表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/32

五日目(4)(三日目(2))

 俺、つまり、夏目坂といろは、逆落賭ひよりに恋情を寄せている。


 同様に、俺の友達、劈要もまた、逆落賭ひよりに惚れてしまっている。


 つまりいわゆる三角関係で、競うべきライバル関係でもあるのだが、いかんせん先に好きになったのは劈で、所詮俺は、後追いに過ぎないというのが実情だ……、友情は大切だが、それで恋心が消え失せるという訳でもない。


 一体俺はどうすれば良いのだろう……。

 良いのだろう……。

 だろう……。

 ……。


 ん。

 当たり前みたいな顔をして語ったは良いものの、やや唐突な感も流石に否めない。


 さしあたり、もっともニーズが高まっているだろう情報は、たぶん、俺が恋に落ちたその時の、詳しい話なんだと思う。


 従って、この俺は、今より二日前に起きた出来事の、儚く消え入るようなラブストーリーを、果たして、開示しなくてはならないようだった。


 いかにも照れ臭い話ではあるものの、仕方がない、ここに臆面もなく、克明こくめいに記させて頂こうかなと考える。


 ……あれは昼食を平らげた後のことだった。

 





 

 治験が始まって三日目、三月三日の午後の昼下がり。


 俺はなんとなしに、逆落賭さんに、「逆落賭さんたち従業員は、メシや治験のとき以外は何をして過ごしているんですか?」と訊いてみた。


 逆落賭さんは俺を振り返って、「見てみる?」


 頷く俺。

 というわけで、作業場を見せてもらえることになった。


「なんか……思っていたのと違いますね」


「パブリックイメージからは少し逸れるかしら……。とはいえ、別に、研究者だって書類仕事くらいするわよ」


 俺が見せてもらえたのは、作業場……というよりかは、一般的な仕事場のような、デスクワークの類いのそれであった。


「研究者の仕事は、研究だけでなく、対外的な兼ね合いもあるからね……さすがに単一のことだけじゃあ、資金援助を受ける立場としてはいけないのよ」


「へえ……」いろいろあるんだな、研究者にも……と思いつつ、この俺は、山と積まれた書類を指差して、「この量だけ見ても、相当に大変みたいですね……」


「それも大変と言えばまあそうなんだけれども、それよりももっと大変なのは、こっちね……」彼女は手書きの痕跡が大量にある、紙幅しふくにして十センチはあろうかという紙束を指差した。


「これがどうかしたんですか?」


「ええ。どうかしてるわよ、効率の悪さが」


「怒りが伝わる物言いですね……」俺は言った。「どういう意味ですか? 効率?」


 逆落賭さんは縷々(るる)として語り出した。「夏目指くんが指差した方……そっちにある書類は、あくまでも保険というか、パソコンの故障かなんかでデータが飛んだとき、それで全部損失する事態を避けるために、わざわざ全部、紙に印刷したものなのよ……。


 だから、大変と言えば大変なのは否めないし、その効率の悪さには眩暈がするけれども、作業自体はパソコンで行えるし、それをコピーするだけで済むのも確かなのよ。だけど……」


 逆落賭は効果的に間を置いて、


()()()()()()()()()()()()()()()ッ!! あり得ないわ、時代は令和6年よ!? 西暦2024年!! ……まったくイカれてるわ」


 早く電子化進まないかしら、と逆落賭。

 その声色には本気の殺意が滲んでいた。 


「まあ、この大量の書類群も、一週間もかかったとは言え、もうすぐ終わりそうなのよね……」逆落賭は言った。「解放されるのよ、苦しみから……」


「……」俺は逆落賭さんの闇を垣間見た気がした。


 扉ががら、と開く音がした。

 入って来たのはシルヴァニア・ナナリーだ。


「あれ? どうして二人がいるんですか?」


 サカオトシヒヨリさんは分かりますが──と、シルヴァニア・ナナリー。


「見学したいというんで、案内してるのよ」


 ナナリーは苦笑した。「ここを見たい人はいないと思いますけどね……」


 言うと、逆落賭さんの横のデスクに移動した。

 

