8話 ……眠い
俺の部屋にあるベッドはルナにあげている。そして俺はというと、床に布団を敷いてそこで寝るようになった。
もうこれからは使うことはないんだから、布団は片付けておくか。
布団を押し入れに仕舞い、特にようもないのにパソコンやスマホを眺める。
理由はもちろん寝ないために。
スマホやパソコンを眠る前に見てしまうと、睡眠の妨げになると聞いたからだ。
なんでも、スマホやパソコンの画面から出るブルーライトが、脳に昼間だと錯覚させるらしい。
適当に、食事とお風呂を済ませ、夜がやってきた。
「…………」
まだ夜中の三時。しかも寝ないと決めた初日。
なのに、もう眠くて仕方がない。
やばい、気を抜くと寝てしまいそうだ。
これをずっと繰り返すとか、気が狂ってしまうんじゃないのか?
……だめだ、だめだ。弱気になるな、寝ないって決めたじゃないか。
エナジードリンクのプルタブを開け、喉に流し込む。
炭酸のスカッとした刺激が、脳を活性化させてくれる。
すごいな、エナジードリンクって。
あんまり飲む機会がなかったから知らなかったけど、少し口にしただけで一気に眠気が取れた。
「隆史、寝たほうがいい」
「……寝ない」
「一生寝ないとか、無理なのはわかっているだろう?」
「俺が寝てしまったらルナが死んじゃうじゃないか。絶対に寝ないから」
「……隆史」
ルナが心配そうに見つめてくるが、無視した。
そのあともスマホを無駄に触っていると、朝を迎えることができた。
まだ一徹目。なのに眠くて眠くて仕方がない。
俺が次に眠気覚ましに使ったのが、駄菓子のラムネ。
ラムネの主成分であるブドウ糖が、脳を活性化させてくれるとスマホで調べたので買っておいた。
けど、エナジードリンクとは違って、炭酸があるわけではないので、効果のほどは体感では感じられなかった。
それでも、ラムネの粒を全部取り出し、口に放り込んでぼりぼりと食べる。
即効性がないだけで、もしかしたら後からどんどん眠気が取れるかもしれないしな。
「ルナ、お腹は空いてるか?」
「……ううん」
「少しでも食べないと元気になれないぞ。一口でも食べられそうにないか?」
「一口、なら」
「わかった。作ってくるから」
部屋から出ると、途端に感じる身体の重み。
こんなに自分の身体は重かったか?
眠気が全身を襲い、身体が動かすのが億劫になる。
それでも起き続けないと。だって俺が寝てしまうとルナが死んでしまうんだから。
適当に一人分のご飯を作り、部屋に戻る。
俺自身もそんなにお腹が空いてない。それに満腹になってしまうと、余計に眠くなってしまうのが怖い。
ルナが食べ残したのを貰って、ちょうどいい量だと思ったので、一人分しか作らなかった。
「ほら、口を開けて」
部屋に戻り、雛のように口を開けているルナにご飯を食べさせる。
今の衰弱しきったルナにとって、起きるのも辛いだろうけど、寝かせたままの食事は喉を詰まらせる危険があったので、背中を支えて上体を起こしてあげる。
口元に食事を運ぶも、一口二口しか食べていないにも関わらず、もういらないといったように顔を背けられた。
「もう少し、頑張って食べよう」
「……ううん、もう大丈夫」
「わかった」
ほとんど残ったご飯を俺が食べた。
できればもう少し頑張って食べてほしかったんだけどな。
このままだと、俺が寝る寝ないよりも、餓死とか栄養失調で死んでしまうんじゃないか。
「なにか食べたいものないか? あ、まぐろ買って来てやるよ」
「……食べたくない」
あんなに好きだったまぐろすらも、今のルナには無理なのか。
「……それよりも、隆史に寝てほしい」
「寝ないって」
「でも、今もすごく辛そうだ」
「全然。眠くなくて不思議なくらいだ」
本当はすごく眠い。
たまに漫画家のエピソードとかで、三徹したとか聞くけど、ほんとうにすごいと思う。
今の俺は、なるべく疲れないようにするために、スマホを触ってるだけなのに、それでもすごく眠い。
なのに、漫画を書いて仕事をずっと続けながら、疲労と眠気に戦いながら三日も起き続けるとか、同じ人間とは思えない。
二本目のエナジードリンクを飲んで眠気を飛ばす。
昼間を過ぎたあたりから、身体に不調が来た。
とんでもなく眠い。
身体を少し動かすだけでも億劫で、脳がまったく働いていないのがよくわかる。
目を瞑っただけで、ぐっすり眠れそうな気がする。
――――少し眠ってしまおうかな。
そんな風に悪魔が囁いた。
横になろうかな……少しくらい寝ても大丈夫だろう……。
身体が少し傾き、そのまま横になろうとして、なんとか留まった。
あ、危ない……もう少しで寝てしまうところだった。
三本目のエナジードリンクを一気に飲んで、身体と心に喝を入れる。
次に不調が来たのが、夜の七時ほど。
同じように悪魔が囁き、俺を寝かせようと囁いてくる。
今度はその囁きに惑わされず、最初からエナジードリンクを飲んだ。なのに……。
「……眠い」
効果はどんどん薄くなっているような気がする。
最初は一口飲むんだだけで、脳が冴え目がスッキリとしたのに、今は炭酸の刺激で数分はマシになるだけで、すぐに眠くなる。
だめだ、全然眠い……。
他になにか眠気覚ましになる方法はないかと調べると、盲点というか、効果がありそうな眠気覚ましの方法を見つける。
それを試すために部屋から出た。
向かったのはお風呂場。
シャワーから水を出して、それを頭から被った。
「つめたっ!」
一気に眠気が飛んでいくのがわかる。
お湯ではなく、冷水を全身に浴びる。確かにこれが一番効果がありそうだ。
あまりに冷たさに、身体が震える。そのまま冷水を浴びつつ、身体を洗う。
その身体の震えは、お風呂から出た後も続いた。
……これは何回もできないな。
こんなことを続けたら、風邪を引いてしまいそうだ。それで横にならざるを得ない状況になり、寝てしまっては意味がない。
けどその効果は抜群だ。眠気が吹き飛んだ身体は、そのまま二回目の夜をやり過ごすことが出来た。




