表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/32

一日目(4)・二日目

 わたくし、平等院無差別は、夜の治験を終えると、シガンシナ区……、もとい、最近増築された宿舎に向かった。


 鳥瞰図というか俯瞰図というか、まあ上からこの施設を見下ろして眺めた時(鳥瞰図と言う言葉は、現代にあってはドローン瞰図とかの方がいいのかもしれない)、建物を囲む塀をピックアップして見ると、輪郭だけなぞれば凸の字であり、突き出ている箇所に宿舎が建っている。


 凸があるなら凹も欲しいのが人情ではあるのだが、あいにくとそんな「なんか嫌だから……」と言う程度の理屈で、新たに増築を重ねられるほど、余裕のある財政状況じゃない。


 そんな物悲しいことを考えているうちに、部屋へと向かう途中でわたくしは、シルヴァニア・ナナリーと邂逅かいこうした。


「ビョウドウイン・ムサベツさん」


 私は意外に思って、「お、名前覚えたんだ」と言った。「てっきりずっと『年下の方の人』って呼ばれるのかと思ってたな」


「反省したんですよ」シルヴァニア・ナナリーは側頭部に手を置いて、「それに、新たに二人、治験者が入ったそうじゃないですか。そっちも『年下の方の人』とか『年上の方の人』って呼び出したら、いよいよ誰を指してるかわからないですよ」


 わたくしはその発言を受け、「確かに」と静かに口のを上げた。

 彼── シルヴァニア・ナナリーは、名前からも読み取れる通り外国籍である。


 だからというかなんというか、この施設に数多いる謎ネームに惑わされ、便宜上逆落賭さんを『年上の方の人』、わたくしを『年下の方の人』と呼んでいた。


 さもありなん。

 わたくし自身、他に『平等院』なんて知り合いを知らなかったし、いわんや『無差別』をや、という感じだった……、逆落賭さんに至ってはもう、なにをかいわんやというやつだろう。


 ところで、完全にシルヴァニア・ナナリーからの連想なんだけれど、明らかに名前が近い、シルバニアファミリーの名前を聞くたびにわたくしは、「……そういうマフィアの組織みたいだな」という思考が、脳裏にふと、過ってしまうのだが……、これって、わたくしだけなのだろうか。


「あのかわいらしい、ファンシーな雰囲気のお人形の総称を、マフィアが〇〇ファミリーと呼ばれることと被せて考えられるのは、本当に貴方だけですよ、ビョウドウイン・ムサベツさん」


「シルバニアファミリーっていうマフィア、いたら面白いんだけれどね……」


 牧歌的な表情のうさぎたちと、シリアスな黒スーツとのミスマッチ。

 誰か二次創作を書いてくれ……、おそろしく面白くなるはずだから。

 

「今更ですけれど、伏字とか使わないんですか?」


「シル◯◯(ピー!)アファミリー」


「ピー音って発音できるんですね……」

 

 口笛を吹いただけだった。

 発音かと問われれば微妙である。

 

「おっと、今から部屋に戻るんですよね? お邪魔してすいませんでした」


「いいのよ、それくらい。……おやすみなさいね」


 きびすを返すと、背中に彼の「おやすみなさい」という挨拶が返ってきた。


 名前すら覚えてもらえないで、果ては『年下の方の人』呼ばわりされた時は、もうどうしようと思ったものだけれど、ナナリーの人間性もわかり、そもそもコッチの非(主に名前)もわかったりで、これからも上手くやっていけそうだなと考えた。

 きっと今夜は快眠に違いない。

 






 翌朝、8:30

 わたくしは自室のベッドから起き上がり、朝餉あさげ(言い方がいささか古風か? 朝餉とは朝食のことだ)を食べると共にコーヒーも胃に入れて、部屋を出、シルヴァニア・ナナリーを伴って、そのあとたまたま治験者の二人と合流した。

