃないし、莉子の想いを聞いているということはそれに対してなにかしらの答えを出さないといけない。残るは三つ目と一つ目だが、同じような理由で一つ目も除外。困ったなと、一見茶を濁して逃げれているように思えるが、やはり莉子の想いを聞いてるのは変わらない。なにかしらの答えを出さないと。
最後に残ったラブコメ主人公の立ち回り。これが一番最適解だろう。なにしろ聞いてない風を装うことができるのだから、答えを出さなくてもいい。
「え、今なんて?」
俺はラブコメ主人公になる!
「へー、そうなんだ!」
「うん、この子は昔からそんな感じだったぞ」
俺が色々考えてる間に別の話題に移っていた。聞こえないふりをするつもりだったが、ほんとうに聞こえてないと思われたらしい。
ま、それならそれでよかった。ここに紬がいなくてよかった。いれば目ざとい紬のことだ、徹底的に責められていただろう。
「隆史ー、今聞こえないふりした?」
いたわ。そういえばこいつも一緒に来ていたんだった。
「いや、ほんとうに聞こえなかった」
「ほんとうにー?」
「ほんとほんと」
「なんか莉子は隆史の話題のとき、嬉しそうにしてるんだって」
「え、今なんて?」
「都合のいい耳だな!」
くそ、やっぱり面倒だな。
「ルナっちって猫と話すことできるの?」
「メルヘン少女だから」
「ふーん……あたしと二人のときも莉子はよく隆史の話をしてるんだよ」
「……あ、聞こえてなかった」
「都合のいい耳すぎて、ゴーストライター雇って作曲家にでもなれるんじゃない?」
古すぎるツッコミをされてしまった。今の時代、どのくらいの人がこのネタわかるんだろう。
チリンチリンと、鈴を鳴らす音が遠ざかっていく。莉子の猫が部屋から出て行ったのだ。
「なんかね、最近ミィちゃんが元気いいんだ。このままずっと元気でいてくれればいいのに」
「そうか、それはよかった」
心からそう思ったのだろう、ルナが胸を撫でおろす。
「そんなに心配してくれてありがとうルナちゃん」
チリンチリンと鈴を鳴らしながら猫が帰ってきた。意気揚々としているように見え、なにか口に咥えている。莉子の足元に近付き、咥えているなにかを落とした。
「ん、なにかくれるの?」
笑顔でしゃがみ込み、猫が落としたのを見つめ、彼女は石のように固まった。黒い物体、誰もがそれを嫌い、見ただけで発狂する者さえいるであろうその正体はゴキブリだった。
「ぎゃぁぁああああ!!」
「ご、ゴキブリ―!!」
阿鼻叫喚に悲鳴が上がる。バタバタと走り回り、ルナ以外は黒い物体から離れようと遠ざかった。
「た、隆史! それを早く処理してよ!」
「な、なんで俺が!?」
「男を見せるところでしょ!」
紬め、いやなことを俺に押し付けやがって……。
とりあえずティッシュを手に取り、黒い物体に近付く。ピクリとも動かないようすからして、ご臨終を迎えてると思われる。それでも気持ち悪いものは気持ち悪かった。
なるべく直視しないように、手だけ限界まで伸ばし、ティッシュで包み込みその物体拾い上げる。
き、気持ち悪い……。
ゴキブリの感触がティッシュに越しに伝わる。
は、早く捨てよう……。
待てよ、こんな目に合わせた紬に復讐する機会なんじゃないか?
「うわあああ、手が勝手にー!」
抑揚のない棒読みの演技、明らかなわざとらしい芝居。しかし、それでいいんだ。あえて演技っぽくすることで、復讐していると伝えることができるから。
ゴキブリを掴んだ右手を紬に向かって差し出し、追いかけまわした。
「ぎゃぁぁああああ、こっち来るなー!」
「え、今なんてー!?」
「聞こえてるだろー!」
聞こえないフリを続けたまま、ひたすら紬を追いかけまわした。




