10話 何度でも刺せばいいんだ
三日目の夜。部屋で項垂れながらジッと座る。
ついに限界が来た。
昼間の高揚感は嘘のようになくなり、意識がぼんやりとしてきた。エナジードリンクも飲みすぎて、お腹が一杯になった今では、一滴も喉を通りそうにない。
水風呂も浴びようにも、腰が重く、一歩も動けそうになかった。
……これはまずい。
目を閉じれば、一瞬で意識を失いそうになる。
その瞬間、俺はルナのことを忘れるだろう。それは絶対にだめだ。
やばい、瞼が重くなってきた……。
「……はっ!」
気付けば、俺の身体は倒れかけていた。
慌ててかぶりを振り、眠気を飛ばそうとするも、頭を振ったことで気持ち悪さが込み上げてくるだけ。
吐き気がより一層俺をイラつかせた。
このままじゃだめだ……絶対に寝てしまう……。
目の前にあるテーブルの上に置かれたボールペンを持ち、振りかぶって太ももに突き刺した。
「~~~~~~っ!!」
鋭く、えぐるような痛みが全身を駆け巡る。あまりの激痛に顔を歪め、言葉にならない声をあげた。
ボールペンの先端が皮膚を破り、肉の中に侵入する感覚が腕に伝わる。
引き抜くと、刺さっていた部分から血が滲み出てきた。
「……っ……ぐぁ……ぁあ……」
眠気覚ますためとはいえ、あまりの痛さに手が震え、ペンが零れ落ちた。
……痛かったけど、これで眠気は大分取れた。
また眠くなったら、何度でも刺せばいいんだ。
痛みに眠気覚ましは、そこまで効果はなかった。数十分もすると、またもや睡魔が襲ってきた。
「…………」
そう、何度でも刺せばいいんだ。
ペンを握りしめ、振りかぶるために、手を頭の上に持ち上げた。
しかし、そこで俺の手が止まった。頭上に挙げた手が震え、勢いよく振り下ろそうとするも、思い出されるのは先程の痛み。
……怖い。またあんな痛みが襲ってくると思うと、手を振り下ろせない。
「……っ」
それでも、振り下ろさないわけにはいかない。このままだと俺は寝てしまう。
頬を両手で叩き、怯えた身体に鞭を打つ。そして、もう一度ペンを握りしめ振りかぶったとき。
「隆史、だめ!」
振り下ろそうとする俺の腕を、ルナが抱き着くように全身を使って止めてきた。
「なんで止めるんだよ! このままじゃ寝てしまうだろ!」
「隆史が自分の身体を傷付けてまで、私は生きたくない!」
ルナの瞳は潤み、目には大量の涙が溢れていた。
必死に腕を掴んでくるようすは、絶対に離さないという決意を感じさせられる。
「お願いだ、寝てくれ……隆史がボロボロになっていくのを、見てられない……」
声を震わせながら懇願してくる。
上体を起こすだけでも辛いはずなのに、それでも俺を止めようと無理を押して止めてきた。
そんなルナの姿を見て、また自分を痛めつけることなんて俺にはできない。
「寝るってお願いは聞けないけど、もう身体を傷付けるのはやめるよ。だから、もう泣き止んでくれ」
「……うん」
「ほら、こうやってるだけでもしんどいだろ。ベッドに横になってろよ」
「……わかった」
渋々だが、ルナは俺の言葉を聞き、腕から離れてくれた。
もう自らの力ではベッドに戻ることもできず、彼女を抱えてベッドに寝かせてあげる。
しかし、痛み以外に有効な眠気覚ましが思いつかない。
こうなると気合で眠気と戦うしか俺には取れる方法がない。
そんな根性論で、俺は三徹目を乗り切った。
※ ※ ※
「……あ~」
知らず知らずのうちに声が漏れていた。
いつのまにかシャツのお腹部分が濡れていて、それが自分の口から零れた涎と気付くも、それを拭う気力もなく、ひたすら涎を零し続ける。
どれくらいの日にちが経ったのか、もう覚えていない。
四日目の朝を迎えたまでは記憶にあるが、そこから先は意識が朦朧とし、ひたすら項垂れるだけ。
なにかする気力もわかない。
ただ漠然とした苛立ちと吐き気と睡魔が襲ってくる。
……お、小人が歩いている。
足元を、絵本の童話に出てくるような、三角帽子を被った緑色の服を着た小人が五人ほど遊び回っていた。
キャッチボールをしたり、俺の足を滑り台にしたり、それはそれは楽しそうだ。
「は、はは……」
いいなー、楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ……。
なあ、なんでそっちだけ楽しそうにしてるんだよ。俺はこんな苦しいのに。
はしゃぐ声が鬱陶しくなり、足で軽く小人たちを追い払うと、それも楽しいのか、甲高い笑い声を上げながら一斉に散っていく。
「……あ~」
あれ、なんで部屋が傾いてるんだ?
重力を無視したかのように、壁に張り付いたテーブルや家具。壁に掛けられた時計も、本来なら真上にあるはずの十二という数字が、九十度ほど傾いている。
短針は二を指し、長身は五という数字の上に。
ははは、おもしれー。なんだこれ。
閉じていく瞼。
必死に抗おうとするも、抵抗虚しく徐々に視界が閉ざされていく。
※ ※ ※
「……う」
あれ、俺一体なにしてたんだ……。
目を覚ますと、なぜか俺は固い床の上で布団も敷かず寝ていた。
上半身を起こすと、締め付けられるような頭痛が襲う。
ズキズキとするあまりの痛さに、こみかみを押さえる。
い、た……風邪でも引いたかな……?
なぜか昼間にも関わらず、陽光を嫌うようにカーテンはピッタリと閉ざされていた。カーテン越しからでも感じる陽光が目に痛い。
全然記憶にない。どうして俺は床の上で寝ているんだ。
睡眠を充分取れなかったのか、吐き気と眠気が残っていた。
だめだ……眠すぎる……。
ベッドの上で寝なかったから、ちゃんと眠れなかったんだろうな。
寝直そうと立ちあがり視線を向ける。
そこには、もぬけの殻になったベッドがあった。