 わたくしが彼等を、


「一回生の劈要さんと、三回生の夏目坂といろさんよ」


 と紹介すると、ナナリーは果たして絶望の表情を浮かべ、両名を『年下の方の学生さん』『年上の方の学生さん』と呼び出した。


 むべなかるかなだ。

 彼等もわたくし達と負けじと、トンチキネームの持ち主なのだから、そう呼びたくなるのも分かろうと言うものだ。


「『年上の方学生さん』と『年下の方の学生さん』は、お友達なのですか?」


 質問を受け、彼等は目を合わせると、片方は「……夏目坂がどう思ってるかは知らないな」と言い、もう片方は「友達だよ!」と断言した。


 明らかに社会的動物の初心者である方と(反社会的動物?)、その道の玄人のセリフだった。


 なんだか差があるな……。

 いや、思いの重さに関してはむしろ、反社会的動物の方が重かったりするのだが、その辺の解説はさておくとして。


「年齢に差があっても、仲がいいのは良いことです」ナナリーはそう言った。「友情はいつの時代も尊いものですね」


「うちらズッ友だしー」と夏目坂。ギャルだった。今やると少し古いが、構わずそこはギャルピースだった。


 わたくしは思わず閉口して「……まだ、心にギャルを飼うくだりやるんですか?」と表情を歪めた。


 だって、くどすぎるだろう。

 昨日の時点で終わっときなさいよ。

 その思いを察したのか、夏目坂は、


「勘違いしないでくれよ? 前に出したのとは別個体のギャルさ!」


 と続けた。


「心のギャルを多頭飼いしないで」


「無限に繁殖するからか?」


「ギャルしかいないのに繁殖ができるか!」


 無茶苦茶だった。

 いや、多頭飼いなんて表現が不適切だったのかもしれないが、そこはなんとなくで受け取って欲しいものだ。


 発作のように劈が言った。「“ギャル”とは魂の“所作”であるッ!」


「え? じゃあごめんなさいわたくしが悪かったです……、こわ……」


「わかっなら良し。トランスギャルもいる。ゆめ、忘れるな」


 怖かった。

 やばかった。

 絶対にいないし忘れると決心した。


 はたと、みたいな表情で劈。「ところで昼食はいつなんですか?」


「え? ああ、昼食」同じく怯えていたらしいナナリーが、「十二時半ごろです。またお呼びしますよ」と回答した。


「わかりました!」元気いっぱい、劈クンだった。




 



 ナナリーは「なんか、怖かったですね……」とこぼすと、宿舎の自室へと戻っていった。

 同意見だった。

 なんだよ魂の所作って。

 怖すぎるよ。


「トップ車メーカーであるところのHONDAのロゴマークが、1968年以来ずっと翼の形なのって、HONDA+翼で、本田翼の誕生を予言してのことだと思う?」


「うわ、キモ怖! ビックリした!」


「うわ、キモ怖! ビックリした! とはいかにも失礼な。僕は傷ついたよ」


「今ので心的外傷トラウマを負ったわたくしほどではない! 何? わたくしを驚かせたかっただけー、みたいな、そういうかわいい動機のやつなんですよね⁉︎」


「かわいいかわいい。宇宙で一番」


「ハウトゥーが可愛くなさすぎなんですよ……、すわ、化け物襲来かと思いました」


 なんの用ですか、劈さん、とわたくしは言った。


「いや、何か具体的に用があった訳じゃないんだけれど……、昼まで暇だから、なんとなくね」


「ええ……、じゃあ特に話すことないですよ。帰ってください」


「一昨日誕生日だったんだ。祝ってよ」


「一昨日じゃないですか」


「レアリティ高いんだよ」


「誰だってそうですよ」


 ああでも、友達がいないんだっけ?

 確かにそれじゃあ、レアリティは高いか……。


「じゃあその、お誕生日おめでとうございます」


「? 誕生日は一昨日でしたよ」


「何がしたいんだテメェ!」


 劈は悪戯いたずらっぽそうに笑って、「アハハ、ありがとうございました!」と逃げていった。

 その去り際に、小さな声で、


「十九回も誕生日を迎えていながらも、ハッキリと親以外に祝われたのって、実は初めてか……? どう……も、初めてな気がしてきたなぁ。オホホ〜嬉しい〜!」


 と言っていた気もするのだが……、どうだろう、聞き違いかも知れなかった。

 その情報はさすがに間違いでしょ。

 別のセリフを言っていたにちがいない。

 ……誕生日なんだよ?

良かったら評価・感想等、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