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10話 煽り

 制服も貰い帰宅すると、ルナがリビングで少し悲しそうにしていた。


「大丈夫か?」

「うん、大丈夫」


 明るく振る舞おうとしてくれているのか、彼女の笑顔は無理をしているような気がした。

 久しぶりにあった友人は、今や寿命を迎えようとしている。悲しいはずがない。

 そんなルナを不憫に思い、別のことをして気分を紛らわせあげたいと思った。


「なんか気晴らしでもするか」

「うん、する……あれはなんだ?」


 ルナが指差した方向には、テレビの前に置かれたゲーム機が。


「ゲームだな。ちょっとやってみる?」

「うん、やってみたい」


 嬉しそうにテレビの前に座る。その背中を見ながら、俺はニヤリと不敵な笑みがこぼれるのが自分でもわかった。

 ふ、ふふふふ……。


「じゃあこれコントローラー」


 ジョイコンというコントローラーを渡してあげる。ちなみに俺が持ってるコントローラーはGCコントローラー。


「これはどうやって持つんだ?」


 ジョイコンを横持ちにさせ、手本を見せるように両手で持った。コントローラーを返すと、俺の手本通りに両手でジョイコンをしっかりと握りしめた。

 画面に表示されるスマブラというゲームのタイトル。進めると、キャラクター選択画面になり、画面の隅々まで敷き詰められたキャラクターのアイコンが写った。


「どれが強いんだ?」

「このゴリラみたいなドンキーってキャラが強いぞ」


 ふぅん、とあまり興味がなさそうに、しかし俺が教えたとおりにドンキーを選ぶ。

 俺はサムスというキャラを選択した。


「隆史はよくこのゲームをやってるのか?」

「いやいや、全然。友達が少ないし、一人でやっても面白くないゲームだからあんまりやってないんだ」


 嘘だ。俺はこのゲームを一人で百時間以上もやってる。

 ルナめ……よくも希さんや莉子に俺が交尾したいなどと嘘を吹聴してくれたな……。

 まだ莉子は許せる、しかし希さんに言ったことは許せない。あんな報告されたら顔を合わせづらいだろうが。

 ここはしっかりお灸を据えてやらないとな……。

 対戦が始まり、俺のキャラであるサムスと、ルナのキャラ、ドンキーが向かい合う。操作も覚束ないルナは、なすすべもなく俺のキャラにボコボコにされ、ステージから落ちていき残機を減らした。


「なぜ隆史のキャラは屈伸を繰り返してるんだ?」

「筋トレしてるんだよ。こうするとキャラが強くなるんだ」


 もちろん嘘だ。これは煽り行動。相手をマップ外に弾き飛ばした時に、挑発する煽り行動の一つ。

 ドンキーがステージに復活するも、俺は一切の攻撃の手を休めることなく、ダメージパーセンテージの数字を増やしていく。復活したのも束の間、すぐにステージの端に吹っ飛ばした。


「今度はなぜ高速で左右にステップを繰り返してるんだ?」

「筋トレ筋トレ」


 もちろん嘘だ。これも煽り行動。瞬く間にルナのストックは無くなり、あっという間に決着が着いた。


「これは私の負けなのか?」

「俺も初心者なんだけどなー。いや、ルナも結構すじはいいと思うぞ。けど、俺の方が少し上手かったなー」


 ふふふ、ははははははは!!!

 心の中で高笑いが止まらない。

 ああ、他人から見たら最低だろう。しかしなんと言われようと、悪魔だ魔王などと罵られようが俺はこいつを地獄に突き落とす!

 どうだ、思い知ったか! 俺を怒らせるとどうなるかその身に思い知れ!

 デスノートの月ばりに顔を歪ませ勝利の余韻に浸る俺に、ルナは百万ドルの笑顔を向ける。


「隆史とゲームするのは面白いな。もう一度やりたい」

「…………」


 そんな笑顔を向けられると、多少……ちょっとだけ……ミジンコの毛ほどの罪悪感が湧くじゃないか……。


「ガードはこのボタンで、このボタンを押しながらスティックを倒すと強い攻撃が出せるぞ」

「ふむふむ、なるほど」


 さすがに操作方法も教えてないのはフェアじゃないからな。


「よし、わかった。次は勝つぞ」


 それから夜の帳が下りるまで、ルナとはゲームをやり込むんだ。


     ※ ※ ※


「隆史君、ルナちゃん、ただいまー」


 もうそんなに時間が経っていたのか。玄関から希さんが帰宅する声がリビングまで響いた。彼女はスーツ姿のままリビングに入って来て、ゲームに没頭する俺たちを見て、嬉しそうに微笑んだ


