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一日目(2)

 私が治験に招いた大学生、劈要と夏目坂といろは、一通りの話を聞き終えると、こっちで用意していた部屋に通された。


 私は他に用事があったので、案内に関しては他のスタッフ──平等院無差別に一任したけれど、彼等を案内した彼女から聞く限り、果たして劈要の方は、普段からああいうテンションでいるらしい。


 流石に怖すぎるでしょ。

 どんな異常者気質なのよ、アイツは。


 会話の節々にサブリミナル愛の告白を織り交ぜてくるし、なんというかもう、久しぶりに本当のヤバいやつと出会った感じだった……、いやまあ、自分で招いたんだけれどね?


 ところで、夏目坂といろと連絡先を交換した時、劈要……、もう劈でいいかな? が、この世の終わりみたいな顔をしていたのは傑作だった。


 いくら顔の作りが良いからといって、それを理由に連絡先を交換などしない……、ある程度の時間生きてきた女性なら、そこまで世の中に無警戒にはいられない。


 あれは単に、この一週間の治験が満了したあとになって、新薬の副作用が現れ出した時のための保険だ。


 だからその後に劈との連絡先の交換は済ませたし、そのときの彼が見せた救われた表情といったらもう、すわ号泣という感ですらあった。

 

「さぁて、恐ろしい奴を招いてしまったわね」


「夏目坂さんはともかく、劈さんはやめた方が良かったんじゃないですか?」


 と──彼女、平等院無差別はそう言った。

 彼女は、私の研究を手伝ってくれるスタッフの一人で、忙しい時はさっきのように雑用も頼まれてくれる。


 性格は真面目で穏当という感じ。

 不真面目で不穏当な性格の人間も少なくない中、彼女の存在は砂漠のオアシスにも等しい。

 不穏当な人間って言うほど多いかしら?

 まあ、それともかくよ。


「今時の子って、警戒心が強いのよね。治験者募集! 報酬金はウン万円! とか言ったところで、闇バイトだろって一蹴されちゃうの」


「失礼しちゃいますよね! 真の闇がなんたるかを教えてやりましょう!」


「平等院ちゃん?」


「知ってます? 月の裏側って地球からは見えないんですよ。……真の闇とは、得てして見えないところにある」


「び、平等院ちゃん!?」


 ひょっとして不真面目で不穏当なの? 

 怖いわよ。


「月の裏側が満月の時もあるし、見ようとしないことも罪なんじゃない?」


「隠された物を知るのは罪ですよ」


「思想がディストピア物の小説ね……」


 不穏当なのは確実らしかった。


 はたと、みたいな表情で、平等院無差別は、「そういえば、投薬っていつから始まるんですか? 昼と夜の二回だって聞きましたけれど、昼は投薬しませんでしたよね?」と尋ねてきた。「あれ? してましたっけ?」


