16話 一緒にお昼ご飯を食べよ
昼休み、ルナは莉子たちに呼び止められていた。
「ルナちゃーん、一緒にご飯食べよう」
「うん、いいぞ」
学校になるべく早く馴染めるように、莉子が積極的に声を掛けてくれたり、気を使ってくれていた。これなら俺が心配することはなさそうだ。
「これお弁当」
ルナの分の弁当を渡して、教室を出ようと踵を返す。すると、手首を掴まれ引き留められた。
「どこに行く隆史」
「どこって、ご飯を食べに」
「莉子たちと一緒に食べるんだろう」
え、これって俺も一緒に食べる流れなの?
ルナに続くように莉子と紬が俺に声を掛けてくる。
「隆史君も一緒に食べようよ!」
「ハーレムだねー」
莉子と紬が笑顔で迎えてくれた。一人は穢れを知らない純白な笑顔で、もう一人は穢れに染まり切った邪悪な笑顔で。
ええ、こんな女子たちの中で食べるの……めっちゃ嫌なんですけど……。
ラブコメとかで女子たちにハーレムのように囲まれ、ウハウハしている主人公がいるが、あんなの幻想だ。実際はかなりキツイ。話が合わないし、周りの視線も痛いし、できればごめんこうむりたい。
「そ、そんな嫌そうな顔しないで……」
考えていることが顔に出ていたらしい。相当嫌な顔していたのか、莉子が申し訳なさそうにしていた。できれば、このままさっさと教室から出たいところだが、俺の手首を掴む人物がそれを許してはくれない。
「隆史、ご飯を一緒に食べるぞ」
「……わかったわかった。一緒に食べよう」
白旗を上げて逃げることを諦める。
それぞれの机を合わせて、大きな一つの机にし、その上にお弁当箱を広げようとしたとき、ルナが紬に声をかけた。
「紬、可愛いな」
「……へっ!?」
ルナの急な言葉に、紬が素っ頓狂な声を上げる。かくいう俺も莉子も、いきなりのことに固まってしまった。
「どこに住んでるんだ?」
「え、学校から十分くらいのところかな」
「会えるか?」
「今、会ってるじゃん……」
「何歳だ?」
「同い年に決まってるでしょ」
「今暇か?」
「お弁当食べるんでしょうが!」
「てか、ラインやってる?」
「やってるけど」
「…………」
立て続けに紬に質問していたルナだったが、期待していた答えが返ってこなかったのか、項垂れ始める。
「どういうことだ、隆史……全然伝わらないじゃないか……」
ルナのやろうとしたことがわかった。昨日言われた通り、遠回しに交尾を誘おうとしていたのだろう。
「しょうがない、俺がもっと実践的な方法をレクチャーしてあげよう」
「ほんとうか!」
「まずは、手相を見てあげるって言って女性の手を掴むんだ。こうすることで、さりげなく女性の手を触れることができる。その時、さりげなく手相を見る視線の動線の先に、相手の胸が見えるように合わせておく、そうすることで胸の谷間を見ることができるぞ」
「……よくわからない」
「隆史君、おじさんがキャバクラで使うテクニック教えちゃだめだよ!」
「というか、女子しかいない場でよくそんな発言ができるな……」
あの紬にも呆れられてしまった。
む、このテクニックは古来から伝えられるやり方だぞ。馬鹿にするな。
「ルナっちは隆史とお弁当一緒なんだね」
「うん、隆史が私の分も作ってくれた」
「へー、そうなんだ」
ルナがお弁当を広げる。お弁当の中身は食べやすいようにと、手でも食事ができるおにぎりを。おかずには、箸を使うのがまだ不慣れなルナのために、フォークでも食べられるよう玉子焼きとウィンナー、ミートボールを入れてある。
俺のは同じようなお弁当に少し量があるくらい。
「なるほどなるほど……ねえ、お弁当のおかず勝負しない?」
「お弁当勝負?」
「そう! 誰のお弁当が一番美味しかったか勝負! お互いのお弁当のおかずを交換するの」
「ええ!?」
紬が変な提案をしてきた。それに対して莉子は気が乗らないのか、不満気な声を上げる。
まったく……やれやれ、仕方ないな。
「じゃあ、ルナ。俺たちで交換するか」
「そこでやっても意味ないでしょ!」
昆布が入ったおにぎりをルナに渡し、おにぎり交換する。一口食べると、中身は昆布だった。
「お弁当勝負って、どうやって勝敗決めるんだよ」
「一人一品ずつ出し合って食べて、誰がよかったか投票するの。もちろん、自分に投票するのは駄目。自分以外の人で。一番、票を集めた人の勝ち」
「うう……私、こんな日に限って自分で作ってきちゃった……いつもはお母さんなのに」
渋々、莉子はお弁当を机の上に置いた。
「それならちょうどよかったじゃん。じゃあ、まずは隆史のおかずから」
タッパーの上に卵焼きを置き、それを皆がつまんでいく。最初に口に運んだ莉子が絶賛の声を上げた。
「うん、美味しい! 凄い隆史君、料理上手なんだね」
それとは対照的に、紬は顔をしかめ難しい表情を浮かべていた。
「あー、なるほど甘い方ね。あたし、あんまり甘い卵焼き好きじゃないのよね」
卵焼きの甘い甘くない論争は尽きることないし、好みの問題だからこれはしょうがない。
「ルナっちのは隆史と同じだから飛ばすとして、次は莉子ね」
「うう、やだなー……」
彼女が振る舞ったのは唐揚げだった。少し小さいサイズの唐揚げがタッパーに置かれる。それを摘まみ上げ口に運ぶと、柔らかい肉の食感とジューシーな肉汁が口に広がる。
「うっま! 莉子めっちゃ美味しい!」
「うん、これは美味しい」
掛け値なしの称賛の声を上げる紬とルナ。しかし、俺はそんな二人とは違い難色を示す。
確かに莉子の唐揚げは美味かった。確実に俺の卵焼きより美味しい。けど、これは……。
「……おい、これ冷凍食品だろ」
「……あはは、わかっちゃった?」
「そんなのありかよ!」
「もちろんありよ」
抗議の声を上げるも、紬に否定されてしまう。
だめだめ、これ反則だよ! ズルだよこれ! まじルール違反だよ! ルール違反!! そんなの俺が許しても、某歌い手が許さないよ!!
