一日目(4)・二日目
わたくし、平等院無差別は、夜の治験を終えると、シガンシナ区……、もとい、最近増築された宿舎に向かった。
鳥瞰図というか俯瞰図というか、まあ上からこの施設を見下ろして眺めた時(鳥瞰図と言う言葉は、現代にあってはドローン瞰図とかの方がいいのかもしれない)、建物を囲む塀をピックアップして見ると、輪郭だけなぞれば凸の字であり、突き出ている箇所に宿舎が建っている。
凸があるなら凹も欲しいのが人情ではあるのだが、あいにくとそんな「なんか嫌だから……」と言う程度の理屈で、新たに増築を重ねられるほど、余裕のある財政状況じゃない。
そんな物悲しいことを考えているうちに、部屋へと向かう途中でわたくしは、シルヴァニア・ナナリーと邂逅した。
「ビョウドウイン・ムサベツさん」
私は意外に思って、「お、名前覚えたんだ」と言った。「てっきりずっと『年下の方の人』って呼ばれるのかと思ってたな」
「反省したんですよ」シルヴァニア・ナナリーは側頭部に手を置いて、「それに、新たに二人、治験者が入ったそうじゃないですか。そっちも『年下の方の人』とか『年上の方の人』って呼び出したら、いよいよ誰を指してるかわからないですよ」
わたくしはその発言を受け、「確かに」と静かに口の端を上げた。
彼── シルヴァニア・ナナリーは、名前からも読み取れる通り外国籍である。
だからというかなんというか、この施設に数多いる謎ネームに惑わされ、便宜上逆落賭さんを『年上の方の人』、わたくしを『年下の方の人』と呼んでいた。
さもありなん。
わたくし自身、他に『平等院』なんて知り合いを知らなかったし、いわんや『無差別』をや、という感じだった……、逆落賭さんに至ってはもう、なにをかいわんやというやつだろう。
ところで、完全にシルヴァニア・ナナリーからの連想なんだけれど、明らかに名前が近い、シルバニアファミリーの名前を聞くたびにわたくしは、「……そういうマフィアの組織みたいだな」という思考が、脳裏にふと、過ってしまうのだが……、これって、わたくしだけなのだろうか。
「あのかわいらしい、ファンシーな雰囲気のお人形の総称を、マフィアが〇〇ファミリーと呼ばれることと被せて考えられるのは、本当に貴方だけですよ、ビョウドウイン・ムサベツさん」
「シルバニアファミリーっていうマフィア、いたら面白いんだけれどね……」
牧歌的な表情のうさぎたちと、シリアスな黒スーツとのミスマッチ。
誰か二次創作を書いてくれ……、おそろしく面白くなるはずだから。
「今更ですけれど、伏字とか使わないんですか?」
「シル◯◯アファミリー」
「ピー音って発音できるんですね……」
口笛を吹いただけだった。
発音かと問われれば微妙である。
「おっと、今から部屋に戻るんですよね? お邪魔してすいませんでした」
「いいのよ、それくらい。……おやすみなさいね」
踵を返すと、背中に彼の「おやすみなさい」という挨拶が返ってきた。
名前すら覚えてもらえないで、果ては『年下の方の人』呼ばわりされた時は、もうどうしようと思ったものだけれど、ナナリーの人間性もわかり、そもそもコッチの非(主に名前)もわかったりで、これからも上手くやっていけそうだなと考えた。
きっと今夜は快眠に違いない。
※
翌朝、8:30
わたくしは自室のベッドから起き上がり、朝餉(言い方がいささか古風か? 朝餉とは朝食のことだ)を食べると共にコーヒーも胃に入れて、部屋を出、シルヴァニア・ナナリーを伴って、そのあとたまたま治験者の二人と合流した。
わたくしが彼等を、
「一回生の劈要さんと、三回生の夏目坂といろさんよ」
と紹介すると、ナナリーは果たして絶望の表情を浮かべ、両名を『年下の方の学生さん』『年上の方の学生さん』と呼び出した。
むべなかるかなだ。
彼等もわたくし達と負けじと、トンチキネームの持ち主なのだから、そう呼びたくなるのも分かろうと言うものだ。
