八日目(4)
〜三人称視点〜
『首が発見されることで、トリックの真相に初めて気がついた。たしか、そう言ったと思いますが、どうして首が見つかったら、トリックを看破できるのかと言えば、いや恥ずかしながら単なる直感で。
首が見つかることによって、傷が二つあることが判明した。しかも、その首にある方が真の死因だった……だから、胸の傷は死後につけられたもの。犯人が死んだあとに死体に用があるとすれば、屋根や壁に血痕をつけるため、大量の血液が要ることくらいだろう……、そこまで気がついて、己はとある違和感を抱くことができた。
大量の血液が欲しいと思ったなら、普通、鋭い刃物かなんかを刺すだろう。だが、実際の胸の傷はかなり粗かった。なればこそ、己はこの傷の目的は、『殺害』ではないと断じたのだが……、しかし、だからといって目的が『大量の血液を獲得』することじゃあ、傷痕の粗さの理由と言いにくい。そう思い、このトリックの要件を改めて確認した。
このトリック──つまり、血液を屋根や壁に付けること。それをやるには、単に出血させるだけではいけない。出させた血液を、どこかに溜めておかなくてはならない。そして、その溜めた血液を、八メートルの高さのクリアして、付着させなければならない。
その条件に適合するもの……。傷は粗くなり、血液を溜められて、しかも高さをクリアできるもの。
あっ、と思いました。そうだ、平等院さんが素振りに使っていた棒は、察するに、たぶん鉄パイプではなかったか。そして、鉄パイプを使った細工なら、傷は粗くなり、血液を溜められて、しかも八メートルの高さをクリアできるのではないか……』
情報としては、ナナリーの話を聞いたその時に、単管パイプやパイプジョイントの存在を、把握できるだけの量は揃っていた。
でも、首が見つかって、胸の傷とトリックの関係を把握できるまで、そのことに気づくことはできなかった。
だから情けない、という話をしたのです。
凱歌はそう言って、前回の話のまとめをした。
「…………」 ナナリーは黙考する。
首斬りの謎とトリックを解明して、残すは連続殺人の謎である。
どうして凱歌は、資料には「意図的に感染させられる」とあるにも拘らず、平等院の死を「殺人でない」と断言できたのか。
その理由を、凱歌本人が解説する。
『逆落賭が、ノンブレス症候群についてのトラウマに、生前悩まされていたことをナナリーから聞きました』
劈の話題は施設内で共有される。
あのとき、劈と逆落賭の激しい言い合いが、周りにも漏れていたのだった。
当然、本人からそれを聞きだす者が出る。
逆落賭は少し渋っていたものの、どうせ劈に話したことだから、と同じ内容を話したのだ。
その話題が全員に共有され、ナナリーも当然知っていたというわけだ。
『そのときに語られた過去の出来事に、ノンブレス症候群に罹患していた少年──本名、瑠璃川咲田──を、自分が遠因で、殺してしまったのだという話がありましたね』
劈要が鎮痛に頷いた。
彼がこの場では一番の関係者だ。
『その過去の出来事に、少年が死んだあと、少年の母親と、偶然ならぬ必然行き合って、こういう話が出たかと思います。
……ノンブレス症候群に罹った人間は、前触れもなく病状が回復する。そしてそのあとは、もう必ずと言っていいくらい、二、三日あとに急変して死に至る……』
劈は言った。「……一体それが、どうしたんですか?」
『つまりですね? 回復したあとに、二、三日後に死ぬっていうことは、回復したタイミングを知りさえしていれば、彼女が二、三日後に死ぬということも、当然の如く把握できていた……ということになるのです』
「……なるほど」
そんなことを知れる、タイミングが? と劈は思った。
それを知ってか知らずか凱歌はさらに言う。
『あったはずです。この場の全員に、そのことを知るタイミングが……。己を除いて、まったく同時にね』
ナナリーたちは最初、ただ困惑した。
だが次第に彼らは「んん?」と顔をしかめ、最後には「ああ!」と声を上げた。
『気が付きましたか』と、凱歌。『三日前、三月五日です。夜ご飯を終え、治験も済ませたあと、逆落賭は食堂にいた皆さんに合流。夏目坂といろさん、劈要さんとテーブルで顔を突き合わせ、鼎談をするタイミングがありましたね? そのときに、ナナリーはコーヒーを淹れていたはずです』
ナナリーは「ありましたね」と端的に首肯した。
『そのときに、逆落賭は一つの話題として、『そういえば、平等院さん、症状が一時回復したそうよ』と言ったのです。
つまり、回復したタイミングはあの時に知らされていた……。しかも、この場にいる人間はその場に全員いた。死人と己を除いて考えれば、今のメンバーと全く同一です。
あなた達は、意識的・無意識的にも拘らず、平等院無差別さんが、二、三日後に死ぬことを知っていた。つまり、平等院さんが実際に死亡した、3月7日という日付がわかっていた』
確かに気づくべき材料は揃っていた。
が、そのときは気づいていなかった。
凱歌が、単管パイプやパイプジョイントに、最初は気が付かなかったように。
だから『それは良かった。回復を言祝ぐよ』と、劈は返答してしまった。
劈は思わず渋面を作った。
「じゃあ、連続殺人では──見立て殺人ではなかったんだな」
『そう、連続殺人に見せかけるため、犯人がタイミングの良さを利用しただけなのです』
