表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/107

15話 ルナの力の秘密

 授業が終わり、廊下に立たされていた俺は教室に戻ると、席の周りで人だかりができていた。

 いわゆる転校生を囲い質問責めの時間。

 ルナのような容姿に、猫耳をつけて少し変わった雰囲気を纏った転校生なんて面白そうな話題、飛びつかないほうがおかしい。

 まるで不祥事を起こした芸能人を取り囲む記者のように、俺の席を巻き込んだ人だかりは隙間が一切なく、席に戻れずに立ち往生してしまう。


「ルナちゃん、凄い人気だね」


 いつの間に隣にやって来ていたのか、莉子が話しかけてきた。


「確かに、まるで初来日したビートルズ並みだな。いつか誰かが失神するぞ」

「……えっと、古すぎてよくわからないけど」


 なに!? 初来日したビートルズを一目見ようと、失神する人がいたとかいなかったとかいう伝説の来日だぞ!


「ルナちゃんと話したかったんだけどこれは近付けそうにないね」


 苦笑いを浮かべながら、残念そうに呟いた。

 莉子からしたら、校門で心待ちにしていたくらい、ルナとの話すのを楽しみにしてたもんな。


「余計なことを言わなきゃいいんだけど」

「ルナちゃんなら大丈夫だよ」


 俺はあいつのせいで、さっきの授業怒られたうえ廊下に立たされてたんですけど?


「ルナさんってハーフ?」

「どこの国から来たの?」

「銀髪綺麗だね! それって地毛?」

「猫耳可愛いねー。いつもそういうの付けてるの?」

「目の色が左右で違うのってオッドアイって言うんだっけ?」


 と、矢継ぎ早に質問されているのが聞こえる。人だかりの間から覗くようにルナの状況を窺うと、困ったように眉尻を下げていた。

 辺りを見回し、誰かを探しているようすは、迷子の子供のように見える。


「まあまあ、そんな一気に質問されても困らせてしまうだけだよ」


 捲し立てるように聞かれる質問を制したのは、小柄な体形にツインテールの髪型を下げた紬だった。


「あたしが代表で質問してあげるから。あ、名前は野々宮紬っていうの、紬って呼んで」


 なぜお前が代表で質問するかは疑問だが、クラスメイトも収拾がつかない状況に困惑していたのか誰も不満の声を上げない。


「えっと、まずは……ナイストゥミートユー?」


 そのボケはもうやったから!


「私は日本語しか話せないぞ」

「あ、そういえば自己紹介、日本語だった」


 莉子に同じようなボケをされていたおかげか、ルナは冷静に返していた。


「あたしが気になるのは、こんな美人な子に彼氏がいるかどうかでしょ! そこで質問なんだけど、ルナっちは彼氏がいるの?」


 皆を代表しての質問が、紬の質問に変わってる。


「彼氏? よくわからないが、いないと思う」

「隆史とは一緒に住んでるの?」

「うん、一緒に住んでる」


 その言葉にクラスがざわついた。

 あ、この流れはまずいな……。

 俺は右ひざを曲げ、左足を伸ばしストレッチを繰り返した。

 一……二……三……四……。


「それはそれは、ラブコメ展開だねー。変なことはされてない?」

「変なこと?」

「うーん、例えばラッキースケベ的なこととか」

「ラッキースケベがよくわからない……」

「裸を見られたとか」

「それは見られたことあるぞ」


 一気にクラスの温度が上がった。教室内の空気は張り詰め、少し力が加われば破裂しそうな危うい緊迫した雰囲気が漂っている。

 今度は左ひざを曲げ、右足を伸ばし軽く屈伸を繰り返す。

 二……二……三……四……。


「へ、変なところは……さ、触られてない?」

「うーん、触られた」


 耳をな。

 ……よし、身体がほぐれてきたかな。

 ルナの誤解を招く発言に、目を吊り上げたクラスメイトの視線が背中に刺さる。まるで今にも人を殺しかねない血走った無数の目は、泣く子も黙るだろう。

 ……逃げるか。

 転がるように教室から飛び出る。そして背後から聞こえてくる怒声。


「う、宇上ー!」


 それが合図かのように、怒涛の足音が迫ってくる。振り返ると般若の顔をしたクラスメイトが追いかけてきていた。

 うおおおおおおおお!! やばい、やばい、やばい!! 捕まったら殺される!!!

 地面を蹴り上げ、廊下で何事かと驚く生徒たちの間を縫うように進み、無我夢中で走り続けた。


「隆史、なぜ彼らは怒っている?」


 銀髪の転校生が隣を並走する。

 て、こいつめっちゃ速い!?


