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11話 お箸の練習

「ほんとーに、すいません!」


 頭を下げ、希さんに平謝りする。もし今座ってるのが椅子ではなく、畳の上であればジャンピング土下座でも土下寝でもなんでもした。それぐらい俺はとんでもない失態を犯したのである。

 ゲームに夢中で晩御飯を作るのを忘れていた。


「いいのいいの、たまには楽したって罰なんか当たらない」

「いや、本当にすいません!」

「たまにはこういうのもいいよね」


 笑顔で許してくれる希さんが聖母に見える。俺が家事をするようになってご飯を作るのを忘れることなんて初めてではないだろうか。それくらい家事全般に関しては責任を持ってやっていたし、俺が唯一手伝えることなのに、それを忘れるなんて万死に値する失敗。

 今それぞれの目の前には温かい料理が並んでいた。いや、一人の料理は温かくないんだけど。今から作っては遅い時間になるため出前を頼んだのだ。俺はラーメン、希さんはロコモコ丼、ルナはまぐろ丼。

 三人前の出前を頼んだら二千円以上の料金を取られた時は引いた。いや、ほんとに自炊したほうが安い。もう二度と迷惑をかけないことを誓う。


「ほんと気にしなくていいのよ。逆に嬉しいの、それだけ夢中に遊んでたってことだし。さ、もう麺が伸びちゃうし、食べよ食べよ」


 手をパンパンと叩き、切り替えてご飯を食べよと言ってくれる。その心遣いがありがたいような申し訳ないような。

 俺の心情などどうでもいいのか、原因の一因でもある元野良猫が能天気な声を上げる。


「隆史、フォークがないぞ」


 まぐろ丼をフォークで食うとか聞いたことがないぞ。でも、ルナはそれ以外では扱えないし仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。


「実はルナちゃんのためにあるものを買ってきたの」


 希さんは鞄から何かを取り出した。


「じゃーん、トレーニングお箸!」


 手に持っているのは小さい子が練習で使う、箸に補助が付いた、正しい持ち方を身に着くことができる矯正器具付きのお箸。


「ルナちゃんはこれでお箸の持ち方を練習しようね」

「フォークでは駄目なのか?」

「フォークだと食べにくい物とかもあるし、今後のためにこれで練習しよ」

「うん、わかった」


 ルナの隣に座る希さんが説明書を見ながら、手取り足取り教え、お箸を持たせる。しかし、ルナは慣れない箸が辛いのか、右手は明らかに力んでいるし、眉間に皺を寄せていた。


「む、これは難しい。本当にこれで食べないといけないのか?」

「慣れると使い勝手がいいのよ。ほら、隆史君なんか器用にラーメンを食べてるでしょ」


 二人の様子を見ながら、ラーメンを啜る。


「わかった、やってみる。ゲームの下手な隆史ができるのであれば、私にもできるはずだ」

「…………」


 威勢のいい言葉とは裏腹に、中々刺身を掴めない。悪戦苦闘をしながら何度もご飯の上に乗っているまぐろを掴んでは落としている。


「む、難しい……」


 そのようすを見て、思わずほくそ笑んでしまう。

 ふふ、はははは、あーはっはっはっは! おいおい、どうしたどうしたよ! 器用なルナさんならできるんじゃないんですか!?


「最初は誰だって簡単に出来ないからしょうがない。隆史君からもアドバイスとかない?」


 ほくそ笑む姿が微笑んでいるように見えたのか、希さんに助言を求められた。


「……右手に力が入りすぎてるんだよ。それに上の箸と下の箸が上手く合わさってない」

「な、なるほど……」


 俺の助言を聞いても上手く箸を使いこなせてない。眉間の皺は深くなり、このままだと痺れを切らして箸で刺身をぶっ刺しかねない。

 仕方ない……。

 溜息を吐き、ルナの隣に回って手を取る。


「ガッチガチやん! めちゃくちゃ力が入ってるじゃねえかよ!」

「す、すまない……力を入れてるつもりはないのだが……」

「力を抜けって、手は箸に付いてる器具に添わせるだけでいいから」

「こ、こうか?」

「そうそう」


 わかりやすいように、隣でお箸を持ち見せてあげる。


「上の箸を親指、人差し指、中指で動かして下の箸は固定したまま。そうそう、そんな風に」


 上下に箸を動かし、なにもない空間を掴むようにして見せてあげると、それに倣うようにルナも上下に箸を動かす。


「それで食べてみて」

「うん、わかった。やってみる」


 箸先が震えながら、それでもなんとか刺身を掴み口に運んだ。最後の方は箸に顔を近付けて、犬食いみたいになってなってしまったが、そこは妥協しよう。


「美味い! なんだこれは、この世とは思えないくらい美味い!」


 やはり猫だからなのか、まぐろに舌鼓を打っている。彦摩呂も顔負けなほどの称賛の声を上げ、頬が緩む姿を見て、思わずこちらの顔も綻んでしまう。


「ご飯と一緒に食べられるともっと美味しいぞ」

「そうなのか。隆史、もっと上手く使えるように教えてくれ」


 それからも俺はルナの近くで箸の使い方をずっと教えてあげた。彼女はまるでスポンジのように俺の言うことをみるみる吸収し、すぐに箸を上手く使いこなしていき、一人でもご飯を食べられるようになっていた。

 そして教え終わるころには俺のラーメンは麺が伸びきっていた。

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