「お弁当のおかず勝負って言ってるんだから、冷凍食品もありに決まってるじゃん。誰も手作りお弁当なんて言ってないし、冷凍だって立派な愛情があるご飯よ」
……くっ! 確かに、お弁当のおかず勝負しか言ってないし、急に決まった勝負なんだから手作りだけなんて無理がある。
そう考えると、莉子のお弁当は認めるしかない。
「じゃあ、最後はあたしね」
不敵な笑みを浮かべ、紬がお弁当を机の上に置いた。彼女のお弁当は仰々しい形をしていた。俺や莉子のお弁当は四角い形をしているのに対し、紬のお弁当は円柱の形をしていて縦に長い。
そのお弁当箱には見覚えがあった。スーパーでお弁当箱を買いに行った時、羨ましくて、けど高くて指を咥えて眺めるしかなかった商品。
「こ、これは……保温弁当!」
「ふふふ……そうあたしが持ってるのはホッカホカのご飯が食べられる保温弁当箱!」
ず、ずるすぎる……そんなの勝ち目なんかあるわけないだろ! 同じおかずが並んであったとして、温かいのと冷たいのだったら誰もが温かい方を選ぶに決まってる。
「こ、こんなの出来レースだろ……」
「負け犬の遠吠えなんて聞こえませーん!」
紬がじゃーん、と効果音を口に出しながら蓋を開けると、ホッカホカの白いご飯が容器に入っていた。
「あ、あれ? あ、こっちがおかずの方かな」
別の容器に手を掛け、またもや効果音を自分で言いながら蓋を開ける。そこにもホッカホカの白いご飯が。違いがあれば、こちらの容器のご飯には梅干しが乗っていた。
「あ、あれ……二つともご飯って……あれ?」
「…………」
あたふたしている紬を尻目に、俺は笑いが止まらなかった。
「だーはっはっはっは! ご飯だけってまじかよ! おいおい自分から仕掛けておいて不戦敗ですかー!?」
「お母さん間違えたな……じゃあ、あたしは白いご飯で勝負するわ!」
「お弁当のおかず勝負だろ。白いご飯だけじゃ話にならねえよ」
「う、梅干しがあるわよ!」
「どうやって一個の梅干しを三人で分け合うんだよ」
「三人で梅干しの端を食べればいいじゃない!」
「合コンかよ!」
紬がどれだけ粘っても駄目なものは駄目。
これは勝負が決まったな。
「じゃあ、多数決するまでもないけど、誰が良かったか指差し合うか」
もちろん莉子以外は全員、唐揚げを提供した莉子を指差す。ちなみに、当たり前だが莉子は俺を指差した。
勝負も決したところで、それぞれが自分のお弁当に箸をつける。
「うぅ……白いご飯だけじゃ箸が進まない……」
紬が涙目になりながらお弁当を食べる。梅干しを大事そうにちょっとずつ齧りながら白いご飯を口に運んでいる姿は、あまりにもみすぼらしく哀れである。
「……ほら。好きなの取れよ」
さすがに白いご飯だけ食べてるのは可愛そうなので、おかずを分けてあげた。取りやすいようにお弁当を差し出し、好きなのを食べていいぞと伝える。
「……いいの?」
「さすがに見てられん」
「紬ちゃん、私のお弁当も食べて食べて」
「隆史と同じ内容の弁当だが、私のもいいぞ」
俺に続くように、莉子もルナもお弁当を差し出す。
「みんな、ありがとう……」
紬が涙目になりながら感謝を告げる。そして俺のお弁当から、ミートボールと卵焼きとウィンナーを取っていった。
「お前取りすぎだろ!」
「好きなのって言ったじゃん!」
「ちょっとは遠慮しろー!」
「こっちは白いご飯が二つもあるんだぞ! おかずもそれだけ多くいるの!」