「どうして、そんなことを?」ナナリーは聞いた。
『おそらく、犯人は「老爺がやった」ということにしたかったのです』
ナナリーは「……どういうことですか?」と質問した。
『まず、犯人は逆落賭を殺した。殺しとの連想で、『そういえば、平等院さん、症状が一時回復したそうよ』と3月5日に聞いたから、7日か8日には死ぬな、と気がついた。
逆落賭を殺したから、施設の職員である二人が死亡して、無礼者を殺す、という老爺の噂が本当だったみたいになるな、と考えて、そして本当だったことにしよう、と企んだ。
つまり、容疑を──罪を被らせることで、自分は犯人候補から逃れようとした。いわば、老爺による職員連続殺人事件だ。
ただし、ノンブレス症候群の苦しさが、「まるで首を絞められているみたい」と表せることだけじゃあ、老爺の犯行を連想させにくい……、もう少し工夫が必要と考えた。
そこで犯人は、老爺の特徴が「首を引きちぎること」だったのを思い出し、首を切断することをを思いついた。だから、首を斬ったのは、胸の傷から眼を逸らすことでもあるけれど、しかし老爺を連想させることでもあったんだ……トリックと兼ねて、罪を被らせることもしたたかに企んだ、というわけだな』
また、彼の推理を捕捉するなら、凱歌が見立て殺人と推理を誤ったのは、犯人自身が老爺の殺人を想起させるよう、いろいろ努めたことがそのまま理由になる。
「胸の傷から視線を逸らすための首斬りと、老爺の怨霊に罪を被らせるための首斬り。どちらが先に考えられたんです?」ナナリーは聞いた。
『おそらく、血痕のトリックを思いついて、それを実行してしまったあとに、傷痕が二つあるのに、血痕が一つだな、って気がついてしまったんだ。
そのタイミングで、首を斬ることで、傷痕を一つにしてしまうことと、老爺に罪を被らせることを、同時に思いついたんだろう。
そのときに浮かんだなら、首斬りの理由が連鎖的に思いついたというだけで、タイミング的にあまり不自然じゃない』
「なるほど」と、ナナリーは頷いた。「ところで、自分で殺したわけじゃないのなら、どうして犯人は「意図的に感染させられる」とあったあの資料を、わざわざ地中に隠したんですか?」
『理由は二つある。一つは、殺してもいないのに、資料を見て「連続殺人だ」と思われるのを避けるため。……徒に罪を重くする必要はないからな』
「もう一つは?」と劈要。
『それはもう、分かってもいいでしょう』
犯人は、と凱歌は言う。
『老爺による、つまり、超常的な存在による、連続殺人と思わせたかったんですから、「普通の人間にも殺せた」と思われるのは『不都合』だったんです。だから資料は持ち去られた。「普通の人間には殺せなかった」という可能性を、残しておくために……』
三人はしん、と静まり返った。
もう反駁することがないと思ったのだ。
「あの……一応、犯人を指摘してもらっていいですか?」ナナリーは言った。「分かっていますけど、そこは貴方がやらなきゃ締まらないので」
凱歌は、ナナリーに犯人を伝えたわけではなかったが、理屈を辿ればあまりにも自明ゆえ、どうやら察しがついているらしいことを、さして意外になど思ったりしなかった。
凱歌は「それもそうだな」と小さく言い、
『夏目坂さんは、告白したときに、逆落賭に《話の続きは、私のお部屋で》、と言われたので、彼女の部屋について行った。
部屋は、宿舎の中にある。殺害現場も宿舎の敷地にある。そして、ゲートの記録にも残っているとおり、二人がゲートを通り抜けたあと、最初に被害者が発見されるまで、ゲートが開いた記録はまったくない。よって、最後に宿舎の敷地に人が入ったのは、二人が入ったその時になるだろう。
したがって、そのとき告白を断られて、ゲートを通れなかった劈さんはシロ。また、そのとき宿舎の中にいたのは、ナナリー・夏目坂さん・逆落賭の三人だ。
一人は被害者だから残る二人が容疑者で、本来ここで行き詰まりなのだけど、その際ナナリーは、夏目坂さんが逆落賭と、二人でいたとこを目撃していたし、夏目坂さんも「見られた」ことは自覚はできていた。だから言い訳もできず、逆落賭と最後に会ったのは自分だ、と認めていた。
劈さんも宿舎にいたのなら「自分と会った後に劈に会ったんだ!」と主張することも可能だったけど、現実には、劈さんは宿舎にいなかった。だから、夏目坂さんは最後に会ったことを、認めなくてはいけなくなっていた。
ただ、容疑自体は否認しており、「きっと老爺がやったんだ」という旨の供述をしていたが、もう、その供述自体が夏目坂犯人説の信憑性を高めてしまっている。なぜなら、老爺に罪を被らせようとした、犯人の意向と一致するからだ』
よって、と凱歌は続け様に言う。
『犯人は夏目坂といろだ』
ナナリーはそれを受け、やや不思議そうにして首を傾げた。
おかしいな、といった表情で、実に素朴そうに。
凱歌は、返答がないのを胡乱に思い、
『どうした? 犯人は夏目坂ではないと思うのか』
ええ、とナナリーは短く前置きして、
「犯人は老爺の怨霊ですよ」
と言った。
『…………………………………………は?』
その奇怪な発言に、凱歌以外から反論は出なかった。
まるで凱歌の方が奇怪である、とでも言いたげに。
視線はスマホの一点に注がれた。
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