「……くっ……ふっ……っ!!」


 お前のせいだろうがっ!!

 糾弾をしようと口をパクパクを動かすも、出てくるのは声にならない呼吸音だけ。叫びながら走るってめっちゃ難しくない!?

 しかし、そんな鯉のように口をパクパクしている俺とは違い、ルナは涼しい顔で隣を走りながら話しかけてくる。


「隆史、なにを言ってるか聞こえないぞ」

「はぁっ、はぁっ……っ!」


 俺から漏れる声は荒い息遣いのみ。肺が圧迫されるような苦しさを無視し、もつれそうになりながら足を懸命に動かす。

 とりあえず、このまま逃げてても追いつかれる。どこかに隠れてやり過ごそう。

 今、俺が駆け回ってるのは二階。ここから上階に行くか下階に行くか。普通に考えるなら下階だろう、一階に行けるし、なんなら外にも出れて、逃げたり隠れたり選択肢が増える。上階に行ってしまうと、袋の鼠。階段を塞がれると、もう逃げられない。

 しかし、ここは敢えて上階に行こう! 相手の裏をかく! 敵に襲われたときも死んだふりが意外と有効という話を聞いたことがあるし、愚策が有効策なこともある。

 階段を二段飛ばしで駆け上がっていく。俺の意図を察したのか、ルナが先行して階段を上り手招きする。


「速く速く」


 うっぜぇぇぇええええ!! 原因のお前が急かしてんじゃねええええ!!

 と言いたかったが、俺の口からは荒い呼吸しかでない。大声を出してる酸素の余裕すらない。

 三階に辿り着くも、そこの階には寄り道せず、そこからさらに上階を目指した。それより先は屋上しかない。たぶん、この状況において最も愚策であろう選択肢を取っている。何度も言うが、愚策が有効策なこともある。

 少し厚みがある屋上の扉を体当たりするように叩き開けた。小動物の鳴き声にも似た軋む音が響き、少し強い風が前髪を靡かせる。

 膝に手をつき呼吸を整える。一緒についてきていたルナは、一つも呼吸を乱すことなく平然としていた。

 ……さすが猫だな。


「……言いたいことは色々あるが」

「む、なんだ」


 怒られると思ったのか、ルナがさっと身構える。眉をひそめて臨戦態勢に入っていた。


「とりあえず、これからはあの人を操る力は使うの禁止」


 希さんや先生たちに使っていた不思議な力。どういう理屈かはわからないが、流れや人の気持ちを無視した力は使っていい物ではないと思う。


「それはなぜだ。便利だろう」

「人の気持ちを無視して操るっていうのはあまり好きじゃないんだ。そっちではわからないけど、人間の世界では使ってはいけない」

「……む、納得いかない」


 頭ごなしに否定されたからか、露骨に不機嫌な表情を浮かべていた。そして、前髪が彼女の瞳を覆い影を差す。


「……隆史は、この力が嫌いなのか?」

「……好きじゃないってだけだ」

「そっか、嫌いじゃないならよかった」


 言葉を濁す、汚い返事をした。

 そんな俺の思いとは裏腹に、ルナの顔はぱぁっと花が咲いたように明るくなる。


「妥協案として、特定の条件下なら使ってもいいことにしよう。俺かルナが危ないときだけ使う、これならどうだ」

「……うん、わかった。危ないときってのは私が判断するからな」


 まあ、ここが妥協点だな。

 ルナも最大限譲歩してくれてるし、これ以上を求めるとお互いに頑固になって喧嘩になりそうだ。


「てか、あれはどういう原理なんだ。どうやって操ってるんだよ」

「夢を見させてるんだ」

「……夢?」


 夢って、寝てるときに見る夢のことか?


「隆史の願い事を叶える、言い換えれば夢を叶える存在。私はそんな夢みたいな存在なんだ。人に夢を見させて操るなんて造作もない」


 いや、全然俺の願い事叶ってないんですけど、恩返しどころか仇で返されてるんですけど。


「夢を見させて、記憶を少し弄る。そうすると弄られた本人はそれが現実だと思い込む。そうやって操ってるんだ」


 聞けば聞くほど使ってはいけない力だと思えてしまう。めちゃくちゃ危ない力じゃねえか。

 もし悪い人がルナの力を悪用していたらと考えるとゾッとしてしまった。


「さっきの条件は絶対に守ってくれよ」

「うん、わかった」


 念を押すと素直に頷いてくれた。ルナは言ったことは守ってくれる、そこだけは信用しているのでとりあえず一安心だな。

 教室に戻ると、莉子がクラスメイトの誤解を解いてくれていて、皆の怒りは静まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