「『年上の方学生さん』と『年下の方の学生さん』は、お友達なのですか?」
質問を受け、彼等は目を合わせると、片方は「……夏目坂がどう思ってるかは知らないな」と言い、もう片方は「友達だよ!」と断言した。
明らかに社会的動物の初心者である方と(反社会的動物?)、その道の玄人のセリフだった。
なんだか差があるな……。
いや、思いの重さに関してはむしろ、反社会的動物の方が重かったりするのだが、その辺の解説はさておくとして。
「年齢に差があっても、仲がいいのは良いことです」ナナリーはそう言った。「友情はいつの時代も尊いものですね」
「うちらズッ友だしー」と夏目坂。ギャルだった。今やると少し古いが、構わずそこはギャルピースだった。
わたくしは思わず閉口して「……まだ、心にギャルを飼うくだりやるんですか?」と表情を歪めた。
だって、くどすぎるだろう。
昨日の時点で終わっときなさいよ。
その思いを察したのか、夏目坂は、
「勘違いしないでくれよ? 前に出したのとは別個体のギャルさ!」
と続けた。
「心のギャルを多頭飼いしないで」
「無限に繁殖するからか?」
「ギャルしかいないのに繁殖ができるか!」
無茶苦茶だった。
いや、多頭飼いなんて表現が不適切だったのかもしれないが、そこはなんとなくで受け取って欲しいものだ。
発作のように劈が言った。「“ギャル”とは魂の“所作”であるッ!」
「え? じゃあごめんなさいわたくしが悪かったです……、こわ……」
「わかっなら良し。トランスギャルもいる。努、忘れるな」
怖かった。
やばかった。
絶対にいないし忘れると決心した。
はたと、みたいな表情で劈。「ところで昼食はいつなんですか?」
「え? ああ、昼食」同じく怯えていたらしいナナリーが、「十二時半ごろです。またお呼びしますよ」と回答した。
「わかりました!」元気いっぱい、劈クンだった。
※
ナナリーは「なんか、怖かったですね……」とこぼすと、宿舎の自室へと戻っていった。
同意見だった。
なんだよ魂の所作って。
怖すぎるよ。
「トップ車メーカーであるところのHONDAのロゴマークが、1968年以来ずっと翼の形なのって、HONDA+翼で、本田翼の誕生を予言してのことだと思う?」
「うわ、キモ怖! ビックリした!」
「うわ、キモ怖! ビックリした! とはいかにも失礼な。僕は傷ついたよ」
「今ので心的外傷を負ったわたくしほどではない! 何? わたくしを驚かせたかっただけー、みたいな、そういうかわいい動機のやつなんですよね⁉︎」
「かわいいかわいい。宇宙で一番」
「ハウトゥーが可愛くなさすぎなんですよ……、すわ、化け物襲来かと思いました」
なんの用ですか、劈さん、とわたくしは言った。
「いや、何か具体的に用があった訳じゃないんだけれど……、昼まで暇だから、なんとなくね」
「ええ……、じゃあ特に話すことないですよ。帰ってください」
「一昨日誕生日だったんだ。祝ってよ」
「一昨日じゃないですか」
「レアリティ高いんだよ」
「誰だってそうですよ」
ああでも、友達がいないんだっけ?
確かにそれじゃあ、レアリティは高いか……。
「じゃあその、お誕生日おめでとうございます」
「? 誕生日は一昨日でしたよ」
「何がしたいんだテメェ!」
劈は悪戯っぽそうに笑って、「アハハ、ありがとうございました!」と逃げていった。
その去り際に、小さな声で、
「十九回も誕生日を迎えていながらも、ハッキリと親以外に祝われたのって、実は初めてか……? どう……も、初めてな気がしてきたなぁ。オホホ〜嬉しい〜!」
と言っていた気もするのだが……、どうだろう、聞き違いかも知れなかった。
その情報はさすがに間違いでしょ。
別のセリフを言っていたにちがいない。
……誕生日なんだよ?
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