二日目(2)
前回と引き続き語り部を担当する平等院無差別です。
昼ごはんの時間(12:30)を迎えたので、わたくしは約束通り、劈と夏目坂を部屋から呼びだして、この施設唯一の食事スペース(と言っても料理が提供されるわけではない。料理するスペースこそあるものの、本当に食事をするだけのスペースだ)へと連れ立った。
その道程で、二人から「そういえば献立ってなんですか?」と問われたので、実に簡潔に「カップラーンです」と返した。
不満そうな顔をされたので、これならどうだとばかりに、「どん◯衛もありますよ?」と続けたのだが、どうやらお気に召さなかったらしい、二人はさらに、不服そうな表情を浮かべていた。
一体何がダメだと言うのだろう。
全部インスタント食品なのはまず違うだろうし……。
「逆落賭が手料理を提供してくれたのは、こうなるとますますもってありがたいな……」小声で劈が言った。
「確かに。朝食も作ってくれていたし、てっきり毎食そうなのかと思っていたな。いや、別に悪く無いんだけれど、インスタントでも……」実に無念そうに、夏目坂といろ。
ふむ。
総括するとインスタント食品こそが至上であるという旨だろうか。
なら、きっと大丈夫でしょう!
机の上に堆く、山と積まれていたカップラーメンのタワーを指差して、
「あの中からお好きにどうぞ!」
と──わたくしは笑顔でそう言った。
二人はそれを受けて、「まあ、うん、昨日の厚遇がおかしかったんだ」だの、「逆落賭さんの手料理が美味かった分、なお惜しいな……」だのほざき奉っていたが(こんな言葉は無い)、わたくしは「つまり喜んでいるんだな!」と解釈して、食欲のまにまに大サイズのカップラーメンを手に取った。
手と手を合わせて、いただきます。
これといって言うべきことのない尋常なる食事はつつがなくごちそうさまの運びとなり、シームレスに予定通りの、本題である治験の流れとあいなった。
場所を移動してわたくしは注射針を手にする。
迫る針の先を見て、「白状すると、この歳になっても別に注射は怖い」と劈が言った。
「まあ、気持ちはわかるさ。針で刺しておいて、刺傷扱いにならないのが不思議だよ」
「刺傷って……、これはれっきとした医療行為です」とわたくし。
「医療行為になりかけのなにかでしょう。だってまだ治験の段階なんだから」劈はやれやれ、みたいな表情で、「いわば、この新薬の黎明期だ」
ふと夏目坂が「関係ないけど、黎明期って言葉、カッコ良すぎるよな」と言った。「確か、新しい何かが……、文化や時代が起ころうとする時期、って意味だったかな?」
「『黎明』の部分だけ切り取ればいよいよだな」
「必殺技に組み込みたいぐらいだ」
ないでしょ必殺技なんて。
あるとして名前なんかつけるの?
「いやいや、いやいやいやいやいや、平等院さん。平等院無差別さん。武術にだって剣術にだって、世の漫画やアニメと同じように、一つ一つ名前がついているはずなんだ」
夏目坂は熱を帯びた口調でそう言った。
何もそう真剣にならなくとも……。
そう思うわたくしの気持ちが顔に出ていたのか、夏目坂に代わり劈は、
「技に名前をつける行為は古来より伝わる伝統なんだよ。まして、必殺技なんて! 名前をつけずしてどうするんだ! 『必』ず『殺』す『技』なんだよ!?」
と、これまた熱量高く続けた。
「……じゃあ、劈さん。貴方の必殺技とかあるの?」
「舐めないで欲しい。そんなの、これまでいくつ作ったことかわからない」
「……どんな名前なの?」本当に話題のためだけに言った。心底興味など無かったけれど、あくまで、一応の礼儀として。
「《無神論者》!」
「………………………………………………」
「いや、これは実際考えられていて……、ああ、というか僕が考えたんだけどね? 無神論者が標榜するところの、いわゆる「この世に神などいない」という、実にリアリスティックかつ大胆な主張と、陰暦十月の異名の、神無月──『神』が『無』い『月』と表記される月とが、歴史上類を見ない、意味上の稀な合致を見せたことから、僕は技名に『無神論者』と、そのルビに十月を意味する『オクトーバー』を振ったんだ。なかなか良いネーミングだろう? ちなみに技の性能は……」
「もう黙って」
「はい。でもその……」
「黙って」
「はい」
「本当に」
「……」
「……」
「《宇宙立図書館》!」
急に夏目坂が叫んだ。
黙ってと言われたのは劈だけだからー、って理屈なんでしょうけれど、いや、普通にダメだからね?
