12話 今までありがとう
「ルナー!」
慌てて倒れているルナに駆け寄った。
抱き起こすと、冷え切った体温が腕に伝わる。氷のように冷たくなった身体は、まるで彼女を今から消そうと思えて恐怖に感じた。
「……た、かし」
俺の呼び声に反応したのか、うっすらと瞼が開き、オッドアイの瞳が顔を出す。
この場に現れた俺が信じられないのか、眉間に皺を寄せた。
「……どうして、ここに?」
「ルナを探しに来たからに決まってるだろ! どうして勝手にいなくなったりしたんだよ」
「隆史が、私を忘れたところを見たくなかった……そんなの見るくらいなら、一人で密かに死のうと思って……」
そういうことだったのか……。
事実、俺はルナのことを忘れてしまっていた。
「大丈夫、もう忘れないから。ずっとルナのこと覚えてる。だからもう勝手にいなくならないでくれ」
「……もう、無理だと思う」
「どうして……俺はルナのことちゃんと見えてるし、覚えてるだろ!」
「隆史がなぜ思い出せたかはわからないけど、少しの間でも忘れてしまった。もう私が死ぬのも、時間の問題だ」
「そ、んな……」
「どんどん身体が冷たくなっていく。隆史が覚えてようが、関係なく私は死んでしまう」
少しの間でも寝てしまったせいだ……ルナが死んでしまうのは俺のせいじゃないか……。
「ごめん……俺が寝てしまったから……」
頬を伝う涙。
俺にもわかってしまう。彼女の身体はどんどん冷たくなっていることに、それはルナが言ってることが本当だということに。
「隆史の、せいじゃない。私のために必死に抗ってくれたこと、嬉しかった……」
「でも、結局は駄目だった……」
涙が止めどなく溢れてくる。
「隆史、泣かないで……最後に見る隆史の姿が泣き顔なんて、嫌だから……」
「……だって」
「ほら、笑ってくれ……せめて、最後は笑ってお別れしよ?」
「……うん」
そうだよな。俺がずっと泣いてちゃ、ルナも安心できない。だったら、最後くらい笑ってあげよう。
俺はもう大丈夫だって、一人でも大丈夫だって、そう思ってもらえるために。
無理矢理に口角を上げて、強引に笑顔をルナに見せてあげる。
俺、ちゃんと笑てるかな……こんな不細工な笑顔で、ルナは安心できるかな……。
それでも、そんな不細工な笑顔でも、ルナは安心したのか穏やかな笑みを浮かべてくれた。
「……っ」
笑顔を絶対に崩さないと思ったのに、平静を装い笑おうとしているのに、それでも目には大量の涙が溢れる。
「……ごめ、ん」
涙を止めないと。早く泣き止んで、笑ってあげてルナを安心させなきゃいけない。
なのに……。
「……だ」
そんなの、俺には……。
「た、かし?」
「いや、だぁ……」
俺にはそんなことできない。
「いやだ、いやだぁ!」
無理だよ、俺には笑ってお別れなんて無理だ。
「もう、いやなんだ……かあさんに捨てられて、父さんが死んで……これ以上、家族がいなくなるんていやだぁ!」
もう奪わないでくれよ……これ以上家族がいなくなるなんて俺には耐えられないよ……。
「……隆史」
「言ったじゃないかよぉ。ルナはずっとそばにいるって……ずっとそばにいるって言ってくれたじゃんかよ!」
子供のように泣きじゃくる俺を、ルナは申し訳なそうに瞳を伏せた。
「嘘をついてしまって、すまない」
「そんなのどうでもいい! 二人で家に帰ろうよぉ……あ、まぐろ一杯買ってやるよ! 百人前くらい買ってやるよ。はは、そんなに買っても食べきれないか」
「…………」
「なんとか言ってくれよぉ……ずっとそばにいてくれるだけでいいんだ……」
抱きかかえてる腕に力を込める。
ルナが離れないように、少しでも冷たくならないように。
「いつもみたいに、泣いてる俺を抱きしてめて慰めてくれよ……」
「……すまない」
泣いてる俺を抱きしめてくれた腕は、もう包んではくれなかった。
「ルナ、ルナぁ……っ!」
それからどのくらいそうして泣いていただろう。
涙も枯れ、静寂が二人の間を広がっていく。
「……う」
危ない、もう少しで寝てしまいそうだった。
今寝てしまったら、本当にルナは死んでしまう。
絶対に寝るわけにいかない。なにがなんでも起き続けないと。
「……隆史、今までありがとう」
「今までってなんだよ。これからもずっとそばにいるんだろ」
「隆史と過ごした日々は本当に楽しかった。一人で生きてきた私に、温もりを教えてくれた。親にも見捨てられた私に、愛情をくれた」
「当たり前だろ、ルナは俺の家族なんだから」
「ずっとそばにいたかった。けど、もうお別れ」
ルナの手が青白く光った。
「この力を使ってもいい条件は、私か隆史が危ないときだけ。そして今、その条件を満たしている」
「おい、冗談だよな……?」
「……隆史、さようなら」
俺の目の前に突きつけられた掌。
嘘でも冗談でもなく、ルナは俺に力を使おうとしている。
どう操ろうとしてるかはわからないが、これを見続けちゃだめだ。
「……っ」
それを見ないように、ぎゅっと瞼を閉じた。しかし、睡眠不足の俺にとってそれは致命傷。
瞼を閉じたせいで、一瞬意識が飛びそうになった。
思わず瞼を開けるも、目の前には青白く光るルナの手のひら。
「……や、やめ」
「隆史、ありがとう」
「やめろぉぉぉおおおお!」
強烈な光が俺を襲う。目を閉じることもできず、ただただその光を受け入れるしかなかった。
温かさを包んだような不思議な光。眩い光に包まれているはずなのに、徐々に目の前が真っ暗になっていく。
崩れ落ちるように地面に伏した。
「…………」
意識が落ちる寸前に聞こえてくるルナの言葉。
最後に彼女はなにかを呟いていたが、その言葉は俺の耳には届かなかった。
※ ※ ※
ベッドの上で目を覚ます。
ここは俺の部屋で、ベッドの上で寝ていた。
そんな当たり前のことなのに、なぜかはわからないが違和感があった。
「……い、た」
寝すぎたのかな、少し頭がガンガンと痛い。
ていうか、なんでこんなに部屋の中が汚れているんだ。読みかけの漫画が床に散らばってるし、エナジードリンクの空き缶がそこら辺に落ちている。
まったく記憶にない。エナジードリンクなんて普段飲まないのに。
「やばい、朝食の準備しないと!」
時計を見ると、もう朝食の支度が終わってないといけない時間。
慌ててベッドから飛び起きて、部屋から出た。
後ろ髪を引かれる思いがして、ふと振り返った。
なんだろう、この寂しさは。
俺は大事な何かを忘れているような気がする。




