11話 見覚えがある
ベッドの上には誰もいない。
当たり前のことなのに、そのことに違和感を感じてしょうがない。
まあ、いいや。とりあえず寝なおそう。
寝不足だからなのか、体調が悪いのは明白。横になった方が良いに決まっている。
なのに、まるで足が地面に縫いつけられたかのように、その場から動いてくれない。
どうしてだ……寝た方がいいのに、でも寝ちゃいけない気がする。
わからない。なんでそう思ってしまうかわからないけど、絶対に寝てはいけない。
例えようのない感情が、俺の中で渦巻いている。
とりあえず、眠気を取るために洗面所に向かった。
顔でも洗ってスッキリしよう。
「……うっ!」
洗面所の鏡に映る自分を見て驚いた。
……誰だ、こいつは。
そう思ってしまうくらい、変わり果てた自分が映っていた。
目の下のクマが墨で塗ったと思うほど真っ黒になっていて、疲れ切ったその表情は十歳ほど老けているように見える。
どうしてこんな風になるまで体調は崩しているんだ。
ズキッ、と軽い頭痛がする。
「……ぃ、た」
だめだ、これは耐えられない。なぜか寝てはいけないと思ってしまうが、とてもじゃないけど起き続けるなんて無理だ。
頭痛と吐き気と睡魔に耐えながら、千鳥足で部屋に戻った。
「……これ、なんだ?」
部屋に戻り目に入ったのが、机の上にある身に覚えのないぬいぐるみ。
「……なんだこの不細工なぬいぐるみ」
そのぬいぐるみを手に取り、じっくりと眺めてみるものの、買った記憶もないし、到底俺の趣味とは思えない見た目をしている。
なんでこんな変なぬいぐるみが部屋の中にあるんだ……。
突如、頭が割れるような痛みが襲う。
「……ぐ、ぁ……ぃ……」
絶え間なく襲ってくる頭痛。
そして脳裏を一人の少女が浮かんでは消える。
しかし、その少女には心当たりが全くない。
なのに、どうしてかわからないが、その少女がとても大切な人に思える。
……まあいいや、よくわからないけど、どうせ何かの広告で見たんだろ。
それよりも、これは本格的にまずい。
単なる風邪ならいいけど、この頭痛や身体の具合からして、体調を完全に崩している。
ひとまず病院に行こう。このままだと倒れてしまいそうだ。
頭を押さえながら、ふらつく足で家の外に出た。
――――チリンチリンッ。
鈴の音がどこからともなく聞こえてきた。
音の鳴る方に視線を向けると、そこには黒猫が座っていた。
首輪に鈴が付いていて、どうやら鈴の音の正体はあの黒猫から発せられたようだ。
俺のほうをじっと見つめてくる猫は、語りかけてくるようにその瞳を一切逸らさない。
「あの猫……」
どこかで見覚えがある。
そう、確か……莉子が飼っていた猫とそっくりだ。
けどそんなことはありえない。なぜならミィちゃんは亡くなったはず。
俺と莉子と……そして、もう一人いた誰かと看取ったはずだ。
そのもう一人……。
「が……ぁあ……」
またもや締め付けられるような頭痛が襲う。
「ぁぁ……あああ……っ!」
少女の姿が脳裏に点滅するように浮かんでは消える。
思い出せ……その人物は俺にとって大切な人のはずだ……っ!
命よりも大切な、かけがえのない人のはずなんだ!
「あぁ……はっ……」
思い出せと言わんばかりに、頭の中を押し広げようとするような頭痛が繰り返される。
あまりの痛みに思わず膝をつき、両手で頭を押さえた。
「ぁぁぁああああ!」
ずっと、ずっと側にいてくれた……どんなときも側にいて俺を導いてくれた少女……。
そう、その少女は……。
「……ルナ」
そうだ、ルナだ。
どうして俺は忘れていたんだ。
慌てて家に戻り、部屋で寝ているはずのベッドまで駆け寄る。
しかし、そこには誰もいなかった。
ベッドの上には、さっきと同じようにもぬけの殻になっていて、触ってもなにも掴めない。
「ルナ……ルナー!」
周りを見渡しても、ルナの姿はどこにも見当たらない。
くそ、どこに行ったんだ!
見えてないだけなのか、それとも亡くなって消えてしまったのか。
わからない、どこに行ったかはわからないけど、まだ生きていることを信じて探しに行くしかない。
もしルナ自身の意思でどこかに行ってしまったのなら、そんなに遠くには行ってはいないはず。
俺は一体どのくらい寝てしまっていたんだ。
壁掛け時計を見ると、最後に見たときから三十分ほど経っていた。
……これが二十四時間以上経過していないことを祈ろう。
ルナを探しに行くために、家から出る。
「ルナ、ルナー!」
名前を叫ぶも、うんともすんとも返事はない。
だめだ、まったく心当たりがない。
あんなに衰弱していたんだ、そんなに遠くには行ってないはずけど……。
そのとき、またもや鈴の音が耳を刺激した。
音の方には、鈴を付けた黒猫が。俺を待っていたかのように、意識を向けると背を向けて走り出した。
まるでついてこいと言わんばかりに、少し先で立ち止まり振り返った。
「……賭けるか」
心当たりがないなら、同じ猫であるあの黒猫に任せてみよう。
そこから商店街を通り抜け、人の手が一度も入ったことがないと思われる獣道を突き進んでいく。
確かここは、ルナとデートにしたときに最後に立ち寄った場所に続く道だ。
もしかしたら、ルナはお気に入りと言っていたあの場所にいるのかもしれない。
けど俺はそこに行くまでの道を覚えていない。というか、こんな果てしない森の中からそこまで行ける自信がなかったので、ひたすら目の前にいる黒猫を追いかけた。
目の前を走る黒猫は、俺との距離が開くと、立ち止まって振り返り、ある程度近づくとまた走り出すのを繰り返している。
そのおかげで黒猫を見失わずについていくことができた。
道なき道をひたすら突き進み、ただひたすら足を動かす。
そして覆い茂る木々を抜け、視界が広がったその先には、探していた少女が横たわっていた。