「俺の必殺技名だ。名前だけ聞いてもそのすごさというのは自然、伝わってしまうだろうけれど、一応ネーミングの解説から。宇宙開闢以来全ての情報が、森羅万象刻まれているというアカシック・レコードと、図書館という知識の哲人に類似性を見て、技名に『宇宙立図書館』と、そのルビに『アカシックレコード』と振ったわけだが……、ああ、もちろん図書館に宇宙立とつけたのは、宇宙創生以来全ての情報があるというアカシック・レコードの性質に寄せてのことなんだけれど、それで、技の性能は……」
「黙って」
「はい」
「ここまで黙って聞いたのを褒めて欲しいわ」
「すいませんでした」
「……なんで続けたの」
「ちょっと魔がさして」
「注射針を刺すわよ」
刺傷扱いにならざるを得ないくらいの滅多刺しで。
「それだけはご勘弁を……」
「そんなの知らないわよ」
「え? ちょっと待って、まだ死にたくな、あ……、ああっーーーー!」
夏目坂にも注射針を刺した(医療行為)。
治験は問題など一つもなく満了した。
※
平和裏に無事裏に成功裏に、一滴の血も流すことなく(注射なのでこれは嘘だ。無問題であったことの表現と考えて欲しい)治験をいみじくも済ませたわたくし、平等院無差別は、その後彼らと別れて、雑務を一定量こなすと、わずかながら、しかしそれなりに生まれた余暇に頭を悩ませて、どう過ごすべきかを考えていた。
スマホをいじるかその辺を歩くか。
わたくしは後者を選択した。
この施設にはゲートが二つあって、うち片方は、スタッフの宿舎の方に接続する門なのだが、入るためには四桁の暗証番号を突破しなければならず、さらには出入りの記録さえ残る優れ物で、どうしてそこまで堅牢にしたのか、若干の違和感さえ覚えるセキュリティだ。
わたくしはそこを通り抜けた。
ゆっくりと緩慢に開くドアを経過して、その先にある二階建ての宿舎(八メートルあるらしい)の存在を認めると、その唯一の特徴であると言ってもいい、斜面になっている屋根に目をやった。
寂しいデザインだな、とひとりごちて、なにかやるべきことがあるでもなし、その辺に落ちている手頃なのを拾い、とりあえず素振りの練習を開始した。
ヒュン、と景気のいい、素振り特有の音──が鳴ったかと思いきや、あにはからんや、その直後鈍い打撲の音がセットについてきた。
どんなハッピーセットなのだ。
「アンハッピーセットだよ! 頭蓋骨割れるかと思ったわ!」
「素振りしてる人間に近寄るから……」
「三、四メートルは離れてたよ! ……っていうか、いきなり始めたら避けようがないでしょうが!」
周りは十分に確認してくれ──と、劈要。
いや実際、その通りだった。
でもまさか、あのゲートを通り抜けたあとで、後ろに人がいるとは思わないし……。
「ん? 待って待って待って。あのゲートをどうやって抜けてきたの? 生半のことでは突破出来ないよう、厳重なセキュリティがあったはずだけど……」
「? いや普通にドア開くのゆっくりだったから」
そ、そんな欠陥がー!?
まあ、仮にそこを突破されようが、映像による記録も残るから、記録の面では無問題なのだが……。
普通に怖すぎるので、あとを尾けないでほしいと思った。
「ところでなんであとを尾けてきたの?」
「ふいに驚かせたくなって……」
「じゃあ先制攻撃か」
罪悪感が若干薄れた。
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