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二日目(3)

「夏目坂……、僕さ。逆落賭に告白しようと思うんだ」


 劈はこともなげに、しかし大マジな表情でそんなセリフを吐き出した──いきなりどうしたというのだ。


 様子がおかしいのはいつものことだが、しかしいつものふざけたような調子は感じない……、ともすれば殺気かと勘違いしてしまうくらい、鬼気迫る雰囲気をたたえていた。

 右に首をかしげると、


「してただろう、幾度となく。馬鹿みたいに都度断られてはいたが……」


 と──俺はわずかに困惑した声音で言った。

 厳しいようだけれど、このことが真実であるのに変わりはない。

 この男は幾度となく告白を繰り返し、その度にけんもほろろで、逆落賭ひよりに断られていた。


 そう、何度もだ。

 ある程度の恋愛経験はあるからわかるのだが、あそこから状況を打開する方法はほぼ絶無である……、ハッキリ言って、もう諦めた方が、傷は浅く済むことだけは明確だ。


「聞いてくれ」はなっから聞いているという点には意識が向かなかったのか、劈は愚直な声色で、「今回はマジでやりたいんだ」と言った。「今まで、ふざけ過ぎていた」


「ふざけ過ぎだっていう意見には大いに賛成するけれども、しかし劈。だからと言ってどうするんだ? すでに何度も、すげなく断られているだろう? 情勢はだいぶ悪いと言える……、ここから入れる保険があるのかよ」


「告白が失敗する前提で話すなよ」


 保険の恩恵が得られるのは失敗した後じゃないか──と、劈は気分を害した様子でそう言った。


「協力が欲しいんだ」


「協力?」俺は言った。「全体、どういう協力だ?」


「もちろん、逆落賭への告白に協力してもらうんだ。今まで僕は一人で戦っていたけれど、考えてみれば、友人に頼る方法もあったと気づいたのさ」


 友人。

 そう友人だ。

 あまりにも奴が俺のことを、頑なに友人と認めないものだから(いや、認めてはいるんだろうけれど、友人だと断言するのを恐れている様子だった)、俺の方から半ば強制的に、一度『自信を持って友人と断言すること』と定めたのだ。


 根拠のない自信は、根拠なく人生をポジティブにするもの……、そういう信念を根拠に、いや無根拠に、この治験を通して得た得難い友人に、俺なりのアドバイスしてきたのだが……、こと恋愛方面に関しては、若干、ブレーキが壊れている。


 どういう理屈なのだ、それは。

 なんならちょっと怖いまである。


「『吊り橋効果』……って、知ってるか?」劈は言った。


「ものすごくありがちな作戦になりそうだなと愚考するけれど、まさか……」

 

 友人が馬鹿なことを言い出さないことを切に願いつつ、俺は──、


「……まさか、平成の世に散々擦られたみたいに、吊り橋の揺れに恐怖するドキドキを、恋愛的な感情で心臓が早鐘はやがねを打つドキドキと取り違えて、横にいる人間に惚れているのだと勘違いしてしまう的な作戦を、この令和の世に、今更やろうってんじゃないだろうな?」


 と、確認した。


「よく分かったな。その通りだ」


 友人が馬鹿なことを言い出した。







「はぁ……」

 

 友人の……、それもようやっと友人と認めてくれた、劈要の頼み事とあっては、馬鹿なことだという自覚はありつつも、不承不承ふしょうぶしょう、協力を了承せざるを得なかった。


「……お前、良い友達を持ったよ」

 