「何か面白いものは見れましたか?」


「闇が……」


「え、闇?」


 なんでもないです、と俺は訂正した。

 シルヴァニア・ナナリーは机に荷物を置き、そこから落書き? のようなものを取り出して、顔に微笑みをたたえ、それをめつすがめつして眺めていた。


「どうしたんです? それ」俺は聞いた。妙に気なって。


「ああ、コレですか?」シルヴァニア・ナナリーが言った。「コレはですね、娘が描いてくれたの似顔絵です。あんまり嬉しかったものですから、渡されて以降、ずっと手元に持っているんですよ」


「へえ──」


 良いですね、と素直に俺は言った。

 良いでしょう? と素直に返された。


には過ぎた娘ですよ」


 そう言う彼は莞爾ニッコリと笑っていた。

 幸せそうである。

 彼は似顔絵を机に置いた。


 次いで、荷物からペットボトルを取り出して──ふたを開け一口飲み──、ボックスの中に入れられたファイルの上に置いた──手を離した瞬間ぐら、と倒れかけた。

 

「おっといけない」シルヴァニア・ナナリーはそれをすんでで支えた。「せっかくの似顔絵が台無しになるところだ」


 逆落賭さんは笑って、「気を付けなさいよ?」


「あはは、そうですね。あっ──」シルヴァニア・ナナリーは何かに気が付いた。


「? どうしたのよ」


「忘れ物です」シルヴァニア・ナナリーは言った。「確認したと思ったんですがね……すぐ戻ります」


 言うと、彼は忙しなさげに部屋を出て行った。

 一瞬の静寂──

 俺はふっ、と自然にこぼした。


「良いお父さんですね」


「似顔絵、嬉しかったみたいだしね」


 デスクに座って作業を始める逆落賭。 

 少し世間話をして、シルヴァニア・ナナリーが戻ったら帰るつもりだった。


 いや、実際帰りはしたのだが──予定調和とならなかったのはそこではなく。


 俺たちには世間話をする間もなかった。

 する間もなく──別の予定調和が起こってしまったのだ。


 ファイルの上にある、ペットボトルが。

 案の定。

 再びぐら、と身を斜めにして、

 そして、

 そして、

 似顔絵の方向に。

 地球の中心を向く重力のまにまにに、

 クレヨンで描かれた、その父の顔を──

 

 汚させてはいけないと考えたらしい逆落賭が。


 一切躊躇わず。

 さっき自分で苦労を口にした、

 紙幅しふくにして十センチはあろうかという紙束を。 

 シルヴァニア・ナナリーの似顔絵を庇うため、

 一週間はかかったという資料を盾にして。

 液体が似顔絵に溢れる前……

 その寸前に。

 防ぎ切ることに辛くも──本当に、辛くも──、成功した。


 そのことを認識しての彼女の第一声。

 一週間がふいになっての、彼女が発した最初の一声は


「よかった……酷いことにはならずに済んだわね……」


 だった。

 俺は絶句した。

 ややあって、シルヴァニア・ナナリーが部屋に戻って来た。


「……あれ、逆落賭さんのそれ、濡れてますね? どうしたんですか」


「うっかりしててね、ペットボトルを倒して、私の資料に溢しちゃったのよ」


「いや、それは逆落賭さんが──」俺はその先を言いさして、やめた。


 逆落賭さんが、半分だけこちらに振り返り、唇に人差し指を立てているのを見て、何も言えなくなってしまったのだ。


 シルヴァニア・ナナリーは真面目な人間だ。


 実際、今もふたを閉めなかったことを、何度も逆落賭に謝罪しているし、実際に起こった真相を知ったなら、余計に自責の念に駆られること、請け合いだ。


 それを嫌だとおもったから。

 自責ではなく、

 笑顔を守りたいと思ったから。

 彼女はあんな風な嘘をついたに……絶対に決まっているんだから。


 いや、実際には。

 そんなのは、理屈の上だけで。


 彼女の意を汲んだ、なんて大層なことではなく。

 ただ、単純に、

 彼女の利他的な善性を知って、


 いい女だな──と。


 そう思って、惚れてしまったからかもしれない。

 ……つーか、大好きになった。

良かったら評価・感想等、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