「ああ、そのこと」私は少し微笑んで、「いかんせん、到着してすぐだったからね。私も早く始めたかったけど、とりあえず夜から投薬することにしたわ」


「そうなんですね。それじゃあ、それまではいったん暇になりますね」


「そうねー……、用事も終わったことだし、一旦は無聊ぶりょうを慰めるとしましょうか」


 言って、私は平等院無差別と別れた。

 散歩でもしようかと、とりあえず建物の中から外に出て、敷地を一周することに決定した。


 自動ドアを出る。

 まさに今出たここ──この建物は、この敷地にある建物の中で、一番大きなサイズの建物だ。


 多少ダウンサイジングしても問題ないくらい、スケール的には大きいし、背も高い。

 五階建てで、なおかつコンクリート打ちっぱなし。


 だから表面にそれらしい凹凸は絶無だし、窓すらも極端に数が少ない……、あったとて、開閉が出来ない仕様の、固定されたはめ殺し式の窓だった。


 この敷地内にある建物は、基本的にこういう意匠デザインで統一されている。


 まるで、外界からの侵入をシャットダウンしているみたいな、冷たい印象をたたえた建物群……。


 してみると案外──とっつきにくそうという意味では──、巷間こうかん噂されるような、科学者のイメージと近いのかもしれなかった。


「ふむ……」


 敷地を歩き回りながら、順次、建物群の外装を見て回る。


 やっぱりコンクリート打ちっぱなしの、凹凸がないものが基本だった。


 さっき私が出た建物を含めて、この敷地内には六つ建造物があるのだが、そのどれもが殺風景極まる……、なんというか、見ていてつまらない景色だった。


 なかんずくつまらない建物は、他五つの建物群と離れて、更に塀の外にある、二階建て、高さ八メートルほどのビルディングだ。


 そのビルディングは(ビルディングという言葉の印象ほど高くはないが)窓すら一つもなく、いよいよ最高につまらない、なんの遊び心もない仕上がりとなっていた。


 屋根が斜面になっている点だけはギリギリ遊び心と解釈できなくもないけれど、これが遊び心だと言うならば、世界は最高の遊び場と言って差し支えない。


 ちなみにさっき『更に塀の外にある』と説明したものの、しかしこれは正確な表現とは言えないだろう。


 外にあるのは、後から増設された都合で、敷地内にスペースが無かったからなのだが……、大学生二人が入ってきたゲートとはまた違う、専用の出入り口だってある。


 そしてその出入り口を抜けると、その先もまた新しく巡らされた、コンクリートの塀に囲われており、その中央に増設の建物が堂々と、山の如しでどっしりと座っている。


 形としては、要は進◯の巨人のシガ◯シナ区だ。


 ただしアレは、大きな円の外側に半円がくっついている形だから、四角く塀に覆われたこの施設とは少し、若干の(おもむき)ことにするだろうけれど。

 

「どうしよっかな……。しばらく暇だし、まあ入ろうかな」

 

 私は増設された建物に行くことにした。

 専用のゲートを通る。

 4桁の暗証番号が必要な上、出入りの記録もしっかり残るので、このゲートを経ての侵入は──この敷地の中では最も──難しい。


 私は少し手間取ってそれを済ませると、ゆっくりとしたドアの開閉を待ち、シガンシナ区(大嘘)へと足を踏み入れた。


 この建物は、スタッフの宿舎として建てられたものだ。

 場所が山奥というのもあり、大学からでも数十分かかるところなので(もちろん車で)、希望する声が多数上がったのだ。


 とりあえず建物の周辺を一周する。

 とりたてて取り上げるようなものが何もないあたり、本当に殺風景であるとしか言えないが、しかし建物の背面(扉がある方を表とした時)は例外的に──何のためなのか──、水栓柱がしつらえてある。


 水栓柱とは、要するに屋外の水道だが、ビニールプールで遊ぶ以外になんの使い道があるのか、いまいちよく分からないままでいる。


 童心に帰れということだろうか?

 まあそんなわけはないので、屋外で汚れる用事があった人間のためのものだろうが……、そんな用事は職業柄、めったにないことのはずである。

 

「……って言うか」


  最近増設されたばかりだからなのか、建設に使われたであろう、工事関連の備品がそここにある。


 片付けろよと思わなくもないが、その前に建築会社の人たちは、あれらの回収を忘れたのだろうか?


 だとしたら文句の一つでもつけたいところだが、クレーマーと思われるのもつまらない。

 

「……ここは泣き寝入りかしらね」


 悔しいわ。

 でも実際、クレームをし出したら終わりという風潮は、明確な言語化がされてないだけでうっすらとあるだろうし、こういった事態を受け入れられるような、度量のデカい人間になるべきというのも、一つの見識ではあるのよね。


 いっそ捨ててみようかしら?

 工事の備品を?

 いやプライドを。


「……なーんてね!」


 クレームなんて、しないしない!

 人間を辞めるにはまだ早いわ!

 ……それはさておき。

 

「もう、特に見るものはないのよね……。一旦散歩は切り上げて、せっかくだし部屋にでも入りましょうか」


 宿舎の自動ドアを抜けると、私は自室へと向かった。

 ベッドにし、今まさに入眠しようというタイミングで、


「!」


 スマホから何か通知音がした。

 内容を確認──と、平等院ちゃんからのLINEである。


『劈要さんから「部屋の枕が硬すぎる」との指摘を受けました!』


 クレーマーだと思った。

 五割まで殺害していいよ、と返した。

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