「本当にな。マジで感謝するぜ」


 出したぶぶ漬けを一気にかっ込まれた。

 皮肉というのは通用しなければ完全に無力である。


「まあ一旦、『吊り橋効果』の話は置くとしても……、とりあえずは飯だ。腹の虫がJアラートを鳴らしているぜ」


「もうそんな時間?」スマホを開いて時間を確認する劈。そこには多分、12:15と表示されている。「あぁ、本当だ」


「だろう?」俺は苦笑して、「今回もカップラーメンだったー、なんていうオチも、むろん覚悟する必要があるけどな」


 俺のシニカルかつ諧謔的な言い回しに、劈は「アハハ」と応答した。

 共感できる話題というのは便利だ。

 最低限愛想笑いはしてもらえるから。


 そんな風に、他愛のない冗談をいくつか交わしながら、俺たちは道程を楽しんだ……、すると数分と経たないうちに、目的地である食堂が近づいてきた。


「あ。来たわね二人とも」


 逆落賭ひよりだった。

 意中の人の登場ではあるけれど、変に意識してしまったのだろう、上擦った声の調子で、


「やあひよりん! 今日も良いおっぱいしてるねっ!」


 と──劈は失言した。

 ぶん殴った。

 すぐぶん殴った。

 最近ようやく友人と認めてくれた友を、何一つの躊躇ちゅうちょもなく、いささかの猶予もなく打擲ちょうちょくした。


 後方に吹っ飛んでいく劈。

 果ては机に衝突し、積んであったカップラーメンが雪崩れて、その下の層に消えていった──お前はそのまんまカップラーメンの地層になれ。


「え……? 今何か、とってもおぞましい事を言われたような気が……」


「え!? なになに!? 何の話です!? 彼はただ海外の言葉で、『双丘が天高くそびえている』と言っただけで……」


「ならアウトじゃない」


 双丘とは「二つの丘」という意味で、官能小説などにおいては、女性の「両乳房」のことを指す。

 しまった、焦ってこっちまでとんでもない失言を……!


「い、今のは言い間違いで……、俺はただ、『こんにちは』という意味だと言いたかっただけで……」


「内容の大幅な変更もさることながら、感嘆符も含め合計二十二文字あった劈のセリフが、訂正後はたったの五文字にまで圧縮されている気がするのは、全て私の聞き間違いってことで良いのよね?」


「ま、まさにその通り! 嫌だなぁもう、冤罪ですよコレは!」


「なら良いけれど……」


 白々し過ぎて逆にシロであると思われた。

 何が奏功するか分からないものである。


「あ、そうそう。前回はちょっと忙しくってダメだったけど、今回は私が昼ごはん作ったから……」


「あ、本当ですか?」俺は嬉しくなって、「いっつも俺、楽しみにしているんですよ」と言った。「献立は何ですか?」


 日本食と迷ったんだけれど、と逆落賭は前置きして、「今日は中華ね」と言った。「私、結構エビチリ得意なのよ?」


「あ、あの……」劈がカップラーメンの山から起き上がった。恐る恐る、といった具合で、「ぼ、僕も食べて良いですか……?」


「カップラーメンって中華だと思うのよね」と、逆落賭。


「え? いやあの、確かに中華といえばそうなのかもしれないんですけれど、それでもなんていうか」


「カップラーメンは中華、そうよね?」


「え、う……」


「中華よね?」


「中華です……」


「そ。好きなの選んで良いわよ。さっき山になってたのが崩れたから、その辺に結構落ちていることだし」


 劈はその辺のカップラーメンを手に取って、すごすごとお湯を入れに行った。

 当然といえば当然だが、逆落賭さん、全然誤魔化されていなかったな……。


 劈の丸まった背中が哀れだった。

 ほどなくして、三分待ったカップラーメンを手に、劈がテーブルに就いた。


 商品名は『激辛! ハバネロ入りラーメン』。

 辛い……、この場合、読みが音か訓かは任せるけど。


「お、おい! 吊り橋効果とか言ってる場合じゃねーぞ!? どーすんだコレ!? 絶対ェ怒ってるって彼女!」


「うーん……、いや、本当にどうしようね……」劈は本当に弱っていた。さもありなん。どう考えても致命的なミスだった。「思いつかないや」


 逆落賭が胡乱そうな表情で、「二人で何喋ってるの?」


「いえ、なんでもありません!」


「いえ、なんでもありません!」


 誤魔化す息はぴったりであった。

 なにかもっとかっこいいシチュエーションで、相性の良さを発揮したかったのだが……、文句ばかりも言っていられない、ともあれ今は、マイナスからゼロへの回復を目指すべきなのだ。


 カップラーメンを啜り終えた彼は、横目の視線だけで、「悪い、とちった」と伝えてきた。


 とちるの変化に、とちる・とちらー・とちれすとがあるのなら、今の劈は、全会一致でとちれすとになるだろう……、ここはあえて、「とちる人」という意味では、とちらーを選ぶのも良いかもしれないが、そんなことはどうでも良い話なのだ……、本題から眼を逸らし過ぎている。


 逆落賭さんが席を立った。

 何だと思ったら、食事も済んだので治験を始めようということらしい。

 俺たちはおっかなびっくり──彼女からの評価を取り戻さんとして──、できるだけ礼儀正しい行動に終始した。


「先生、よろしくお願いします!」


「先生、よろしくお願いします!」

 

「はーい。それじゃあ刺すわねー」

 

「ひぃぃ! 勘弁してぇぇ!」


「ひぃぃ! 勘弁してぇぇ!」


「? 注射針よ」


 吊り橋効果というのは、確か同じ恐怖を共有した二人に適応されることを思い出した。

 ……恋の進路はいつだって不定である。

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