空席のままの椅子
彼女がいつも来るのは昼過ぎで、でも君の訃報を告げられたのは君に見合わない朝のホームルームで伝えられた。
騒がしい教室、低俗な話ばかりをしている同級生その中に混ざって話をしていることもあったが、僕と目が合うといくら無視をしようが「永沼くーん」と必ず僕を見つけては声を掛けてくれる、僕はいつもどう返すか迷っていつも無視してしまっていた。その度に彼女の周りの同級生はやばーと笑うだけで、僕は少なからず彼女に対して好意的な気持ちは持っていなかった。
井藤ゆり、僕の隣の席の女子だ
初めて隣になったが特筆して話すことはなかったのでいつも通り無視していた。こうして壁を作っていれば僕の周りから人は居なくなるはずだから、だが彼女はそうはいかなかった隣の席になった瞬間から僕に声を掛けて、質問攻めに合った高校1年の6月で僕はまだこんなに同級生と話すことがあったのかと若干めんどくさいと思っていたが、彼女は見た目が派手だし時間通りに登校してくるわけでもないし授業も半分寝ているようなものだ、だが彼女はそこそこ勉強ができた。
中間の時には彼女は真ん中くらいにいた、僕は上位だったが隣の席のこんなに不真面目な彼女から一体どうしたらこんな点数が取れるのかと不思議に思って、夏休み前に聞いたことがある。
僕がそんなことを聞いても彼女は嫌な顔せずいいよーと教えてくれた、彼女は放課後遊ぶ時もあればそうじゃない時はほぼ勉強してるとジュースを飲みながら教えてくれた、「永沼くんも成績良かったよね?塾通ってるの?」「あ、まぁ……2個掛け持ちしてる」そういうと彼女のタレ目が大きく見開かれた「2個?やばお金持ちじゃん永沼くん家いいなぁ……ウチの家も余裕あればなぁ」「別に、行きたい大学があるから通ってるだけで井藤さんだって勉強頑張ってるでしょでも放課後遊んでる時あるって言ってたけど」そう聞くと彼女はあーという顔をして「ごめん、遊んでる時とバイト頑張ってるが正解かな」と付け加えた。「バイト?」「そ、ウチ家が永沼くん家よりちょっとビンボーだから家のことも助けるようにバイトもして勉強もしてって感じだけど、それだけじゃ息が詰まるーってなるから遊べる時は遊んでる」言葉足んなかったねと彼女は笑っていた、僕は彼女がそこまでして学業とバイトと遊びを頑張る理由が分からなかった。
夏休み前にそんな会話をしたのだが、会話を切り上げようとしたら井藤さんが僕に「永沼くん、連絡先交換しよーよ」とスマホを片手に近づいてきた。「メッセージアプリでいい?」「ん、いーよ」QRコードを見せて追加してもらった、ポコンという通知音と共に新しく追加されましたと、彼女の連絡先が送られてきた。
アイコンは多分、妹なのだろう彼女と二人で撮ったプリクラだった。挨拶ついでに誰にも使ってないスタンプを送ると、彼女もまたスタンプを返してくれた。
そんな感じで夏休み前に彼女に会ったのが最後だった。
長い休みだったけど、相変わらず僕のスマホの通知は他のSNSやゲームの通知だけで彼女から連絡が来ることもクラスの誰からも連絡が来ることもなかった、唯一連絡が来たのは同じ予備校の友達くらいだ。
黙々と宿題を終わらせて予備校に通って塾の自習室にも通ってそんな毎日を送っていたら夏休みはあっという間に終わってしまった。
夏休み明けなら彼女も流石に朝から登校するだろうと思いながら僕はいつも通りホームルームが始まるまで僕はネットニュースを見ていた。
そしてある記事が目に入った、それと同時くらいに彼女と仲が良かったクラスメイト達もざわつき始めた。彼女とあんまり関わりがなかった生徒もそれにつられてソワソワしている、何かあったのかという声も挙がっていた。僕はその様子を見ながら目にした記事を開いた。
【飲酒運転か女子高生(16)轢き逃げ】確定では無いがとても肝が冷えるタイトルだ、僕は隣の席に彼女が滑り込みでもいいから来てくれとスマホを握りしめた。
だけど、それは虚しく終わってしまう。
ホームルームを告げる鐘の音がなる前に汗を拭きながら担任と副担任が入ってきて、告げられた言葉は耳に入ってこなかった。
泣き崩れる女子、言葉を失う男子、僕は突然空いてしまった隣の席をジッと見つめることしか出来なかった。
僕は彼女の家族でも、ああして泣き崩れる女子たちみたいに彼女とはあまり親しくなかった、夏休み前に少し話をして連絡先を交換した、それだけの仲だったはずなのに、僕の隣の席にいつもいた明るい井藤ゆりはそこには居なかった。
クラスの全員で彼女の告別式に出ることになった、あまり記憶が無くてどう乗り切ったのかも覚えていない。
彼女の家族が僕を見つけると駆け寄ってきた、彼女の連絡先のプリクラの隣いた妹さんも一緒だった。僕は立ち上がると彼女の母はこう切り出した。「永沼くんの話は家でも聞いてました、勉強を頑張れる目標は永沼くんだって言ってました」そう言うと涙を流しながら井藤さんのお母さんは僕に「ゆりの目標になってくれてありがとう、夏休み前にちゃんと話せたってあの子すごく喜んでいたから」そのまま彼女の母から聞いた話によると、彼女は家族に無理を言って近所の塾の夏期講習に通っていたという、遊びの予定も入れていたけどバイトも少し減らして勉強に力を入れていた矢先の出来事だったようで、事故に遭ったのも勉強のお供の夜食を買いに行った帰りの事故で、それが夏休みが明ける少し前だったらしい。あとほんの少しだけ未来が変わっていたら彼女はまだ僕の隣の席で笑っていたのかもしれない、ライバルとして級友として共に卒業出来たのかもしれない。
そう思うと途端に悲しくなって僕も涙が溢れて止まらなかった。
その足で、僕は学校に戻り隣の席に置かれた花瓶を見ながらまた涙を流した。
隣の席はしばらく空席になることになった、季節が巡る度にもうそこにいない彼女が、目まぐるしく表情を変えながら毎日を過ごしてると僕は考えているからだ。