「あら、二人ともゲームしてたんだ」

「あ、希。おかえり」


 希さんに気付いたルナが挨拶を交わした。俺はというと画面を食い入るように見てゲームに集中する。なぜならそれどころではないからだ。


「二人でゲームなんて仲良いのね。どっちが勝ってるの?」

「今、十連勝中だな」

「十連勝もするだなんて、隆史君は大人げない。もう少し手加減してあげないと」

「いや、私が十連勝中だ」

「……え」


 そう、ルナは今十連勝中。つまり俺は十連敗中。そして、十一連敗目に向かって進んでいた。俺のキャラがマップ外に弾き飛ばされたのだから。


「えっと……ルナちゃんはどうして屈伸を繰り返してるの?」

「筋トレらしい。こうすると強くなると教えてもらった」


 ギリ……っ!

 思わず歯を強く噛み締める。もう何度この煽り行動食らったかわからない。

 俺のキャラ、サムスが復活するもすぐにステージから弾き飛ばされる。なんとか復帰しようと試みるが、ドンキーが追い打ちかけるためにサムスの真上に飛んできた。上空からサムスに向かって拳を振り下ろし、なすすべもなく落とされる。十一連敗にリーチをかけた。


「ル、ルナちゃん……こ、今度はどうして……高速で左右にステップしてるの?」

「これも筋トレらしい」


 しかし、俺の表情を見た希さんが筋トレではないことを察し、困惑の表情を浮かべる。

 ルナああぁぁ……っ。

 心の中で燻る殺気を押さえられそうにない。もし俺がゲームの中に入ることが出来れば、このゴリラをボコボコにしてやるのに。が、無情にもサムスはあっけなく星となった。


「あはは……あらあら……」


 ドンッ!!

 俺は思いっきり拳を床に叩きつけた。


「こら、隆史君。物に当たらない」

「いや、違うぞ希。これは物真似らしい」

「物真似……?」

「うん、五連敗したあたりからドンキーの物真似をするようになった」

「それは、物真似じゃ……」

「私も物真似というのをやってみようかな」


 ルナがジョイコンを置き、俺に向かって手のひらを見せたまま両手を上げ唇をすぼめる。寄り目になり、ドンキーの代表である挑発の物真似をしだしたのだ。顔を小刻みに左右に揺らし、無駄に再現度が高いことが俺の怒りを煽った。


「…………」


 き、さまぁぁああああああ!!! ゲームで煽るだけでなく、現実でも煽るのはルール違反だろ!

 目の前がチカチカと真っ赤に染まった。もしここに拳銃があれば、迷うことなくこいつを撃ち殺していただろう。もしくは、こいつを○○○して△△△にし、両手で□□の■■を留めないほど◆◆◆◆に○○○、お前がやった※※※※をその□□に向かってやってやる!


「お、落ち着いて隆史君……ルナちゃんもその顔やめよっか……」

「うん。わかった」

「私もやってみていい?」

「え、希さんがやるんですか?」

「うん、駄目かな?」

「いいですけど……」


 希さんに場所を代わり、コントローラーを渡してあげた。

 百時間もプレイしてる俺が負けるほどだ。ほとんどゲームをしない希さんが相手ではルナに速攻で負けてしまうだろう。キリがいいところで止めないとな。

 しかし、予想外にも先にストックを減らしたのはルナの方だった。

 そ、そんな馬鹿な……。


「む、中々やるな希」

「あ、私が一回勝ったんだ、やったやった!」


 座りながらもぴょんぴょんと跳ね、全身で喜びを表現する。その後も二人は一進一退の攻防を繰り広げ、最終的には僅差でルナが勝ち星を上げた。


「やるな、希。隆史よりも全然手応えがあるぞ」

「ほんと、嬉しい! ルナちゃん、もう一回やろ!」


 隆史よりも全然手応えがあるぞ……隆史よりも全然手応えがあるぞ……。

 頭の中で何度もその言葉が反芻される。

 百時間もやっている俺よりも数時間、ましてや初プレイする人のほうが上手だと言うの、か……。

 その認めがたい事実に目の前が真っ暗になり、呆然とした。そして心に誓う。もうあのゲームは二度とやらないと。

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